「後悔」:調査員カイ:ケースファイル#1

桐島佐一

Case001:「後悔」

その日は、朝食から後悔していた。


その日の私のささやかな朝食は、あいも変わらずあいも変わらず「これだけで百数十万種の栄養素が一度に取れる(栄養素がいったい何種類あるのかは知らないが)」 という触れ込みの『マーギー叔母さんのコンパクト栄養ブロック』だった。栄養素がいったい何種類あるのかは知らないが、これを食べているのは健康志向などではなく、至極個人的な、まあはっきり言えばクレジットが寂しいという理由だった。朝食と昼食をこれに切り替えてからもう7日目。もちろん、わたしの住居兼事務所スペースにも食料合成機フードシンセサイザぐらいは備え付けてあるのだが、食料供給会社への支払いを滞納しているため、ここ3か月間は、あまりデザイン的にいいものとはいえない白い直方体の置物と化している。いやメニューケースの中にはT3バッテリーパックと前の職場からくすねたRF−33制式ピストル、通称“ダーツ”が放り込んであるはずだから、今のところ特大ガンケースといったところか。


まあ栄養ブロックと合成ティーの食事も、最初は悪くなかった。しかし、6日目にはさすがにサロ−ニャチーズ味に飽きて、カラモフルーツ味とか言うものを買ってきた。思えば、これが間違いのもとだった。わたしの味覚をおかしくさせようという陰謀としか思えない、どうしようもない甘っとろい味。朝と昼の食事が一転してグランドチョコレートプディング・アイスクリームスペシャルになってしまったようなものだ。おまけにイーガンマーケット3周年記念セールにのせられて30パックも買ってしまったのだ。(そういえば去年は2周年記念セールをやっていたような気がする。)


と、まあ、そんな不本意な朝食を取っていたわけだが、次にわたしは、わたしには少々冷たい世の中の近況を知ろうと、ホロニュースチャンネルを開いて再び後悔していた。栄等ブロックの黄色い包み紙が散らかっている丸いテーブルの上に現われた体長30cmの、右半分が赤、左半分が黄色のセパレート・ヘヤーをした、すました女性キャスターのAR映像がこう言ったからだ。

『現在、火星のマリネリス峡谷に今年オープンした太陽系最大のアイススポーツ施設、スカジガーデン、各種アイススポーツを楽しむリゾート客で大変なにぎわいを見せております。このため衛星ガニメデ軌道上のヴァルヴァナ宇宙港は空前の混雑が続いているもようです。今年新設された第8ターミナルもあまりの乗降客の多さに頭を抱えており、5年ぶりに完全予約制に切り替える航宙会社も現われました。ただ一つのグットニュースは今年の新設以来苦情が殺到していた第8ターミナルの食料合成機フードシンセサイザの整備がようやく終わり、やっとまともな食事を楽しめるようになったことです。これは本当によかったですね。このまえに私が利用したときなどブイトーニャ・パスタを頼んだのにブリトーパストラミ・サラダがでてきたくらいですから。それでは次のニュースです。カラマンガ星域での・・・・。』

べつに、パスタが羨ましかったからではない。太陽系最大のアイススポーツ施設がオープンしたというのにエアスキーイングに行けそうにないからだ。自分で言うのもなんだが、わたしのエアスキーはかなりのものなのだ。そのわたしが行けないとは・・・。そういえばケイトとエアスキーイングにいって以来、もう2年も行っていない。

ここでケイトのことを思い出し、また後悔した。まったく地球人種の男というものは、なにかというと女というものを思い出さずには入られないように出来ているらしい。どうせなら10か月ごとに姓が入れ替わるカーヒーにでも生まれればよかった。いやカーヒーはカーヒーで10か月ごとに違う性の事を考えるんだろうか。それじゃ23の性があるモーグ=ノイマンはどうなるのだ。


私がそんなくだらないことを考えながら合成ティーで栄養ブロックを流し込んでいると、唐突にアラームが来客を告げた。

「COM、一体なんだ。」

ホームCOMに、チャックやらネリーやらと名前をつけて呼ぶやからが、私は大嫌いだ。

『来客デス。シュリンターサマ。映像ニオダシシマスカ。』

「そうしてくれ。」

その私の言葉と同時に、テーブルの上の女性キャスターの妙に気に触る笑顔が消え、わたしの事務所の見なれた廊下をバックにした青い髪の青いスーツの男の映像が浮かび上がる。

