第254話~暗躍する何か~

『ア、アァァァァ!!!』


「いや怖いよ!?」



 口から垂れたヨダレもお構いない。豚人族戦士長? それか寄生虫モンスターと呼ぼうか? どっちでも良いけど……が迫ってくる。


 雑な大振り。少し身体をずらすだけでだけ交わせるな。そう思って避けた次の瞬間、俺の身体には傷が付いていた。



「痛そう……」



 血管を伝うように身体に根を張っていた寄生虫モンスター。そいつから伸びた針金のような触手が皮膚を突き破って俺に攻撃を与えていたようだ。



「《回復》」



 俺の傷は琴香さんと契約した事で得た力ですぐに治る程度。それより目の前のコイツだよ。さっきまで喋っていたのに今は変な奇声をあげるだけ。


 彼の意識はもうない。戻るのかは、分からない。ただ僅かでも可能性があるなら……極力、傷つけたくないんだ。



「ちっ!」



 彼とは拳と拳のぶつけ合いだったが、今は針金を斬るために牙狼月剣を抜いている。物理で殴ったらそのまま俺も侵入されそうだし正解だよな?


 それよりもどうやって倒す? 相手は身体に寄生しているように見える。拳は俺の身体に侵入される可能性があるから無し。


 牙狼月剣を振るえば倒せるが……腕や足を吹き飛ばしても襲ってきそうだ。痛みで彼自身の意識が戻る可能性は……?


 ハズクとの契約で使える風属性の精霊魔法も決定打にはなりにくい。はっきり言って戦闘でも補助に使う程度の練度だし。


 回復魔法は……回復魔法だし無理だな。《回復》は使えても《再生》は使えない。《回復》じゃ人体を切断して取り除くことは出来ても治すことが出来ない。


 ちなみに《再生》はいくらエフィーと契約上書きをしても使えないぞ。だってこの回復魔法は琴香さんとの契約で得た力なのだから。1度向こうに居た時に試してみた事があるし、それは確実だ。



「厄介だな……!」



 たとえ全身の骨を折ったとしても、四肢を削いだとしてもあの寄生モンスター? は身体を動かそうとするだろう。いや、しなくても彼がそれに憑かれていると言う事実は変わらない。


 ……待て、ずっと寄生されていて害は出ていないように見える。気にした様子もなかったし、実は合意の上だったと言う可能性は……気づいてなかっただけですよね!?



『オ、オォォォォォォォォ── ……オォ? ア、アン……ナン、だコレは?』


「お前、意識が……!」



 と思ったら急に言葉が通じるようになる。片目だけだが僅かに光が宿っていた。



『い、テェナ……オイ、オレのカらダ、どウナッテる?』


「うねってる変なハリガネの寄生虫に乗っ取られてたぞ。知ってるか?」


『知らネェ……乗っ取るカ。ハハ、通りデ、最近記憶に齟齬がアル訳ダゼ……知らナイ間に、他種族ト事を構エル事になっていたリ……シた訳だナ』


「……待て、今の言葉本当か!?」


『タマに変な行動をシテル奴らも、ソウ言う事ダッたノカよ……。もう、殺シテ、クれ。……頼ムよ』



 俺の問いには答えず、彼は虚ろな瞳でそんな言葉を呟いた。彼は時々意識が飛んでいる時が前からあった。それは恐らく、寄生虫モンスターに操られていたからだろう。


 そして他種族との内戦……それを起こすきっかけとなった他種族の人達の誘拐を命令したのは、彼らのように操られている人達だったってことか?


 寄生虫モンスターが豚人族の有力者達に寄生することで内戦をわざと引き起こしていた……ならやはり、今回の出来事の裏には黒幕がいる。


 それは豚人族を操っている寄生虫モンスター自身かもしれないし、寄生虫モンスターを植え付けたまた別の誰かかもしれない。


 有り得ないとは思うが、最近になって偶然野生の寄生虫モンスターが彼らの身体に住み着き、偶然他種族の人達を攫うように命令した可能性もあるが……そんな都合の良い話は無いだろう。



「……分かった」



 動きの止まった戦士長に牙狼月剣を向けて、本気で振り抜く。狙ったのは首と心臓の2箇所だ。どちらかを潰せば普通なら死ぬ。



『ア、リがと、ウ……』



 転がった生首から感謝のような言葉が掛けられる。一切動かなくなった豚人族戦士長の骸を直視はせずに見る。身体の方に異変はない。



「はぁ……せいぜい安らかにな」



 終わったか。どっちが決定打になったのかは分からない。それにしても殺してしまったのは不味いな。この奥に匿られているヴォルフの母親たちではなく、この地で普通に過ごしていた有力者だ。


 これは誤魔化しようがない。誰かがここに侵入したことは明らかで、しかも戦士長殺害と言う大義名分が出来てしまった。どこに戦争を仕掛けるのだろうか?


 ……いや、戦争を仕掛けるのは寄生虫モンスターに操られているからだろう。俺が殺した戦士長のようにいつの間にか引き返せないところまで来ていて、正気の時でも流れを止められないからじゃないだろうか?


 クソ、どっちが戦争を仕掛けるかどうか、殺人、寄生虫モンスター……ゴチャゴチャと複雑に糸が絡まりあって上手く思考ができない。上手くできた状態でも解けたかは知らんが。



「……ここで考えていても仕方ない」



 チラリと戦士長の肉体を見る。転がった首に警戒しながら近づく。怪しい動きなどは何も起こらなかった。モンスターでグロは慣れてるはずだけど、やっぱ人間だと認識した途端にキツいな。


 それでも14歳の時の、あの迷宮崩壊でボロボロになった街中を歩いた身としてはまだマシだなと言える程度だ。次に身体の方に近づいた。



「ん?」



 動かず伸びたままの触手を辿っていくと、脳と心臓の2箇所に寄生していることが判明した。どちらも牙狼月剣で断ち切っていたから動かなかったが、片方だけなら何分かは動かせたんじゃないだろうか?


 寄生虫の痕跡をチラリと見るだけでも、身体中をまるで血管のように犯されていた。切った首の根元を吐き気を催しながらも見ると、やはり管のように伸びている。


 本当に全身を寄生されていると言っても良いだろう。もし俺たちの知り合いの誰かがこうなったとして、命を落とさずに倒して助ける方法なんて、あるんだろうか……?



「……ここで考えていても仕方ない。行くか」



 煮詰まらない思考に時間を割くよりも、今は先行したガノーさんやエフィー、ハズクの元へ向かうべきだ。1人じゃ思いつかなくても、ガノーさんがこの世界の生き物だと知ってる可能性もあるし、エフィーが把握してる可能性もある。


 豚人族戦士長の亡骸を隅に寄せて簡単に整える。と言っても首と首の根元を近づけて瞳を閉じた形にした程度だけど。


 そして俺は奥へと進む。

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