魔の王

目の前にいる女神は衝撃の事実を俺に告げる。


魔族という種族は存在しない。すべては、魔法使いが変身魔法でなのだと。


魔界に来て早々抱いていた違和感も、これですべて説明できる。


【イメージしていた魔界や魔王城とは正反対で、『人間界でした』と言われても納得できるほど二つの世界は似ている】

当たり前だ。イメージしていた環境では人間は生きていけないのだから。


リィンが言ったあの言葉にも納得が言った。


【今は戦争に人が駆り出されてて魔王城にしかいないけどね】

【魔王さまはねー、怒るとかなり怖いけど普段はめちゃくちゃいい人だよ】

表現としての人ではなく、ヒトという種族を指して使っていたのだ。


そして何より。

彼女たちは自己紹介の時に、


全ては俺が、彼女たちの外見で判断していただけなのだ。


蝙蝠の翼と巻き角を持つから悪魔だと、竜の角が生えているから女竜人だと、獣らしい特徴を備えているから獣人だと、王座に座り、冠を被っているから魔王なのだと。


変身魔法で外見を自在に変えられるこの世界で、そんなものは何の役にも立たないというのに。




自身の滑稽さに上げた顔を伏せ、思わず笑い出してしまう。


「は、はははは、あはははははははははははははは!!!」


跪く気力すら失った俺は、いつの間にかその場にうずくまっていた。


――――――――


気持ちを整理できるまでそのままだった俺は、立ち上がって女神に確認する。


「この事実を、魔王城の皆は知っているのか?」

「いいえ。あなただけです。前魔王、レリフ・ダウィーネすら知らないでしょう」

「何故俺だけに打ち明ける?歴代の魔王と違うところでも有るのか!?」


何故俺だけに、世界の根底を覆すような事実を晒すのか、その理由が知りたかった。そんな俺に彼女は語る。


「貴方は考えた事はありますか?何故自分だけが魔力は有るのに通常の手順では魔法が使えないのか」


彼女の言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が背中を駆ける。これ以上は聞いてはいけないと本能が警鐘を鳴らす。


―止めろ。


「それに反して魔法に対する知識だけは人一倍あった理由を」


――止めろ!


「魔力が遺伝するこの世界で、自分と同量の魔力を持つであろう両親がいない理由を」


……止めてくれ。


「全ては私が、そうなるように仕向けたからです。『運命』を司る、この力で」


俺の人生は、目の前の神格に仕組まれたものだった。

それはこれからもそうなのだろう。


衝撃を受けると共に、その内容が気になった。


俺は魔法が使えるようになるのか。復讐は成功するのか。そして、どのように生涯を終えるのか。


彼女はそんな俺の心を見透かしたのか、俺の生き先を教えてくれた。


「魔法は使えるようになりますが、遠い未来になるでしょう。他に告げることはありません」


「そうか。ならもういい。さっさと戴冠式を始めてくれ」


「ええ。それでは、新たな魔王の誕生に伴い、貴方に祝福を授けましょう」











――それってどう言う……


そう声を上げようとした時にはもう遅かった。召喚された時と同じく、視界が白に蝕まれていき、地上へと引き戻されるような感覚が襲う。




微かに捉えた女神の顔は、その口角を歪めていた。




気がつくと、魔王城の大広間だった。

体感よりも時間は経っていないようで、下手をすれば意識のみ向こうに飛ばされていたのではないかと錯覚する。


しかし、レリフの一言でそれは間違いであることはすぐにわかった。


「ほう。お主への贈り物はその宝石か、なかなか冠も様になったのう」


その言葉を聞いて冠を取り、その正面を確認する。菱形の大きな紅晶ルビーが、そこに鎮座していた。


女神の祝福とは、このルビーのことなのだろうか。いまいち釈然としない。それに、最後の言葉も引っかかる。


考え事をしている俺に向けて、レリフは祝いの言葉をかけてくれた。


「これでお主は『次期魔王』ではなく、晴れて『魔王』となった。そこで我から一つ言いたいことがある」


「これは先代魔王からの餞別じゃ。世界の半分魔界をお主にやろう!」


彼女はそう言い放つと、王座を降りて俺に座れと手で示す。


それに従って王座に腰を下ろすと、皆の顔がよく見えた。


悪魔に竜人、獣人に元魔王。彼女らは全員人間だ。

人間しかいない魔王城で、この度俺は魔王となった。


魔族の王ではなく、魔法使いの王として。



たとえ魔王として勇者に討たれることになったとしても、奴への復讐は必ず遂げる。だから勇者よ、早く魔王城ここに来い。ここで俺たち二人勇者と魔王の役目を終わらせよう。


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