『通信ヲオコナイマスカ。』

「音声のみ。回路オン。」

『了解。』

「こちら、カイ・シュリンター総合調査会社ですが、ご用件は。」

 AR映像の男はちょっと顔を上げる。


「あのー。仕事の依頼に来たのですが。捜して欲しい人がいるのです。」

「その前にIDを手前のセンサーにかざして頂けますか。仕事がらトラブルを避けたいので。」

「ああ、はい。」


男が何もないスーツの胸元辺りを探ると、スッとポケットの口が現れる。男はそこからIDを取り出すとドアの横のセンサーかざす。シークレットポケット付のスーツを来ているところを見ると金まわりはよさそうだ。これはついて来たのかもしれない。デスクの小さなスクリーンに映ったIDの内容と、ネットの顔面画像検索の結果もそれを裏付けている。


『コムサ・コリンチャンス:(標準地球人種,男)

出生年月日:地球暦2412,02,21

出生地:地球圏ラグランジュ4コロニー アリエル

職業:フリーオリジナル・キャラクタライズ・プログラマー

・・・』


オリジナル・キャラクタライズ・プログラマーといえば、3D擬似タレントキャラの外形のデザインから擬似人格プロファイルのプログラミングまでを専門にやってる花形職業だ。一つ人気キャラを作り上げれば、ほとんど全メディアを席巻出来るこの職業。フリーでやっていけるとなればギャラもかなり貰っているはずだ。


わたしは急いで身繕いをすると、事務所と生活区画を隔てる稼動式パネルをスライドさせグローズして、デスクの後ろの壁を透過モードに変える。すると白い壁がとたんにコロニーの、都市部3:緑地部2にきれいに区画されたチェスボードのようなパノラマに変わる。その向こうにはおなじみの巨大な木星の縞模様。こうしておけば殺風景な事務所が明るくなるし、何よりその狭さが目立たない。まあ、地表が遠くにゆくにしたがって上にあがり、はるか彼方でついに天にのぼって見えなくなる光景は、地上育ちのわたしには今だにしっくりこないのだが。

そして私は入り口のドアをスライドさせて、その日、ひさかたぶりの依頼人を迎え入れた。


「どうぞコリンチャンスさん。お入りください。ご面倒をかけて申し訳ありませんでした。」

「いや、いや、ご職業柄がらいろいろな方がみえるでしょうからね。」

「どうぞ、その席にお座りください。なにかお飲みになりますか。」

「いえ、けっこうです。」

そういうとコリンチャンスは事務所の中をさっと見回してから、デスクの向い側の合成ラキイフ皮の席にゆっくりと腰掛けた。コリンチャンスの着ている凝った作りの青いスーツは、座ってもシワ一つ出ずに滑らかに曲がった。どうやら最近流行りの形状記憶シリコンでできているらしい。壁が歩いているように見えるのでわたしの好みではないのだが、たとえ好みだったとしても着ることは出来ないだろう。一着でその辺を飛んでいるエアカーが、軽く一台買えてしまうくらいするのだから。おまけに光彩可変コンタクトを付けているらしく、瞳の色がめまぐるしく変化する。これもかなり高価なしろものだ。こいつは期待出来そうだ。


「ここは、一人でやっていらっしゃるのですか。」

コリンチャンスがさっと事務所を見回してあいている2つのデスクを見てから言う。

「いや、いつもは秘書が一人いるのですが、例のマリネリス渓谷のスカジガーデンに行きたいから休暇をくれと言い出しましてね。今頃はエアスキーイングでもやってるんじゃないですかね。忙しいのに困ったものですよ。」

もちろん嘘だ。忙しいのも、秘書も。

「いいですね。私もエアスキーイングには目がないほうでしてね。こんな事がなければ早くいきたいですよ。」

「差し支えなければ、早速その、こんな事を伺いましょうか。」

「そうですねえ。」

そういうと、コリンチャンスは、これも高そうな反光沢のダークブルーのバックからプリントアウトしたポートレートと、標準タイプのデータカードを取り出した。わたしはそれらを手に取り、ポートレートをスキャナで呼び込み、データカードをダウンロードした。

「捜して欲しいのは、人といってもカーヒなんです。」

「ほう。」

確かにポートレートに写っているのは光沢のある白い体で、5個所の関節がある細長い足で立っているカーヒだった。その細い体に我々でいう頭に当たる部分はなく、肩に当たる部分からは、彼らの意志疎通器官である二本の発光体が突出し、胸の両側からは伸縮自在の4本の腕が伸びている。全体の体色が赤っぽいので男性期だろう。


