魔王の冠

 あの後、朝食をとった俺は自室に戻り、俺の血が注がれた杯を眺めていた。金色の杯にはその容量の約半分、600ミリリットルの血が未だに液体として存在している。通常、血液は数時間も経つと凝固するが、変身魔法の練習として液体のまま保つ、ということをしていた。変身魔法は魔力を通すのをやめると解除されてしまうため、血で王冠を作った俺が魔法を解除すると、冠を載せていた頭上から1リットルの血が降り注ぐ。あっという間に血塗れになってしまうのだ。そんなことを避けるために、今から長時間魔法を持続するための練習をしている。


 話を戻そう。目標にはまだ400ミリほど足りない。そのためこれからその分を足して明日使う魔王の冠を作ろうとしていた。明日は戴冠式だ。レリフには「魔王の冠作りは順調だ」と言ってしまった為、できれば今日中に完成させたいものだ。


 そうとなれば早速手首を切らねば材料を作らないと。杯の直上に差し出した左腕の手首に短剣を這わせ、まっすぐ横へ切り裂いた。昨日まで行っていた掌への自傷のおかげで、恐怖心はあまり無かった。それどころか、万が一深く切ってしまっても回復魔法で治せるから、と安心感まで覚えていた。

 鋭い痛みが走り、脳が「早く治せ」と警告を発する。だがまだ治すわけにはいかない。1秒もしないうちに傷口から血が溢れ出し、杯へと流れ落ちてそれを満たしていった。


 流れ出る血と引き換えに、俺の体には痛みと吐き気が満ちて行く。耐えろ。今吐いてしまったらこれまでの努力が台無しになってしまう。流石の俺でも血液と吐瀉物で構成された王冠は載せたくない。必死に吐き気と闘っていると、ちょうど杯を満たすまで血液は集まっていた。急いで回復魔法を発動させ、左手首の外傷を回復させる。腕に残った血は変身魔法で液状に戻し、杯に突っ込んだ。これで見てくれだけは先程までと変わらない。気持ち悪さとふらつく足取りだけが大量に出血したことを物語っていた。


 気付けば、自室は血生臭さで満ちていた。これも吐き気を催す原因の一つだろう。窓とドアを開け放ち、しばらく自室には近寄らないように全員に言っておかないと。そう考えながら、おぼつかない足で大広間へ向かった。


 やっとの思いで辿り着いた大広間には、レリフとドラゴがいた。リィンはどこだ?と二人に問いかけようとすると、先に声をかけられた。

「おいカテラ!お前大丈夫か⁉︎顔真っ青だぞ⁉︎」

「お主、無理して血液を集めたな?気が急くのはわかるが無理して倒れたらどうしようもないだろうに。ドラゴ、カテラに食事を作ってやってくれ」

 応!と彼女は駆けるように大広間を飛び出していった。それを見送ってからレリフは俺にアドバイスをくれる。


「カテラ。血が足りなくなった場合は回復魔法で血を造るのじゃ。今やってみぃ」

 声を出すのも億劫で、その言葉に頷いて答えた。

 そして、回復魔法を発動させて造血を促した。途端に吐き気は治ったが、引き換えに強烈な空腹感が襲ってくる。

「よし。それでは食堂に向かおうか。血の材料を求めにな」

 彼女の横に並び、大広間を後にした。


 道中、先程の礼と口にしようとしていた疑問をレリフへ投げかける。

「レリフ、さっきはありがとうな。何とか吐かずに済んだ」

「なんじゃお主、吐きそうなだけだったのか。てっきり失血死寸前だったのかと思ったぞ。まぁ無事で何よりじゃが……」

「流石にまだ死ねん。それよりも、リィンはどこだ?」

「リィンは自室で編み物をしておる。戴冠式で使う衣装じゃ。無論お主のな」

「へぇ。後で礼を言っておこう」

「にしてもあ奴、昨日とは打って変わってやけに張り切ってたが……二人の間で何かあったのかの?」


 ニヤついた表情で俺に質問するレリフ。


「知らないな」

 と答えるものの、彼女の表情が変わることは無かった。


 食堂に着くと、ちょうどドラゴがステーキを焼いているところだった。思わず歓喜の声をあげてしまう。


「ステーキだ!ワインはあるのか?」

「もちろん有るが今はダメだ。病み上がりだろうが。明日の夜には好きなだけ飲んでいいからよ」

「……そうか…残念だな」


 酒と一緒に愉しめないのは残念だが、肉だけでも今はありがたかった。

 席に着くと、正面にレリフが座る。ちょうどいい機会だから聞いておきたいことを口にした。


「そういえば、魔王の冠に指定された形はあるのか?レリフのは帽子部分がついた冠だが……」

 そういいながら彼女の頭上に鎮座している銀の王冠に目をやる。それはサイズこそ小さいが、「王冠」と言われてイメージできる、国王が頭に載せているものだった。

「いや、特に決まりはないぞ。人間界では爵位ごとに形が決まっているがそんなことどうでも良いしの」

「そうか。分かった。血で作るから省略できるところはしておきたいと思ってな」


 俺が作ろうとしていたのは簡素な冠だった。図式的な王冠、とでもいえば分かりやすいだろうか。輪っかの上に数本の突起を拵えた様式のものだ。人間界での戴冠式ではレリフが被っているような帽子部やアーチがついたものを使用するが魔界ではそんなことはどうでもいいらしい。


 早速、腹ごしらえをしたら制作に取り掛かろう。

 目の前に出された、湯気の出ているステーキにナイフを入れながらそんなことを考えるのであった。



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