最悪の事態

 魔王城のテラスにて、俺は魔王レリフに質問をぶつけていた。

「魔法の触媒物質に成り得る物の特徴について」という質問を。彼女からは俺の予想通りの回答が返ってきた。


 魔力を持った生き物の――――


 これは彼女からは聞いていないが生前の魔力量が多ければ多いほど触媒物質としての許容量は多くなるだろう。その証拠に、『竜血晶』という触媒物質がある。これは字のごとく、竜が死んだときに体内に残っていた血が結晶化したものだ。そのままでも希少価値が高く、値段は高額なのだが、死体となった竜のランク――即ち強さ――によってその価値はさらに跳ね上がる。


 つまり、を使えば俺の膨大な魔力にも耐え、その機能を失わない触媒物質が出來る。それを用いて魔王の冠を作る。自然と笑みがこぼれてしまう。おそらく邪悪な笑みに見えたのだろう。目の前にいる彼女の眼は大きく見開かれ、その瞳には畏怖の色が浮かんでいたのだから。



 魔王になる為に俺は何でもしよう。例えそれが、



「ご主人ー!!どこー!?」

 突如ケルベロスの大きな声が城内に響く。負けじとこちらも大きな声で返した。

「テラスだー!!何かあったのかー!?」


 その声が届いたのか、彼女は30秒もしないうちに姿を現した。そして猛烈な勢いでこちらに向かってきた。ぶつかる、と思ったが直前で勢いを殺したのか俺の眼前で止まってこう告げる。


「きんきゅーじたいだって。リィンお姉ちゃんが魔王さまとご主人を呼んできてほしいって」


 緊急事態。その言葉を聞いた途端、嫌な予感がした。そしてその予感は見事に的中するのであった。



 ――――――


 ケルベロスに先導してもらい、大広間に駆け込む。そこにはリィンとドラゴが居た。王座に備え付けてある水晶玉を覗きながら。その光景を見た瞬間、吐き気がした。考えられる状況は一つしかないからだ。


 勇者絡み、それも俺が『魔法が使えない』ことを今まさにバラそうとしている。


 水晶玉に駆け寄り、どこでブチ撒けられるのかを確認しなければ。王座まで駆けながら思案する。これが小規模な集団、例えば酒場などであれば食い止められる。すぐさま転移してその場の全員を亡き者にすれば済む話だ。だが、その場合は一つ問題が発生する。この状況――俺の事実が明らかになる直前――で甲冑が出現するという事は、俺と甲冑に遠からぬ関係があるという事が推測できてしまう。


 魔王になっていない今の俺が勇者を殺しても復活する為、アイツは生き証人になり、こう報告するだろう。「魔法使いカテラは自身がただの人間であることを隠していた上、謎の甲冑と共謀してその事実を知った人々を殺戮しています。現に私も殺されました」と。


 つまり、俺と甲冑の因果関係がバレることは俺の事実がバレることよりも不味い状態になる。一気に勇者殺しの凶悪犯として名を馳せることになるだろう。それも俺の輝かしい名声を塗り替えて。それだけは何としても避けたい。それを考慮しても酒場であれば何とか食い止めることができるだろう。勇者を除く全員を亡き者にし、彼にはしゃべれないほどの重傷を負わせ、その傷を癒せるであろう回復魔法の使い手、アリシアをこの手にかければ。


 だが、水晶玉を覗き込んだ時、そんな希望も容易く打ち砕かれた。勇者が居た場所は、始まりの場所。王城だったからだ。


 その事を把握した途端、俺の視界は真っ暗に染まっていった。





 ―――――――





 目が覚めると、真っ赤な天蓋が飛び込んできた。どうやら自室のベッドに寝かされていたらしい。上体を起こし、周囲の状況を確かめる。部屋には俺一人。時間を確認するために起き上がり、窓へ近づく。ほぼ真上まで登っている太陽は昼時であることを物語っていた。最低でも三時間は経っているはずだ。もう王城あそこへ向かっても事態の収拾はつかないだろう。


 そんなことを考えていたらドアが3回ノックされる。

「……どうぞ」

 と返事をすると入ってきたのはリィンだった。


「よかった……起きたんですねお兄さん。一時はどうなることかと思いましたよ」

 彼女は金の瞳を潤ませながら気遣いの言葉をかけてきた。

「心配かけて済まなかったな。それで、現在の状況は?」


「…………」

 返事はない。彼女は俺を心配そうな目で見つめてただひたすら黙っている。

「リィン?」

「…………」

 名前を呼ぶが押し黙る彼女。心の読める彼女の事だ。俺の胸中を覗いたのだろう。今にも泣きだしそうな、俺の気持ちを。




 怖い。あの事実、俺が無能であることが全世界へと広まるのが。




 彼女はそのまま俺に向けて両手を広げ、優しい笑みを浮かべる。まるで『飛び込んでこい』と言わんばかりに。


 その動作を見て視界が歪む。涙が溢れて止まらない。彼女の胸に飛び込んで、声を上げて泣いた。10年間、我慢していた分だけ長く。



 ―――――――



 一時間ほどだろうか。気持ちに整理をつけることができた俺は彼女から離れ、礼を言った。


「済まない。……見苦しい所を見せたな」

「問題ありませんよ。無理してまた倒れられたら困りますもん。にしても……」


 彼女はメイド服のエプロンドレスへ視線を落とす。それは、俺の涙と鼻水で酷い有様だった。


「……悪い」

 その惨状に謝罪の言葉しか出ない。

「誰にだって泣きたいときはありますよ。それよりも、皆さんに顔を見せにいきましょう?」

「……ああ、そうだな」


 泣き腫らした目を軽くこすり、俺はドアノブに手をかけた。


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