カーヒは地球人種が接触した他の知的生命体の中で、ほとんど一緒の環境で活動出来る数少ない種族のうちの一つだ。もちろん、一緒といっても全く一緒というわけにはいかない。カーヒの生まれ故郷は可視光領域の放射をほとんど受けないため、そのまま地球人の環境にいるのはまぶしすぎる。このため、地球人の環境で生活するときは、頭(といってもわれわれから見ると胸なのだが。)の中央にある感光器を保護するためのフェイスプレート(?)をすることになる。これはカーヒーの光の言語を、我々の音声言語に訳してくれるの役目もしている。そのポートレートのカーヒもご他聞に漏れず、フェイスプレートをしていた。逆に、もし我々がカーヒのところへお邪魔する場合には、暗すぎるためスターライトスコープを付けることのになる。これはかなり面倒だが、塩酸のプールで暮らすメノヌのところへお邪魔することに比べれば楽なものだ。


「では、このカーヒのことについて教えてください。」

「はい。さきほどのIDでご存じのようにわたしは今、フリーのオリジナル・キャラクタライズ・プログラマーをしております。以前はジェネラルネットにいたのですが、二年ほど前『ザァート』というキャラが当たりまして、その後フリーになりました。」

私は鈍い頭を回転させて、「ザァート」というキャラを思い出し、精一杯の営業用お世辞をいった。

「あの『クレイジー・ザァート』はあなたの作品でしたか。いやーあのギャグセンスは秀逸でしたねえ。」

「いや、恐縮です。」

『クレイジー・ザァート』はひと昔前、一世を風靡したキャラクターだ。ザァートは擬似キャラクターには珍しく平均的地球人の姿をしていたが、表情のみならず顔の形や性格が目まぐるしく変わり、その度にその姿にあった飛び切りのギャグを飛ばすところは確かに傑作だった。とくにアサルトライフルの無差別連射モードのようにしゃべりまくる“陽気な叔母さん”から“言語不当配列症の男”に変わるギャグは最高だった。

「まあそういう事で独立してからしばらくは地球人の助手を使っていたのですが、これがどうもしっくりこなくて。それで、その地球人を首にしてコンピュータ操作に定評のあるカーヒを雇う事にしたんです。それで人材派遣会社に頼んだところ、やってきたのがそのルリューツゥツァイというわけなんです。お渡ししたデータカードに人材派遣会社が送って来た資料があります。ポートレートもその時人材派遣会社が一緒に送ってきたものです。」


カーヒーはそのよく知られたコンピュータなど必要としないような驚異的な記憶力と、四本の腕を使った素早いオペレートから、地球人種の間ではコンピュータオペレータとして重宝がられていた。しかし、この辺りの星系ではまだかなり珍しい。わたしは言われたとおりダウンロードしたデータからルリューツゥツァイの資料を呼び出した。


『ルリューツゥツァイ:(カーヒー,M)

生年月日:地球暦2441,02,03(カーヒー暦5773,005)

職業:特A/c級コンピュータ・オペレータ

・・・・

・・・・

備考:地球暦2250,06,03(カーヒー暦5784,002)より、コリンチャンス・キャラクタライズに勤務・・・・

・・・・』


カーヒー,Mというのは生まれた時点は男性(この言い方もかなり語弊があるが、)だったことを表している。だが、それから10か月ごとに性が入れ替わるわけだから、地球人種のわたしにはあまり重要でない事のように思えるのだが、わざわざ表示するからにはカーヒーなりの意味があるのだろう。今日が2251,05,13だから、この資料によるとコリンチャンスのところで一年弱働いていたことになる。


「しかし太陽系でカーヒーを雇うのは大変だったでしょう。」

「ええ、給料もかなりとられましたよ。まあ、しかし、それだけの事はしてくれましたよ。さすがに有能でしたからね彼は。それがあんなことをするなんて。ついてませんよ、まったく。」

「あんな事とは。」

コリンチャンスは足を組み替えると、両手をひざのところで組み合わせてから続けた。

「ええ、ルリューが来てからここ一年はセントラルネットのバラエティ用に依頼された、『ノッグ』というキャラのデザインに掛り切りでした。『ノッグ』はハインマ人をパロディ化したキャラだったんです。自分で言うのもなんですが、これが傑作でしてテストランでは自分が大笑いしたくらいでして。」

「ハインマって、あの無口なハインマですか。」

「ええ、あの必要最小限の会話を逆手にとった新しいタイプのキャラだったんです。デザインの上でもそこが一番苦労した所でして、おかげで一年間、何処にもいけずアトリエに缶詰状態でしたよ。」

