26.第5階層橙エリア - 3 -
「「え?」」
翔琉とその男が声を発したのは同時だった。
どちらも意外そうにお互いを見ている。
その瞬間、握っていたはずの手から力が抜けた。
「?」
翔琉が驚いて目線を下げるとそこには黒い長手袋が残されていた。
「まさか?」
振り向いた時にはもう遅く、その影は人混みに紛れて見えなくなっていた。
しかし翔琉はその影が逃げていく時に一瞬だけその顔を見た気がした。
(女の…子?)
「逃げられちまったな」
突然聞こえてきた声に振り向くと先ほどの男と目が合い、にやりと笑いかけてきた。
その手にはバッグが握られている。
「ありがとな、おかげでバッグを盗られずに済んだ」
男が翔琉に礼を言ってきた。
「いえ、こちらこそ余計な真似をしちゃったみたいで」
答えながら翔琉は知らず知らずのうちにその男を観察していた。
年のころは翔琉よりも少し年上だろうか、きりりとしているけどどこか大型犬のような人懐っこさを感じさせる顔だ。
しばらく切っていなさそうな髪を無造作に後ろに撫でつけ、まばらな無精ひげが顎を覆っている。
服は着古した無地のネルシャツにカーゴパンツ、ブーツという装いだ。
それだけだったら街中でもよく見かける格好なのだが、背中に装備した巨大なロングソードが異彩を放っている。
(この人かなり強いんじゃないだろうか)
なんとなくそんな印象を受ける。
(そうかあ?別に大したことないだろ。まあ確かにこの辺の奴らじゃこいつには太刀打ちできないだろうけどな)
頭の中から興味なさげにリングが答えてきた。
それでも翔琉には何故か不思議な確信があった。
この男は相当な実力の持ち主、おそらく冒険者の中でもトップクラスだろうと。
(まあそれも俺の持つ予知スキルが働いてるのかもな。マジ興味ないけど)
「いやいや、そんなことないさ、お礼に是非とも一杯奢らせてくれないか。おーい、この人たちにさっきと同じものを一杯ずつ、俺にはラガーを頼む」
男はそんな翔琉の思索を知ってか知らずか店員にそう注文すると翔琉たちの丸テーブルへ椅子を引き寄せてきた。
「自己紹介がまだだったな、俺の名前は…そうだな、ダイゴとでも呼んでくれ
「ダイゴ?まさかここが第5層だからとか?ちょっと適当過ぎない?」
ナナがその自己紹介に訝しげな目を向ける。
「ハッハッハ、まあそう取ってもらって構わない。とにかくこの出会いに…乾杯だ!」
ダイゴと名乗る男はそう愉快そうに笑うとジョッキを掲げた。
翔琉たちもグラスを掲げて自己紹介をする。
「ダイゴさんって冒険者なんだよね。その恰好を見るに
「ダイゴでいいよ。そう、しばらく潜っていてようやく戻ってきたところなんだ」
「ひょっとして
「まあそんなところかな」
ダイゴはナナの質問に答えるとビールのジョッキをあおった。
「凄っ!潜行者の人を見るのって初めてかも!」
ナナが目を丸くして驚いている。
「潜行者ってなんなんですか?…オットシさん?」
オットシは翔琉が尋ねてもぼんやりとしていた。
「ちょっと…聞いてます?」
「ん?…あ、ああ!そうだったな!
「そうなんですか!それは凄いですね!」
「いやそんな大したものじゃないって。人と違ったことをしたい、そんな子供っぽい動機でやっているだけさ。それよりもさっき耳に入ってきたんだけど…君たちはゲーミングクリスタルを探しているのかい?」
ダイゴは空になったジョッキをテーブルに置くと翔琉の方を向いた。
「そ、そうなんですよ!どうしてもゲーミングクリスタルが必要でして、ダイゴさんは知らないですか?」
「そうだなあ…実を言うと俺もゲーミングクリスタルのことはよく知らないんだ。でも第6層でよく見つかるという話は聞いたことがあるな」
「そうなんですか?ダンジョンナビには第5層でよく見つかると書いてあったからてっきり…」
「ああ、ダンジョンナビの情報はちょっと古めなんだよ。やっぱり現地に行かないと最新の情報は手に入らないからね」
「でも…」
翔琉はそう言ってナナと頷き合った。
これで一歩前進だ。
「ありがとうございます。これから第6層に行って探してみたいと思います」
翔琉は立ち上がるとダイゴに頭を下げた。
「今から行くのかい?」
「ええ、早いところ見つけたいので」
「…よしわかった、じゃあ俺も行こう!」
翔琉の言葉にダイゴは大きく頷くと立ち上がった。
「そんな、悪いですよ!」
「いいんだって、さっきバッグを取り戻してくれたお礼だと思って。それにこういうことは人数が多い方がいいだろ?こう見えて俺も少しは役に立てるぞ?」
「で、でも…」
「…いや、いいんじゃないかな」
翔琉が困ったようにオットシの方を見るとオットシは意外なことにダイゴの言葉に同意してきた。
「い、いや、人数が多いというのは断然成功率が上がるからね。それにこういう繋がりと言うのは後々でも助けになることが多いんだよ。冒険者は自由と言っても一人では何もできないからね」
「…そういうものですか」
「そういうこと!そうだな…もし申し訳ないと思うなら報酬は君たちが持っているカップラーメン、ということでどうかな」
ダイゴはそう言って人差し指を立てた。
「そんなのでいいんですか?」
「長いことダンジョンに潜っていたからジャンクなものに飢えていてね。今ならカップラーメン1個に1万円出してもいいくらいだよ」
「…それでいいのなら」
「よし決まりだ!じゃあこれからはチームってことで他人行儀はなしだ、よろしくな!」
ダイゴは立ち上がると翔琉に向かって右手を出してきた。
(元々他人行儀なんかなかったような…)
翔琉は苦笑しながらその手を握り返す。
「それじゃあ早速行くとするか!このオレンジ・ワンはすぐ近くに第6層に向かう階段があるんだ、そこから下に向かうとしよう!」
ダイゴはそう言うと翔琉の手を強く握りしめた。
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