16.九頭竜異港 - レストランエリア

「かんぱーい!」


 オットシが翔琉の持つジョッキに自分のジョッキをぶつけた。


 二人がいるのは九頭竜異港内にあるレストランエリアの居酒屋だ。


 個室タイプの席に二人で向かい合って座っている。


「プハー!ダンジョン帰りの一杯はやっぱり最高だな!こう、生きてる!って実感が湧いてくるじゃないか、なあ!」


 一息でビールを飲みほしたオットシが盛大に息を吐いた。


「いやー、ナナの嬢ちゃんも来ていればもっと華があったんだけどなあ。すいませーん、大ジョッキもう一杯、いや二杯で!あと鶏唐と出汁巻き卵も!」



「そ、そんなことよりもいいんですか!俺たち1000…」


「シーッ!それは駄目だ!」


 大声で叫ぼうとした翔琉の口をオットシが慌てて塞いだ。


「ここでそんな大金を稼いだことを大声で叫んじゃ駄目だ!どんな奴が聞いてるかわかったもんじゃないんだ。わかるだろ?」


 小声で警告するオットシに翔琉は眼で頷く。


「ふう、ここには色んな奴がいるんだ。ガラの悪い連中だってうようよしている。言葉にはもっと気を付けてくれないと」


「すいません。つい浮かれちゃって…」


 真面目な顔で警告してくるオットシに翔琉は身をすくめた。


「中には冒険者狩りを専門にしている奴らだっているんだ。折角大金を稼いだのにその日のうちに身ぐるみはがされるどころか殺されてしまったなんて事件だって珍しいことじゃないんだよ」


「そ、そこまでなんですか…」


「冒険者と言ってもこっちに来てしまえばただの人だからね。それにダンジョンで得たスキルだって使えなくなる。数でこられたらひとたまりもないよ」


「ちょっと待ってください、スキルってこっちだと使えないんですか?」


 オットシは驚く翔琉に頷くとジョッキを傾けた。


「そう、それもダンジョンの法則ルールの一つなんだ。どれほど便利なスキルを得てもダンジョンの外に出ると使えなくなるし効果もなくなる。私だって商人とはいえレベル8だからダンジョン内ではそこそこの方だし様々なスキルを持っているけどこっちに来てしまえばただのおじさんだよ」


 翔琉にとっては驚くことばかりだった。


 つまりダンジョン内で発揮した凄い走力や感覚拡張はこっちだと使えないということなのか。


 いや、そもそもこちらに戻ってきたことでリングが死んだとしたらそもそもスキルもへったくれもないのかもしれない。


「…警察も頑張ってはいるんだけどなんせ人員が足りないからね。個人個人が自衛するしかないんだよ」


 考え込む翔琉をよそにオットシは一人で話を続けていた。


「そういえば分け前はどうしますか?全部僕の方に振り込まれちゃいましたけど」


「そりゃカケル君が取ってきた魔石の報酬なんだからカケル君のものさ」


 真っ赤な顔をしてオットシが頷く。


「いいんですか?オットシさんのお陰でもあるんですから少しは…」


「カケル君!そういうのはねえ良くないよ!君は自分の力で魔石を手に入れた、それは紛れもない事実なんだ。それを人様のお陰ですなんて言うのはただのおためごかしだよ。今回私は君に助けられてばかりだったんだ、それをあなたのお陰ですと言われたって嬉しくもなんともないよ」


「す、すいません!」


 顔をしかめるオットシに翔琉は慌てて謝った。


「私にもこれで10年間家族を養ってきた自負ってものがあるんだ。貰うべき時はきっちり請求するし、理由のない施しは受け取らない。それが冒険者として、商人としての私の矜持なんだよ。むしろ君へのお礼が少なすぎると思っているくらいなんだ」


「すいません、出過ぎた真似をしてしまいました」


「いや、こちらこそ少し言いすぎてしまった。どうか気にしないでくれ」


 再び謝る翔琉にオットシは慌てて手を振った。


「ともかくカケル君が手にした報酬は正当なものだから堂々と受け取ればいいよ。冒険者にとって獲得した金額はそのまま実力を表すんだけど、わずか二日で1000万プレイヤーになった冒険者なんて後にも先にも君だけだろうな」


「ハハハ…全然実感わかないんですけどね」


「まあまあ、それはそのうちわかってくることになるよ。そうなった時にはもう冒険者から離れられなくなるぞ。それがこのダンジョンの怖いところなんだよ」


 そう言ってオットシは愉快そうに笑い、再びビールを注文した。



 結局二人は夜遅くまで異港の居酒屋で飲み続け、翔琉が夜行バスで家に帰ってきたのは深夜遅くになってからだった。


 酔いの覚めきらぬ足で成増にある六畳一間のワンルームアパートに戻り、シャワーもそこそこにベッドに倒れ込む。


 天井を見上げてにへらと笑い、スマホの画面を仰ぎ見た。


 そこには緑の文字で+1080万5000円の文字が輝いている


 その全てが翔琉のものなのだ。


「フヘヘヘ」


 思わず笑みが漏れる。



「フヘヘヘヘヘヘヘヘヘ」


 ようやく自分がとてつもない大金を手にしているという実感が出てきた。


 どうしよう、これなら蛤先輩にスマートウォッチの代金を返しても全然残るじゃないか。


 何を買おう、奨学金を返すのもいいか、でもその前にやっぱりどこかでパアッと使いたいな…



(やけに上機嫌じゃん)


 リングの声が響いてきたのはその時だった。


「うわあっ!」


 突然のことに思わず大声を上げてしまう。


「うるせえ!もう2時だぞ!」


 お隣から怒鳴り声が返ってきた。


(へえ、便利なもんだな。大声を出したら時間を教えてくれるのか。もう一回やってみてくれよ)


 リングはなんでもないことのように話を続けている。


 翔琉は陸に上がった金魚のように口をパクパクさせていた。


(お、お前…生きてたのかよ!?)

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