「ほお。」

「それがですね、やっと後少しで完成するところだった5日前の朝、せいかくには05,08ですがアトリエにいつもどおり出勤して見ると、コンピュータメモリの『ノッグ』のプログラムがきれいさっぱり消えてるじゃありませんか。おまけにバックアップのデータカードも全部なくなってたんですよ。」

「プログラムの保護されてました?パスーワードとか、生体バイオロックとか。」

「大事なプログラムでしたからね。もちろん生体バイオロックでした。私とルリューの脳波で登録してありました。だからすぐ気がついたんですよ、ルリューだってね。バックアッブのあった場所を知っていたのもルリューだけでしたからね。それですぐに星系警察に通報したんですが、今日に至るまで全く音沙汰なしでして。それでしかたなく保険会社と相談したところ調査員を雇うようにいわれまして、それでこうして伺ったしだいです。」


わたしはいつもの癖でこめかみに右手の指を二本あてがうと、頭の中で状況を整理してから当たり前の質問をした。


「ルリューはどうして、すぐに犯人が自分だと分かるような盗みをしたんですかねえ。それに、その『ノッグ』とかいうキャラのプログラムをどこかのネットに売ったとしても、世にでたときにあなたが自分の作だと主張すればいいことなんじゃありませんか。」

「ルリューはカーヒーなんですよ。つまり、太陽系外にも我々恒星連合とも敵対している惑星同盟側にも自由に行けるわけじゃないですか。同盟に逃げ込まれたらジ・エンドそれでお手あげですよ。それに『ノッグ』のことにしたってそう簡単にはいきませんよ。なんといっても根こそぎ持っていかれたんですから。私が『ノッグ』をデザインしたって証拠は何一つないんだ。名前と外形を少し変えて出されたら、『私のデザインだ!』と主張したところでいい笑いものになるだけですよ。」

「なるほど。んー、5日ですか。同盟に逃げるには手続も含めて10日前後というところですから、なかなか苦しいところですね。それで警察はどの程度足取りを追えたんですか。」

「ルリューの居住ブロックには普通の家財道具のたぐいしかありませんでした。それから、ヴァルヴァナ宇宙港でルリュー名義でリオネス星系へ出航したカーヒーがいたことを突き止めました。そのカーヒーを監視カメラがとらえた映像がお渡ししたデータのなかに入っています。しかし、その後は別名義のIDを使ったらしく、足取りはつかめていないようです。」


 わたしはデータを呼び出して、さっそくそのホロ映像を投射して見た。なるほど、着ている物は違うが、ポートレートと全く同じに見える体色が白色で若干赤みがかった雄のカーヒがカウンターを抜けていく映像が映しだされた。もっとも地球人にはカーヒはみな同じように見えてしまうものなのだが。映像は2451,05,08のものらしい。


「失踪する前、最後にルリューを見たのは何時ですか。」

「前の日、05,07ですね。何時ものように仕事をしていましたから。」

「その時のルリューはポートレートと同じでしたか。」

「ええ、いつもの彼に見えましたが。といっても、私にはカーヒはみんな同じに見えますけどね。」

「それでは、この映像のカーヒーの着ている物には見覚えはありますか。」

「ええ、この黄色っぽいローブのようなのをアトリエに着て来たことがあったと思います。」

「ヴァルヴァナ宇宙港ですか。今は例のスガシガーデンへの観光客で大変な混雑だそうですね。そういえば、新しく出来たターミナルの、やっと食料合成機の整備が終わったとか。」

「そうですか。私が使ったときはコーヒーを頼んだのに、得体の知れないスープが出て来ましたよ。まあ、そんなことはどうでもいいです。それで、この仕事、引き受けてくださるのですか。引き受けてくださるんでしたら、お渡ししたデーターの中にある保険会社宛の証書にID登録してください。引き受けて下さらないのならはやく他の調査員を捜さないと....。」

「ちょっと、待ってください。その保険会社宛の証書っていうのはこれですか。」

わたしは急に落ちつきのなくなったコリンチャンスをやんわり黙らせると、その証書とやらをデータから呼び出して内容を確認した。どうやらすべてのデータを消されたことに関して、適当な処置をとった後1か月以内にそれが取り戻せなかった場合に保険が下りることになるらしい。調査員を雇うことはその適当な処置の一つなのだ。

