俺と悪魔、それぞれの想い

 魔王城にきてから6日目の朝、戴冠式を前日に控えた俺はいつも通りの時間に起床した。だが、リィンはやはりやって来ない。それも当然だ。昨日の朝にしてしまった失言は、出会って一週間で発していい言葉では無かった。彼女の方が先にからかってきたとは言え、もっと熟慮してから発言すべきだった。これから彼女にどのような顔をして会えばいいのだろうか。そう悩んでいると規則正しいノックが3回。当の彼女が部屋に入ろうとしてきた。


「失礼します、お兄さん。そろそろ起きるじか……ん…」

 彼女は俺の顔を見るなり言葉に詰まり、どんどんとその顔を紅潮させる。昨日からずっとこの調子だ。俺もどう言葉をかけていいかわからず、二人の間にはきまずい雰囲気が漂う。いても居られなくなり、俺から謝罪の言葉を発する。


「リィン。その……済まなかった。俺は――」

「お兄さん。ちょっと待ってください。場所を変えましょう」


 そういった彼女の顔は、先程よりかは落ち着いていたが、まだ赤かった。


 彼女に先導されてテラスへの道を進む。やはり二人の間に言葉はなく、どことなく落ち着かないどころか、胃がキリキリと痛んでくる。これは空腹の所為か、それとも――


 考えを巡らせていると、彼女は立ち止まる。いつの間にか目的地についていた。背後のテラスから見える魔界は、いつも通り晴れやかな空だった。眼下には城下町、その先には草原が広がり、空との境界には青々とした山脈が並ぶ。そんな光景を背に、彼女は深呼吸していた。吸い込んだ空気を勇気に変えるように、二度三度。やがて決心を決めたのか、こちらを振り返ってその思いを俺にぶつけてきた。


「お兄さん。私は、あなたのことが好きでした」


 彼女の告白は、過去形だった。なぜ過去形なのか問い詰める。

「なんで過去形なんだ?昨日の一言が原因か?」

「違います!そんな原因ではなくて……お兄さん、もしあなたが人の心を読める能力を持っていたとして、どうしても付き合いたい人がいたらどうします?その人の心を読んで、チャンスがあるかどうか……確認しますか?」

「……俺だったら、散々悩んだ挙句、使うだろうな」

「そう、ですか……。私は、昨日からずっとあなたの心を読んでいました。けれど、あなたの心に……私は……」


 そこまで言って彼女はしゃくりあげながら大粒の涙を流し始める。頬を伝って落ちた涙はエプロンに痕を残していった。そんな彼女を抱きしめて俺は言葉を紡ぐ。


「それは……昨日だったからだ。朝の一言で、お前がどう思っているのかを考えると怖くてな……済まなかった。今、俺の心を読んでもらえるか?」

 泣きじゃくる彼女は、首を横に振ってからこういった。

「嫌……お兄さんの、言葉で……伝えてください」

 分かった、と伝え、先程の彼女のように何度も深呼吸する。四度五度、吸っては吐いてを繰り返しから身の丈を伝えた。




「リィン。俺は君のことが好きなんだ。ずっとそばにいてほしい。俺が君のように泣いたあの日、何も言わず優しく俺を抱きしめてくれたあの日から、君のことが好きになったんだ。」




 彼女は、俺の醜態を見てもなお、罵倒ではなく慰めの言葉をかけてくれた。弦が張り詰めるほど矢が遠くに飛ぶように、10年間我慢してきた心を解放した時にかけられたその言葉は俺を恋に落とすには十分な威力があった。それからというものの、彼女の細やかな心使いや人柄――魔族にいうのも何だが――に惹かれて今に至るというわけだ。


 腕の中にいる彼女はだいぶ落ち着いたようだが、それでも納得できないらしい。

「でも、お兄さんにはあの僧侶の子がいるじゃないですか。あの子のことはいいんですか?」

「もちろんアリシアのことも好きだが……俺は魔王になる男だぞ?後宮くらい大目に見てくれ。だが約束しよう。好きな人が複数人いるからといって誰かを蔑ろにはしないし、誰も不幸にはさせない。それだけの覚悟を持って、君と付き合おう。疑うのなら、心を覗いてもらってもいい」

 俺の覚悟を彼女に伝えると、俺の腕から逃げた彼女は赤くなった目を細めて笑う。


「そんなもの、心を覗かなくても分かりますよ。その『何が何でも成し遂げる』という決意を持った目。私はそれに惹かれたのです。私からもあなたに伝えたいことがあります」


 泣き腫らした目と同じくらい、その頬を赤くして彼女は告白の返事をくれた。



『不束者のサキュバスですが、これからどうぞよろしくお願いします』



 ……衝撃の事実とともに。


「え?お前……サキュバスだったの?てっきりただの悪魔だと思ってたんだが……」

「普通の悪魔に読心ができるわけないじゃ無いですか!夢の中に入る能力はこれを利用してるんですよ?そんなこともわからないんですか?」

「そういうことは初めに言ってくれ!そもそもお前出会ってから名乗りもしなかったじゃねぇか!そんなんでわかるか!」

 その事実を聞いた後だと、どうしても彼女をそういう目で見てしまう。そんな視線に気づいたのか、彼女はバカにしたような顔を俺に向けてこう言った。


「きゃ〜 お兄さんのえっち〜。でも安心してください?男性相手初めてですから」


 後半部分を耳元で囁かれたせいでぞわり、と背筋が伸びる。慌ててその方向に振り返ると、彼女の顔は今までの中で最高に赤かった。


「そんなことは聞いてねぇ!はぁ、飯にするぞ。昨日の夕飯抜いたから鳴り止まなくて仕方がねぇ」

「それを見越してお部屋に向かう前にドラゴさんには多めに作るように言っておきましたよ。そろそろできてるはずです。向かいましょう?」


 そんなやりとりをしながら、手を繋いで食堂へ向かうのだった。


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