ウインドノア
千路理
第1話 原初の森
濃緑のロングコートにとんがり帽子を被った男が森の中を歩いている。
その男の肩には小さなキノコが乗っていた。正確には手足の生えたキノコ、マイコニドだ。
「コニ!」
「……うん、今日はこのへんで休もうかコニー」
コニーと名付けられたマイコニドの頭を少し撫で、男は森の少し開けた場所で木に腰掛ける。
日中にも関わらずこの森には僅かばかりの光しか差し込まないのは、生い茂る木々の樹齢が数千年にも及び、大地と共に時を刻んできたのを物語る幹の太さ、樹の高さ、隙間なく光の恩恵を受けようと生きてきたことの証明に他ならない。
(‥‥水の音が聞こえるし、近くに川もありそうだ)
少し休んだ後、男はコニーと一緒に水音の聞こえる方向へ歩いていくと、予想通り空気よりも澄んでいるのではないかと思わせる清流がそこにはあった。
(あのへんかな?)
男は川の水がぶつかる岩の後方、少し深くなっている場所へ狙いを定めたかと思うと、次の瞬間、その周囲にあった水が球体のように形を変え風に包まれて持ち上がり、そのまま男の方へゆっくりと飛行するように近づき、岸辺を少し越えたあたりでバシャリと音を立ててその水球は割れた。
水球が割れた場所には3匹の魚が音を立てて跳ねており、コニーは「やったね!」と言わんばかりに男の方を見て親指を立てた。
その様子に思わず顔がほころぶ。
川で飲み水と魚、焚き木に使う木を拾いながら先ほどの森が少し開けた場所に戻ると、今度は荷物の中から鈍い銀色の光を放つ鋼線の束を取り出し、自分達の今夜の寝床よりも二回りほど広い範囲を囲むように、樹を傷付けないように当て布をして、その鋼線を周囲に張り巡らせる。
その鋼線は手袋をしながら扱わないと恐ろしいほどの切れ味があり、外敵に寝込みを襲われるのを防ぐための罠だ。
通常であれば未踏地域の森の探索ともなれば、不測の事態に対応するため、3人もしくは4人1組のパーティで行動することが基本とされており、交代で休憩して体を休める点からも、探索効率・対応力という観点からもパーティを組むことの恩恵は大きい。しかしこの男、レイルは4大属性の中でも対応力が高いといわれる風属性で上位に入る実力者であり、今でこそコニーを連れているとはいえ、基本的には一人で行動することを好んでいた。
レイルはその辺に転がっている石と先ほど拾ってきた木で簡易的な焚火炉を作り、次に火晶石といわれる半透明の赤みを帯びた石を袋から二つ取り出すと、それを慣れた手つきで擦り、薪炉に火をつけた。
コニーはというと、先ほど取れた魚に串を刺し、鼻歌を歌いながら夕飯の準備をしている。
森に入って半日。
森に入る前に最後に立ち寄った街で買った食料はまだ余裕があるとはいえ、保存がきくものは温存したいため、現地で調達できる時はなるべく現地の食材で食事を済ませたい。
(そろそろかな?)