「なるほど、この保険でいくらかは損害をカバー出来るようですね。」

「とんでもない。あの傑作がいくら稼ぎだすと思うんです。それに作品は金の問題ではないんです。」

 確かに、3D擬似キャラが稼ぎだす金に比べたら微々たるものかも知れないが、それでもたいした額だ。

「どうなんです。引き受けてくれるんですか、暮れないんですか。」

「いいでしょう。お引受けしましょう。」

「それはよかった。」

「では契約の事なんですが、今、特別サービス月間で二種類の料金体系をとっておりまして、まあ簡単にいえば日数制と成功報酬制です。契約料は1万クレジットでこれは変わりません。その上で、日数制ですと調査期間中地球標準時で一日当たり2000クレジットプラス諸経費で、そちらのご希望の期間まで調査致します。成功報酬括制ですと契約料プラス2万クレジットで、期間中は諸経費のみ、ただし成功した場合は5万クレジットいただくことになります。」

「はあ。」

「つまりですね、成功報酬制を取りますと35日以内に成功した場合は当社に有利となり、36日以上かかるか或いは成功出来なかった場合は依頼人に有利になるというシステムです。どちらになさいますか。」

「そーですねえ。それでは成功報酬制でお願いします。」



どうやら決まりのようだ。


七面鳥は嵐の最中、口を大きく開いて空を仰ぎ見る習性があるらしい。だから、そのために雨水で溺死するものが絶えないのだという。私も今後の慎ましい生活の事を考えればここで黙っているべきなのは分かっていた。仕事をしたふりをして、その報告をしたふりをする。そうすればとりあえず皆幸せで物事は何事もなく終わる。だが七面鳥しかり、人間の性分というものもそう簡単には変えられない。私は、ほかならぬ私自身に苦笑しながら次の言葉を発した。

「まことに遺憾ですが、この仕事をお引受けするわけにはいきませんね。」

「はあ、それはどうゆうことですか。」

「あなたがどう聞いてきたか知りませんが、これでもわたしは腕利きでしてね。一度引き受けたら必ず見つけだしますよ。たとえその相手がすでに死んでいてもね。しかし、それではまずいんでしょ。コリンチャンスさん。」

コリンチャンスの目つきが心なしか鋭くなり、可変光彩コンタクトの色が七色に変わる。しかし、言葉は変わらず困っっている依頼人口調。

「あの、私の頭が悪いのか、よく理解出来ないのですが。ルリューはすでに死んでいるとお思いなのですか。」

「それはあなたが一番よくご存じなんじゃないですか。ほかならぬあなたがやったんでしょうからねえ。いや、誰かを雇ってやらせたのかな。」

コリンチャンスの顔色が薄くなる。

「ははは、シュリンターさん。悪い冗談はやめてください。」

「冗談は嫌いじゃないほうですが、これは残念ながら冗談ではありませんよコムサ・コリンチャンスさん。わたしは至極まじめです。」

「ほう、では説明して頂けるんでしょうね。説明が出来たらの話しですが。」

「いいでしょう。今月は特別サービス月間ですから。」


わたしは椅子に深く寄りかかり、両足を伸ばす。コリンチャンスはさも馬鹿にしたように身を乗り出して私の次の言葉を待つ。コリンチャンスの瞳の色が先程にもまして、めまぐるしく変わる。

「まずおかしいと思ったのは、あなたがここに来たことだ。あたたのような金持ちは普通もっとメジャーな、調査員が何十人もいるような調査会社にいきますからね。まあ、いわゆる裏の方面と付き合いのある方の場合はその辺りから私の事を聞き付けていらっしゃる場合もありますけどね。あなたはそういう人種にも見えない。ではなぜか。本当は頼みたくなかったんだ。しかし、保険の関係上、仕方がなかった。それで、できるだけみすぼらしい調査員に形だけの調査を頼みたかった。よけいなことを嗅ぎ付けないようにね。」

「なるほど。しかし....。」

「まあ聞いて下さい。質問は最後に受け付けますから。あなたがルリューとかいうカーヒーを捜すことに乗り気でないのは、失踪後5日も足ってからやっとわたしを雇おうとしたことからも分かる。本当に『ノッグ』というキャラのプログラムが盗まれたのならあなたにとって大損害のはずだ。一年の努力が全く水の泡になるだけでなく、セントラルネットとの契約もあるはずですからね。それにもかかわらず、捜して欲しくないのはなぜか。そもそも『ノッグ』などという代物は実在していたのか。ところであなた、エア・スキーイングには目がないんですよねえ。」

