森人たち

 俺たちに矢を射かけてきた森人エルフの集団の長とみられる、黒のローブに紅い首飾りの彼女は慌てて左膝を立ててひざまづき、謝罪の言葉を口にする。


「これは失礼しましたっ!まさか魔王様とは知らず無礼を働くどころかお連れ様に弓を引く始末とは……。おい!貴様たち何を呆けている!早く陛下に許しを乞うのだ!」


 彼女の放った怒号に当てられたのか、残りの7人が顔を青くして彼女の後ろで跪く。だが、彼女はもっと言葉を選ぶべきだった。いや、『お連れ様』の頭の上をよく見るべきだった。そこには銀の王冠が、その地位を静かに物語っていたのだから。


「お連れ様……じゃと?我を誰だと思っておる……。我はな……」


 レリフはその言葉で堪忍袋の緒が切れたのか、右手の矢をその握力で折るほどに握りしめて呟く。我とて先日までは魔王だったのに、という怒りがそのわなわなと震える右手から伝わってくる。


「我こそは‼レリフ・ダウィーネ前魔王であるぞ‼」


 彼女の怒声を受け、周囲の木々に留まっていた鳥たちが一斉に飛び去る。

 跪いた森人エルフたちの顔はより一層青くなった。


 ――――――――


 レリフの怒声から5分、今現在まで彼女の説教は続いていた。


「そもそも我が前に来た時に顔くらいは見ておるじゃろうが‼そんなことも忘れてしまったのか!?全く、果実ばかり食べてるから記憶力が悪くなるのじゃ‼それともその無駄に大きい胸に栄養をすべて取られているからか!?ええ!?」


 レリフは一番前に跪く、首飾りの彼女に向かって怒涛の如く捲し立てる。彼女が立てている左膝の上には、体と挟まれその形を歪ませた豊かな柔肉が存在感を主張していた。もう片方も、ゆったりとしたローブ越しにもその大きさがうかがえる。


 流石にそれは言いがかりだろう――


 そう判断した俺は彼女たちの間に入り、レリフを制止する。このまま放っておいたら彼女たちの住処に辿り着けないまま日が暮れそうだ。無駄な時間を食っている場合じゃない。


「そこまでにしておけ。彼女たちも十分反省しただろう」

「じゃがカテラ、我はまだ――」

「レリフ」


 たしなめるように彼女の名を呼ぶと、ムスッとした、納得いかない顔をしながらも彼女はその口を閉じた。そして俺は首飾りの彼女と目線を合わせるようにその身を屈め、一つの条件と引き換えに先ほどの件を水に流すと告げる。


「済まなかったな。これで先ほどの件は許そう。だが条件が一つある。そのフードを取ってくれないか?」


「寛大なご厚意、身に余る思いです……」


 礼を言う彼女の黄金色の瞳には涙が溜まっており、それを十分を潤ませていた。レリフの説教から抜け出せた安心感からくるものだろう。彼女は指の腹でそれを拭い、立ち上がってフードを脱ぐために手をかけた。


 馬の尾のように束ねた水色がかった銀の髪がぱさり、という音を立ててその姿を現す。それは腰までの長さを備え、今までどうやってそれをフードに収納していたのかと疑問が湧くほどに毛量があり、その髪の色は彼女の白い肌も相まって色素が薄い印象を見る者に与える。そして一番目を引くのはやはりその耳。ツンと尖った耳は地面と水平を描くように伸びており、彼女が森人エルフだという事を主張する。


 その美しさに見とれていると、彼女は頬を桃色に染めて恥ずかしがる。


「そんなにじっくり見られると……恥ずかしいですわ」


 顔ごと目線を背ける彼女からは、最初にあった時に感じた嫌悪や侮蔑といった負の感情は見られない。それどころかまとう雰囲気も心なしか柔らかくなった気がする。そんな中、突如背中から刺すような視線を感じる。その主は言うまでもない、怒りが未だに収まらないレリフだろう。


 このままではまた彼女レリフが爆発する――


 そう感じた俺は彼女の我慢が限界を迎える前に少しでも進もうと首飾りの彼女へここに来た目的を告げる。


「一つ頼みがあるんだが、君たちが住む世界樹に案内してほしい。俺が魔王になったことを伝えるためにここに来たんだ」

「ええ、先ほどの罪滅ぼしとしてその役目、このルウシアが謹んでお受けいたしますわ。カテラ陛下」


 そう名乗った森人エルフは、俺の名を口にして優しく微笑む。

 途端に、俺の背中に向けられていた半ば威圧めいた視線は消え失せた。


「ん?ルウシア?アルテーの娘か!?」


 俺の背後にいたレリフが俺の隣まで移動し、目の前の森人エルフの身分を問う。どうやら、彼女はルウシアの親と面識があるようだった。


「え?ええ。お母様の名はアルテーですが……レリフ様はお母様とお知り合いなのですか?」

「先ほども言うたが、我は以前にここを訪れておる。カテラと同じ、魔王就任を告げるという理由での。その頃からアルテーはユグドラシルの長じゃった。ちょうど我が彼女の元を訪れた時にはお主を身籠っておっての、膨らんだ腹を愛おしそうに撫でながら『名前はルウシアと決めている』と語っておったよ」

「そんなことが……」

「お主がルウシアなら先ほどの言葉は言い過ぎじゃったな。何せお主は生まれておらなんだ。済まなかったの」


 レリフは先ほどの非を認め、頭を下げる。そんな彼女を見て、ルウシアは慌ててその必要はないと弁明する。


「そそそ、そんな!頭を上げてくださいレリフ様!元はわたくし達が悪かったのですから!」


 このままでは謝罪の応酬で時間を浪費してしまうだろう――

 それだけは避けたい、と俺は半ば強引に彼女たちの話を打ち切ることにした。


「もうそこらへんにしておけ。二人とも謝ったんだからもういいだろう?」

「そうじゃな。ではルウシア、ユグドラシルへの案内を頼むぞ」

「ええ!お任せください!」


 レリフの言葉、そしてそれに籠められた期待に彼女は凛とした表情で答えた。





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