レイルはコニーが串に刺した魚の焼き加減を見つつも、コニーの頭、傘の部分を注視していると、それからまもなくしてポンッ・・ポンッ!と傘から次々とキノコが生えてくるのだった。
マイコニドは年に何度か、特に秋頃になると傘からキノコが生えてきて、それを収穫して生計を立てている者もいるくらいで、生えてくるキノコはその土地の空気や水、マナの質によって変わってくる。
マイコニドの傘に生えてくるキノコは人間でいう出来物のようなもので、自分たち同士では腕が短く、上手に取ることが難しい。そのためマイコニドの傘にできるキノコを人が収穫することによって、ある種共存ができているといえる。
コニーはマイコニドの中でも特殊な個体で、以前未踏地区から王都の近くの森にやってきた大怪鳥を討伐した際に、その大怪鳥に未踏地区のマイコニドの胞子がついていたことによって生まれた新種のマイコニドである。通常のマイコニドは大きいもので体長2mを超えるが、コニーは30cm程度だということと、この森のようにマナが濃い地域では半日もいればキノコが生えてくる上、探索をする際にその土地のバロメーターにもなるので、レイルは未踏地区調査と同時にコニーを生まれた場所に返すという目的で一緒に旅をしている。
「水舞茸に土エノキ‥‥」
コニーの傘に生えたキノコを慣れた手つきで選別しながら引き抜いていくレイル。
「コッ!コニ‥‥コニッ!‥‥コニッッ!」
キノコを一本抜く度に体を揺さぶり、声を上げるコニー。
「‥‥終わったよコニー」
「コ、コニィ‥‥」
傘の上のキノコを抜き終わった後のコニーは心なしかクタァっとしてるようにも見えるが、レイルはスルーした。
水舞茸は全体的に半透明でヒラヒラとした傘を持ったキノコで、キノコの中でも水分を多く含んでおり、スープにするといいダシが出る。イメージとしてはフカヒレに近い高級キノコだ。
水舞茸の次に多く採れた土エノキは、そのままだとかなり土臭いキノコだが、焼くことによって香ばしい香りに変化するキノコで、ソイソースを塗って焼くことにより香ばしさが一層際立つ高級キノコだ。
他にも採れたキノコはあるが、毒キノコや睡眠作用のある眠り茸など、食用には使えないキノコもあったが、それはそれで使い道があるため袋にしまう。
今日の夕飯は焼き魚と水舞茸のスープ。
魚は焼く前は若草のような青々しさと、ヒノキのような清涼感のある香りがほのかにする鮎で、火を通すことで香ばしさが出る。鮎を食べる人の中には砂を吐かせ、はらわたで塩辛を作る人もいるそうだが、そこまで手間をかける気はないのと、お酒は飲まないので次の機会に持ち越しだ。
水舞茸は水を入れずにそのまま鍋に入れて加熱するだけで、水舞茸の体積以上の水分が出る不思議なキノコで、加熱することで触感もしっかりしてくる上にいいダシも出るため、あとは塩を入れて味を調えるだけでスープが出来てしまうという凄まじいキノコだ。
語源はとある冒険家がこれを初めて発見して食べた際に、その美味しさに驚き、次に発見したときには思わず舞を披露してしまうくらいテンションが上がってしまったことに起因する。
本来であれば熱々のところを振舞うべき料理達ではあるが、コニーに熱いまま食べさせてしまうと火傷してしまう‥‥というよりも火が通ってしまうので、人肌程度の温度に冷まして食べさせる。
コニーにもちゃんとした味覚は備わってるようで、一口食べてモグモグする度にご機嫌なのか左右に頭を軽く揺らめかせる。
レイルはこの前までキノコが入った料理をコニーに食べさせるのは(共食いではなかろうか‥‥)と思っていた時期があったが、いつもコニーは美味しそうに食べているので考えるのを辞めた。
〇〇〇
夢を見た。
女の子が矢尻のような形をした乗り物に乗って、空に向かって飛んでいく夢を。
女の子のその後の行方はわからない。
ただおそらくその結末はバッドエンドだ。
なぜなら空にはファフニールがいる。
空の境界の守護者にして、空を覆う絶望。
六災禍の一角、ファフニールが。
〇〇〇
「‥‥朝か」
森の木々の隙間から見える紫空を見てレイルは呟く。
「コニ!」
「おはよう、コニー」
コニーももう目(?)を覚ましていた。
とりあえず周囲に張り巡らせたミスリル鋼線を少し取り除き、川の方へコニーと一緒に水を汲みに行く。
しかしその道中で空から風を荒く切り裂くような轟音が響く。
「コ?」
「なんだ?」
その音がどこからのものか、空を見た所で木々が遮っていてはわからない。
レイルはコニーを肩へ乗せて風を操り飛翔し、上へ上へと木々を抜けたところで振動と轟音が、何かが川の上流、湖へと着水したのがわかった。
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