「ええ、まあ。」

「それでヴァルヴァナ宇宙港のについて、かまをかけて見たんですよ。」

「かまをかける。」

「そう。わたしがヴァルヴァナ宇宙港のについて話したら、あなたコーヒーを頼んだ話をしましたよねえ。空港のフードコーディネーターがおかしくなったのは、去年のタ−ミナル新設以来ですよ。一年間仕事に掛り切りだったはずのあなたが、どうして宇宙港でコーヒーを頼めるんですか。」

「....。」

「たぶん、バロットに行ったんでしょ。10年ぶりの氷河周期で我慢出来なかったんでしょうねえ。しかし、宇宙港に記録を残してしまったのはまずかったな。保険会社に見せたら何というかな。」

「......。」

「それに、特別サービス月間っていうのも嘘です。成功報酬制なんて一か月以内には見つからない方が得なんて方式、普通選びませんよ。普通ね。」

「......。」

「計画は悪くなかったですよ。キャラは当たるか当たらないか分からないですしね。こっちのほうが確実だ。一年間遊んで暮らした上でかなりの保険金が貰えるんですから。ネットとの契約金も盗まれたんじゃ返せとは言えないでしょう。しかしカーヒを使ったのはまずかったな。あなた、太陽系から出たことがないようですから仕方がないのかもしれないが、カーヒのことを知らなすぎた。」

 そういってわたしはデスクのコンピュータを使ってルリューのプロフィールを呼び出す。自分で内容を確認すると、今度は2Dディスプレイをコリンチャンスの方へ向ける。

「この“ルリューツゥツァイ(カーヒー,M)”のMはどういう意味か知ってますか。」「たしか、生まれたときが男だったという印では。」

「そのとおり。そしてそれからカーヒー暦で1年、地球暦で10か月ごとに性が入れ替わるというわけです。つまりこのカーヒー場合、奇数の歳が男で偶数の歳が女ということになりますね。それでこの資料を見ると、生まれがカーヒー暦5773であなたの所に来たのが5784だから引き算すると11歳で男ということになりますね。地球暦の方で詳しく見ると11歳と3か月というとこですね。これがどういうことか分かりますか。」

「いや。」

「つまりですね。あなたのところで働いていた期間に性の変換が起きて、失踪当時は女性だったということなんですよ。女に代わると翻訳機のしゃべりも変わりますから気付かないはずはないんですがねえ。それなのにあなたはルリューの代名詞に一貫して“彼”をお使いだった。変ですねえ。」

「....。」

「それから決定的なのはポートレートと宇宙港の映像ですよ。カーヒーの男性と女性が見た目にも違いがあるのを知ってますか。まあ我々にはほとんど同じに見えますが、体色がねえ、ちょっと違うんですよ。男性の場合かすかに赤みがかった白で、女性が青みがかった白でしてね。見ればすぐ分かるはずです。ポートレートのカーヒーも男性だから赤みがかっていますね。失踪当時の場合は女性だったはずだから体色は青みがかっていたはずなんです。しかしあなたはいなくなったときもポートレートと同じだったとおっしゃった。それに....。」

 わたしは宇宙港のホロ映像を映す。

「この映像。これも体色が赤みがかっている。別人だ。ほかのカーヒを雇ったんでしょ。だめですよ、女性を雇わなきゃ。」


コリンチャンスはしばらく出来の悪い生徒みる教師のような、憐れんだ目でわたしを見ていたが、やがて右手をゆっくり腰に持っていきズボンに軽く触れる。そこにも例のシークレットポケットがあったらしく次の瞬間、右手には小さな銃が握られていた。SC−14通称“ペンギン”と呼ばれるだ。は自前のフリーザーで作った氷を弾丸がわりに発射する。弾丸補給が最寄りの水道コックで水を入れるだけなので辺境では護身用に普及している。もちろんここでは違法のはずだが、ここでコリンチャンスに法律論を吹っ掛けても無駄だろう。しかし、わたしとしたことが、金持ちだと油断して入ってきたとき走査サーチしなかったのは大きなミスだった。いや、あのスーツでは走査サーチしたところでひっかからなかったかも知れないが。


「おやおや、これは物騒だな。しかしあなたも早まったなあ。私の言ったことなんて腕利きの弁護士にかかれば、あっという間にひっくり返されてしまうような代物なのに。何と、銃を出すとは。わたしがやったと認めるようなもんだ。」

私は内心の動揺を隠して、わざと余裕たっぷりに言ってやった。

「うるさい。プロフィールを見てできるだげヘボな奴を選んだつもりだったのに、とんだ誤算だった。まあいい。たぶん客とのやり取りを記録する装置レコーダがあるんだろう。まずその記録を渡して貰おう。」

