この世界の中で

ソウガ

第1話 逃げ出した少女

 この聖剣を抜いた者には無限の魔力が宿る。

 契約を結べばその聖剣は持ち主にとって唯一無二の武具となり、魔を打ち払う。

 ありふれたような文言の前に立つ、一人の少女。


 これは、聖剣を引き抜き逃げ出してしまった少女の物語。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 赤く染る夜空。

私を抱いて走る人。

後ろから追いかけて来る人。

背中から声が聞こえる。

 私を抱いた人は後ろを振り返ったけどすぐに走り出した。

 後ろから追いかけて来た人はなにか叫んで踵を返した。

 わたしを守るように、強く、しかし優しく、暖かく抱きしめてくれた。

 突然、後ろから轟音がしたかと思うとわたしとわたしを抱いてくれた人が弾き飛ばされた。

抱いてくれた人が倒れながら叫んでいた。

わたしは怖くなってにげだした。



「はぁ!! …はぁ… 夢…」


 久しぶりに見たあの夜の夢。もう声は思い出せず、顔すら朧気になっている夢。なのにずっと忘れられない夢。あれはお父さんとお母さんとの別れの日。わたしが全てを無くし、新しい全てを手に入れたあの日。


「オレーシャ〜!もうそろそろ起きないと…と、起きてたの?」

「………」

「…またあの夢?」

「………大丈夫。もう怖くないよ、サヤお姉ちゃんがいてくれるから。」


 そう…と呟きながら私を優しく抱きしめてくれるサヤお姉ちゃん。

 両親を失い、彷徨い疲れ倒れた所を助けて今まで面倒を見てくれた大切な人。

 わたしの母であり、姉であり、親友だ。

「お姉ちゃんお仕事行ってくるから。オレーシャもそろそろ学校でしょ?」

「うん…」


 お姉ちゃんのしっとりとした黒髪に顔をうずめながらぼーっと返事をする。


「それじゃあね、いってきます」


 わたしを助けてくれた手。なんども優しく笑いかけてくれた顔。そのふんわりと暖かな感触に名残惜しくも学校の準備をする。



 サヤお姉ちゃんは凄い魔法使いで、魔王討伐のパーティーにも選ばれた。

 魔法使い、戦士、僧侶が選出され、あとは伝説の剣を抜いた勇者さえ揃えばいわゆる勇者パーティーの完成。

ただ勇者が揃うまでは何も出来ないらしい。なんでも聖剣と契約をしなければその辺の魔物はともかく、幹部には対抗できないらしい。


 お姉ちゃんのお仕事は魔法学校での臨時講師。

わたしはのんびりと魔法学校へと向かった。

学校というよりは塾に近い、少ない生徒とこじんまりした教室。ありふれた学校。

特別なことと言えば、勇者の剣がある祠に隣接してること。

 ふと、呼ばれたような気がして勇者の剣の祠の方にに歩く。

こんなに苔むして錆び付いてるのに魔王なんて倒せるのかな?

 あと特別なことと言えば、勇者パーティーに選出された魔法使いが臨時講師してることくらい。

あ、これ遅刻かな。


「オレーシャさん! 遅刻ですよ!!」


 めちゃめちゃ怒ってるお姉ちゃん。今朝、わたしを抱きしめてくれた人。

 お姉ちゃんいわく、公私混同は絶対にしない。学校では先生をつらぬく。らしい。


「ごめんなさい、サヤお姉ちゃん」

「サヤ先生と呼びなさい!!!」

「…うう、あい…」

「あい、じゃくてはい!! きちんとお返事なさい!」


 ………やっぱりわたしを抱きしめてくれた人とは違うよ。あれは違う。てゆうかなんで臨時講師が出席とってるの?いつもの先生は?


「ユークリフ先生は王都からくる勇者候補の方々をご案内しています、なので今日は私が代理で出席点呼をしています。私が起こしてあげたのに遅刻とはいい度胸ですね、オレーシャさん。」

「………あい…」

「返事は、はい!!」

「はい!!!!!」

「よろしい。それではみなさん、ウォーミングアップに魔力放出から始めましょう。」



この世界は皆、魔力を持っている。

魔力放出自体は基本中の基本。というより当たり前に出来ること。

 普通にお箸が使えるのと同じ感覚。若干、得手不得手はあるみたいだけど。

まあ見ててよ、魔力放出はわたし上手だから。

両手の届く範囲までなら自由自在に好きな形で好きな位置に魔力を放出できるんだよ。…せいぜい手先がかなり器用とか字がとても上手とかそんなレベルなんだけど…

 そんなこんなにしてたら勇者候補が祠に行くところが目に付いた。

 5人くらいがユークリフ先生に連れられて入っていった。

 凄く体格のいいゴリラ男からしなやかという言葉がピッタリな女の人まで。みんな鍛えているんだろうなって言う感じの雰囲気で。


 剣が抜けちゃうとお姉ちゃんが戦いに出ていかなきゃいけないから抜けないで欲しい。

 魔王の脅威が〜とかよく聞くけど最近はそんなに物騒じゃないと思う。わたしが襲われてからも10年以上経ってるし。だから別にサヤお姉ちゃんじゃなくてもいいでしょ。と…


「あいた!!」


 まるでデコピンされたような感覚をおでこに覚え前を向くと鬼のような形相でこちらを睨んでるお姉ちゃんとばっちり目が合った。魔力放出は慣れると遠距離デコピンも出来ます。そんなことより終わりです。


