第255話~自死を厭わぬ復讐~
『ソラの兄貴!』
豚人族の集落から無事に帰ってきた俺たちをヴォルフが開口一番と共に出迎える。期待するかのような目で見られるが、俺が直視出来ずに顔を背けたことでなにか良くないことを察したらしい。
『……ガノー、その腕は……一体、何があったっす?』
強かなヴォルフはすぐに答えにくそうな俺ではなく、片腕の無くなったガノーさんの方に問いかける。
『……まずは、族長に報告しなければいけない。順を追って説明させてもらう』
『……分かったっす』
行きしには無かった竜車をチラリと視界に捉えたヴォルフが不服そうに、だが悲しげに了承の言葉を呟いた。
人払いをしたのちに俺たちはヴォルフの母親を寝室に運び込み、族長と面会させる。すぐに処置が行われ、彼は怒りのままに俺たちに事情を問いかけてきた。
***
豚人族戦士長を乗っ取っていた寄生虫モンスターとの戦いを終えた俺が辿り着いたそこからは、目を伏せたくなるほどの惨状が広がっていたと言える。
牢屋のように檻の付いた部屋が雑に壊されている。中には人が直前まで居たと思われる形跡。恐らくガノーさんが壊して一緒に行動を共にしているだろう。
それらを何ヶ所か見かけてガチャンと音がした方へと近づいていく。
「ガノーさん」
『……ソラ殿』
いやこっちも酷いぞ。別れる前とはまるで別人だ。何を見て、何を聞いたらこうなるのだろうか? 彼の傍に一人の女性がいたが、俺にはあまり見せないように彼自身の身体で隠していた。
他に視線を向ける。檻に閉じ込められただろう様々な種族の人達。性別も子供も関係なく、ひたすら有力者たちを集めたんだろう。扱いもまぁ酷い。
細く、華奢ではなく痩せこけたという言葉が適切な青白い肌に虚ろな瞳。ボロボロに痛みまくって軋みまくりの毛を生やした人々。
そのうちの1人にガノーさんは寄り添っていた。その姿はあまり見えないが、予想通りならヴォルフの母親なのだろう。
「軽い怪我なら治せますよ」
「……ルプス様を治せないなら、無理だと思う」
ガノーさんが女性を見せてきた。服とも呼べない黒ずんだボロ布を着た彼女の全身は、肌が見える範囲だけでも擦り傷だらけで血や黒いススのような汚れがこびり付いており、耳は片方が一部欠けていた。
頬は痩せこけているのが見て分かり、首は絞められた跡があり青くなっていた。両腕と両足は抉るように潰されている。
「《回復》ッ!」
すぐに、頭で考えるよりも早くに口と身体が動いた。だが治らない。一向に傷が無くなることはおろか、何か変化と呼べるようなものも見えない。
『……惨いな。生きてはいる。起きてもいる。ただ意識は……自己を認識できているかは分からん』
あまりに酷い扱いを受けたせいで心を閉ざしてしまったのだろう。言語も感情も失った、ロボットのような表情を彼女はしていた。
周りの人々も酷い……虐待のような扱いを受けたことは想像にかたくない。だがヴォルフの母親と思われる彼女だけは拷問と呼称するのが正しいだろう。それほどまでに無慈悲な現実が目の前にあった。
『か、彼女は、我々に対する扱いについて、ずっと苦言を呈していた……だから、そのぶん豚人族からの暴力も彼女に比重が傾いて……』
一人の男性……茶色を中心として白やグレーなどの斑点模様があるモコモコの毛を生やした人が悔しげに呟く。彼を最初に、この場にいた全員に《回復》を掛ける。
『なぁ、ソラ殿。族長の妻が、ヴォルフ様の母親が……私の幼なじみがこんな目にあっていても、我々は手を出さずに終われと申すのか? 連れ去られ、酷い扱いを受けて、精神を病んで……私も認識できないほどに。それでも、復讐の炎は鎮火させねばならぬのか? 頼む、答えてくれ、ソラ殿……!』
それを見終えてから問いかけてきたガノーさんに俺は上手く答えられない。俺なら、俺の知り合いがこんな扱いを受けて冷静に居られるだろうか?
多分、俺みたいに諌める立場のやつがどんな正論を言おうとも止まらない。それ、でも……いや、だけど……!
「彼らは、豚人族は寄生虫モンスターによって操られていて──」
『それは全員なのかい? 私たちを殴って、飯もまともに出さない兵士達も全員!?』
先程のモコモコ獣人の人が代わりに声を荒らげる。操られているからなんなのか? 豚人族の全員が操られている訳では無い。それを知ったところで彼らが受けた痛みや苦しみが消えるわけじゃない。
「……俺は、できません」
『ならばソラ殿は何もしなくて良い。……邪魔だけはしてくれるな』
そこを境に正確な記憶は俺の中から消えている。ただ、俺が《回復》したお陰で多少なりとも気力の上がった元虜囚の人達は、俺が最初に情報を吐かせた幹部豚人族から得た情報で食料庫などを確保しお腹を満たした。
次に水源に毒……と言うか汚物を撒き散らして、食料庫には火を放つ。慌てふためく集落の中で錯綜したデマ情報の中から聞こえてくる避難場所となる重要拠点も割り出した。
だが、途中で寄生虫モンスターに復讐者たちが遭遇し、俺は彼らが殺されるのを止めるために寄生虫モンスター達を殺した。
ガノーさんもその時の怪我で片腕が吹き飛んだらしいことは後から知る。結局、豚人族の集落は壊滅とまではいかないが物凄い被害を受けて俺たちはその場を去った。
俺は何もできなかった。止めることも、続けることも……傍観者として豚人族に対する復讐を遂行する彼らの行いを見続けた。
非人道的だとか、現代日本人の俺たちの価値観をここで叫んだ所で何も変わらない。詰まるところ、俺は選択をせずに逃げたのだ。
今後、獣人族達の仲がどうなるのかは分からない。豚人族は滅ぶかもしれないし、黒狼族達が復讐にあって見知った誰かが死ぬかもしれない。
最後まで責任を持ちたいと言っておきながら、俺は時間を理由に彼らのこれからを、結末を見ずにゲートに向かうことを決意したのだった。
そう締めくくり俺はヴォルフの父親……黒狼族の族長に起こった事などの報告を終えた。
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