わたしは返事の変わりに、左手の人差指でコリンチャンスの額に狙いを付ける。

「きさま何のつもりだ。銃に見せ掛けるんなら何かで隠すのを忘れてるぞ。」

「その必要はないんだよ。この左手にはちょっとした仕掛けがあってね。」

「なに。」

「プロフィールを見たのなら知ってると思うが、わたしは元公務員でね。しかしプロフィールには詳しいことは書いてなかっただろう。書けなかったんだよ。もと地球統合情報部ライブラリ勤務とはね。」

「なんだと。」

ライブラリとは、情報部ビルの隣が図書館(じつは地下室で繋がっている)なので、その筋の連中が使っていた言葉だが、なんとかというベストセラー小説のせいで最近は誰もがそう呼ぶ。

「そう。その仕事中に左手を吹き飛ばされてね。ASZのテロリストが仕掛けたブービートラップというやつだよ。ダストボックスのふたを開けた途端にドカンときて左手がきれいにミンチになった。ひろい集めて復元しようにも破片が1mmじゃ左手にハンバーグをつけて歩くことになるだろ。それでクローン再生を望んだんだが、時間がかかりすぎるってんで却下されてね。治療費を払って貰うんだから文句は言えない。それでサイバネティックスの腕を付けた。どうせつけるんなら仕事に役立つ機能を付けろってことで、この人差指にニードルガンを埋め込まれたんだよ。一発きりのね。」

「それじゃなぜ早く撃たなかったんだ。」

コリンチャンスはわたしの左手人差し指を、その視線で火花が散らせるくらいにじっくりと見ながらいう。

「ニードルガンってのは、いわば暗殺奇襲用の武器なんだよ。どんなにうまく急所に当たっても針だからね、即死っていうわけにはいかないんだ。むろん、針には即効性の毒物が仕込んであるんだが、それでも2,3秒はもつ。その間にそので撃たれたんじゃたまらない。まあ、この件に関してはお互い様だがね。このニードルガンはわたしの神経中枢にリンクしていて、今わたしがポックリいったら自動的に発射されるモードに入ってる。だから、あんたが先に撃っても、こうしてあんたを指差していれば相打ちになるというわけだ。」

「そんな戯言を信用しろというのか。」

「情報部っていうのは一度関わると完全にはやめられないシステムになっていてね、因果なもんさ。そこのキャビネットの一番上の引き出しを開けてみな。情報部予備役のIDが入っているよ。」

 コリンチャンスは少し迷った後、銃をこちらに向けたままゆっくりとキャビネットの方に向かう。そして、女性の体に初めて触ったティーンエイジのような慎重さでゆっくりと引き出しを開けるとIDを取り出し、わたしの方に投げた。

「そこのIDチェッカーにかざせ。」

「ご命令には従いましょう。」

 もちろんIDは正真正銘の本物だからチェッカーは確認の表示を出す。

「信用していただけたかな。」

「ふん。」

 なんとかこっちのペースに戻してきた。だが、勝ち目があるのは今のうちだ。

「さて、これからどうするね。状況は極めて深刻、ゲーム理論でいうところのMAD、相互確実破壊というやつだ。解決策は2つ、仲よく二人でお手々つないで天国行き、いや殺人者と情報部上がりじゃたぶん地獄行きかな、を選ぶか、それともきたない大人らしく取引するか。どちらにするね。」

コリンチャンスはわたしの左手人差し指をにらんだまま黙っている。

「....。」

「まあ、お互い死にたくはないだろうからここは取引と行くしかないだろうね。」

「取引だと、どんな。」

「至極古典的な奴さ。証拠をやるから金よこせ調のね。あんたに取ってまずいのはわたしとの会話だけ。唯一の物的証拠はあんたが言ったとおり客とのやり取りを記録しているCOMの画像データのみ。ロックを使ってるから取り出せるのはわたしだけ。画像データさえ消しちまえばあんたに不利なものは何もない。もし後でわたしが騒いでも名誉棄損であんたが儲かるだけだ。悪くないだろう。」