「オレーシャさん? 遅刻してきて次はよそ見ですか? 夜ご飯抜きね」


 思いっきり公私混同してるじゃん。


「何か文句でも?」

「い、いいえ!!?」


 危うく声に出すところだった、あぶないあぶない。



 授業も終わり、夜ご飯抜きの悲しみに打ちひしがれながらトボトボと帰る夕暮れ時。

 大丈夫、お昼ご飯はたくさんオマケしてもらったから。耐えられる。多分。きっと。


「おや、お帰りですか?オレーシャさん。」


 呼ばれたので振り返ると…


「ユークリフ先生。はい、今帰りです。」

「そうですか、お気をつけて」


 優しそうな印象のユークリフ先生。王都から派遣されてきた魔法学校の先生。


「先生、今日の勇者候補から選ばれた人は?」

「いませんでしたよ」


 そうですか、ととりあえず返事をする。選ばれた人がいないならとりあえずサヤお姉ちゃんはまだこの村にいてくれる。安心、というと怒られるんだろうけど。


「そろそろ聖剣に選ばれた人が出てくれないと困りますね」

「そう、ですね。やっぱり、そうだよね…」

「オレーシャさん。あなたの気持ちは分かっていますよ、家族から戦わなければならない人がでているのですからね。」

「…ありがとうございます。」

「………申し訳ありません。私が何を言おうとどうにもなりませんね。では、お気をつけて」

「さようなら、先生」



 家に帰ったわたしは夜ご飯を作った。自分で作れば夜ご飯抜きは回避出来るんだよ、わたしは頭いいね。

 お姉ちゃんはすごい微妙な顔してたけど。

そんな夜ご飯時。


「今日も選ばれた人は出なかったみたいだね」


 そうねぇ、とどこか遠くを見るような目をしながらお姉ちゃんは呟く。

 やっぱりお姉ちゃんは…


「サヤお姉ちゃんは…はやく勇者が出て欲しい?」

「どうかな…でも誰かがやらなきゃね」

「わたしは…!」


 いやだよ、という言葉を飲み込んだ。1番大変なのはサヤお姉ちゃんだから。でも顔に出てたのかな。

 私を助けてくれた時みたいな優しくて、すこし寂しいような笑顔で、


「お姉ちゃんはね、みんなが、あなたが、平和に暮らしていけるように頑張らなきゃね。それが出来るんだから。たとえ覚悟がなくても、力を持つ人には責任があるから。」


 実際はそうなんだろう、と思う。

誰でも勇者パーティーになれる訳でもない。魔物に家族を奪われて、復讐したい人なんて沢山いる。でも出来ない。それに引き換えお姉ちゃんは力がある。だからこその責任。わたしがお姉ちゃんと同じ立場だったらどうするだろう。わたしは…


 わたしは…どうするんだろう…もし、サヤお姉ちゃんが旅立つ時がきたら。


「責任…か…」


 布団の中で独り言ちる。

 力を持ちたくて持ったわけじゃない。自分の意思とは無縁のことに責任という言葉を持ち出すのはなんかこう…違うんじゃないかな…と思うけど、待たない人からしたら違うんだろうな。


「オレーシャ? もう寝た?」

「なに? サヤお姉ちゃん」

「昨日またあの夢を見たんでしょ? 一緒に寝る?」

「もう! そんなに子供じゃないよ!!」

「朝は抱きついてきたくせに」


 クスクスと笑うお姉ちゃん。むぐぐ…いいように遊ばれてる…


「おやすみ!!!」

「あ、言うの忘れてた。明日のお休みはお出かけしようか。マニーおばさんが新作ケーキ作ったみたいよ」


返事をする代わりに布団を頭からかぶりモゾモゾ動く。


「ふふっ…おやすみ、オレーシャ」


 あれ?朝は向こうから抱きしめて無かったっけ?

まあいいや、そういうことにしておいてあげよう。

 わたしの口元はいつしか綻んでいた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「勇者は選ばれそうか?」

「ええ、もうすぐです。魔王様」

「そうか…ようやく選ばれるか…」


にやり、と笑った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「これ、そんなに抜けないのかな」

わたしは今、勇者の剣の前にいる。剣と台座の隙間にサビだか砂だかが詰まってとれないんじゃないかな?

昨日のゴリラ男ですら選ばれなかったから相当ガチガチなんだろうな、ピクリともしないのかな?さすがにピクリとはするかな?と何の気なしに剣を抜こうとした。抜こうとしてしまった。


終わりの始まりだった。覚悟なんてなかった。責任すら分からなかった。この先どうなるかなんて知らなかった。本当に。何も。何も。


「え?」


私は逃げ出した。

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