世界樹
レリフとルウシアが和解したその後、俺は彼女たちを左右に従えて森人達の都、世界樹へとその歩みを進めていた。森林へと足を踏み入れた時には中天に君臨していた太陽は傾き、木立の間には陰が増えてくる。もしかすると世界樹に辿り着くころには夜になっているかもしれない。魔王討伐の旅をしていた一週間で野宿への抵抗は薄れていたが、今は事情が違う。
何せ、リィンが丹精込めて織ってくれた魔王のローブを身に着けているのだから。これはあまり汚したくはないので、出来れば日が落ちるまでには宿屋なりの休めるところまでは進みたい。その為俺の左に居るルウシアにどれくらいで到着するのか尋ねる。
「もうすぐ夕方になりそうな勢いだが、世界樹にはあとどれくらいで辿り着ける?」
「このペースですと、日が落ちる前までには、と言ったところですわ」
彼女はそう言って俺との距離を詰める。もう少しで肩と肩が触れ合うくらいまでの距離は、
「そうか。どれほどの大きさなのか今から期待しておこう」
「丁度いい機会だしの。お主に森人の礼儀などを語ってやろう。まず挨拶の仕方だが――」
レリフに話かけられ右を向く。彼女から説明を受けている間、左からの熱視線には気づかない振りをした。
――――――
それから数刻が経ち、傾いた日が木々を橙に染め上げた頃だった。突如として視界が開け、大きい広場がその姿を現す。
目の前の光景を見て、思わずその足を止める。
広場の中心に
世界樹の天辺が見えないかと見上げてみるが、枝葉の隙間から除く橙の星を除いて緑色に塗りつぶされた空しか見えなかった。
視線を前方に戻すと、地面に接した幅5mほどの木の洞がある。その両脇には男の森人がおり、どちらも魔術師然としたローブを纏い、弓と矢立てを背負って武装していた。入口の護衛をしていると思われる二人に、ルウシアの後に着いていた7人が俺たちの事を説明しているようだった。やがて説明をし終えたのか、7人が通行の邪魔にならないように二手に分かれ、俺たちはその間を通って世界樹の中へ足を踏み入れた。
中に入ると、40~50m程の広間が俺たちを迎えた。入口正面奥から右巻きの螺旋階段状に生えた木の根は幅は4~5m程で壁沿いに生えている上、勾配も急すぎず上下への移動に用いられていることが一目で分かる。転落する心配については壁に手を付けて歩けば万が一にもないだろう。ルウシアの案内でそれを上っていくと途中途中で横穴のように
木の中に住んでいると聞いた時には、暗い場所で暮らすイメージを持っていたが案外樹内は明るい。遥か上の天井には発光する苔が自生している上、
俺の後ろにいるレリフから聞いた話では、
俺の
そんな俺の考えを知らないルウシアは、ふとその足を止めて俺に問いかける。
「そういえばカテラ陛下。陛下の魔法の腕前はいか程なのでしょうか?レリフ様がその席を譲られたのならば、さぞかし腕が立つとお見受けしますが……」
『よろしければその腕前、お見せいただけませんか!?』と口以上に語るその黄金色の
瞳は普段よりも輝きを増していた。
効果は絶大だが、支援魔法と回復魔法、後は変身魔法しか使えないとは決して言えない。その途端に、彼女の瞳からは興味は失せ、出会った頃の様な侮蔑が色濃く滲み出るだろう。
「カテラは苦手な魔法こそあるが得意分野については他の追随を許さん。特に支援魔法と回復魔法を用いた近接戦闘は我も足元に及ばんよ。それを見出してこやつを次期魔王として迎え入れたのじゃ」
「そう言うことだ。機会があったら君にも見せてあげよう」
思わず震えそうになる声を抑えて、ルウシアに向けてそう言った。レリフのフォローが無かったら返答に困っていただろう。あとで礼を言っておかなければ。
そんなやり取りを交えながらも上へ上へと昇った俺たちはやがて最上部へとたどり着く。左手にある洞の前には世界樹入口に居た護衛よりもさらに精鋭と思われる男達が二人控えていた。
彼らはルウシアの顔を見るなり左右に退き、洞への道を開ける。その洞は今までの物とは異なり、扉のように緑の薄い垂れ布が二枚かかっており、奥に居る者の身分を表していた。左右へ退いた護衛はその布を通行の邪魔にならないように除ける。彼らに礼を言ったルウシアに続いて俺たちもその足を進めた。
中は魔王城の大広間と似ており、広間の奥は数段高くなっている造りだった。そしてそこには一つの椅子が王座のように鎮座しており、そこに座る人物こそ――
「お母様。陛下とレリフ様をお連れしました」
「ようこそいらっしゃいました。カテラ陛下。そして、前魔王レリフ様」
世界樹都市ユグドラシル。その長アルテーだった。
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