「いくらだ。」

「まあ、そう焦らないで。その前にちょっと腹ごしらえをさせてくれないかな。朝食がまだなんでね。のところまで行くのを許してもらえるかな。」

返事はなかったが、別段だめとも言われなかったので、わたしは事務所と居住スペースを隔てるパネルをあけると、ゆっくりと席を立って食料供給機フードシンセサイザへの長い旅を開始する。もちろん左手人差指はコリンチャンスに向けたままだ。コリンチャンスの方も自動追尾式の砲台さながらに、わたしの動きに合わせてゆっくりと銃を動かす。そして、張り詰めた雰囲気の中での、道程5m、時間にして30秒ほどのわたしの旅は体感時間では30分ほどかかってやっと終わった。70x100 150cmの白い直方体がこんなにいとおしく思えたのは初めてだ。早速、中ほどにある引き出し式のタッチパネルを引き出して、コリンチャンスとパネルの両方が見えるように注意しながらメニューを打ち込む。

「さて、なんにするかな。ラミソール・サンドでも食べるか。」

気まずい沈黙がながれる。3か月前パクラミ・サンドが出来るのにどれくらいかかっただろう。コリンチャンスはわたしの左手を吸い寄せられるように見つめている。もうそろそろいいだろう。わたしはメニューケースの白いふたをコリンチャンスの視野を遮りながら慎重に開ける。

「長い交渉になりそうだ。あんたも何か食べるか。」

「いらん。」

『カシュッ、パシュッ......。』

わたしのその言葉とは裏腹に、その交渉はあっという間に終わった。わたしは体が覚えている流れるような動作で、右手の銃をコリンチャンスの頭に向け躊躇なく撃つ。と、同時に相手の反撃の一発を警戒して左側に横っとびに飛ぶ。銃を突き付け合っているときに、標的の小さい頭を狙うのは愚の骨頂だと、訓練所のスキンヘッド教官が口を酸っぱくしていっていたが、今回の場合、あのいかしたスーツにどんな仕掛けがあるか分かったものではない。二発目はないのだ。RF−33ピストルの超伝導化された銃身から、磁化された弾丸がほとんど音をさせずに発射され、コリンチャンスの額にほんの小さな穴を開けるまで数マイクロ秒後。コリンチャンスがわたしの左手人差指を凝視したままの表情でリノリュウムの床に倒れこんだのは、それから数秒後。わたしが大きなため息とともに右手の銃を降ろしたのはそれからさらに4秒後だった。



射撃には少なからず自信があったのだが、それでもかなりきわどい勝負だった。この状況で額のど真中に当たったのだから上出来というべきだろう。長年の習慣で一応コリンチャンスの脈と瞳孔を調べたが、死んでいることは5歳の子供にも分かる。“典型的な即死体”とラベルを付けて何処かの医大にでも送ってやりたいような疑いようのない見事な即死だ。わたしは銃を愛すべきフードコーディネーターに再び収めると、デスクの席に掛けてもう一度死体を見てため息を吐いた。回路模様のリノリュウムの床が赤黒く染まって行く。あの調子の悪いクリーナで落ちるかな。

ところであの左手人差指のニードルガンの話は、あながち作り話ではない。もちろんわたしの事ではないが、現にそういう同僚がいたのだ。たしかバイスとかいったっけ。ものすごくやかましく笑う奴だった。過去形を使うのは、もうあの世へ旅だったあとだからだ。あんな単純なブービートラップにかかるような奴は、たとえ左手にニードルガンを仕込んでも長生き出来ない。そいつはその任務から復帰早々、エアバズーカで胸に大穴を開けられて死んだ。

『シュリンターサマ。』

「何だ。COM。」

『オ客様ガ倒レラレテイラッシャルヨウデスガ、ヲ行イマスカ。ソレトモ、医療チームヲオ呼ビニナリマスカ。』

 呼ぶとしたら葬儀屋の処理チームだろう。

「いや、それより警察に、いや、何も呼ばなくていい。」

『ワカリマシタ。』

警察のうんざりする尋問に答えるのはもう少し後でいいだろう。またライブラリー上がりがと嫌がられるのが落ちだ。

と、そのとき、カードキーを持っているこのブロックの管理人の娘、ブレンダが自慢の銀色の髪をなびかせて唐突に入ってきた。

「あのシュリンターさん。例の空調のメンテナンスの件で...。」

「あ、ブレンダこれは...。」

「ギィグゥギャーーーーァ。」


どこからひねりだしたのか、ブレンダがものすごい悲鳴をあげて駆けていった。あの走りなら、管理人室まで10秒フラットというところか。しかし、また厄介なことになった。こんなことなら、早く警察を呼べばよかった。


そう、わたしは、そう思ってから、今日、何回目かの後悔をした。


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「後悔」:調査員カイ:ケースファイル#1 桐島佐一 @longshoter

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