第252話~こっそり襲撃作戦~

 いや、マジで時間が足りない。助けた豚人族や集落で出会った黒狼族の長の話を聞く限り、内戦は既に始まる寸前だ。という事は、つまりまだ始まってはいないということになる。


 これだけが救いだ。始まってしまっては終わりをつけなければいけない。だが戦争を止めるなんて俺には出来ないだろう。出来たとしても悲惨な結末しか待ってないだろうし、何より時間がかかる。



「という訳で、少人数でこっそり豚人族の集落を襲撃してヴォルフのお母さんだけ連れて帰ろう作戦の始まり始まり~!」


『……ソラの兄貴の能天気さが今は羨ましいっす』



 ちょっと色々衝撃的なことがあってナーバスなヴォルフがいじけたように呟く。うーむ、一香さんのように多少強引な感じでやってみたが、やはり俺には合わないかもしれない。



『まず、成功したとしても豚人族からは証拠がなくとも私たちがやった事として残るはずだ。そこをどうする?』



 ガノーさんからの鋭い指摘が入る。むしろ向こうに大義名分を与えるきっかけとなるからな。



『やはり徹底的に、我々のように衰退させるほどに攻撃を仕掛けるしかない』


「いや、それじゃあ大勢を不幸にする。だから俺たちは……何もしない。ただこの場にいないヴォルフの母親が、いつの間にか戻って再会するだけにしよう」



 助けた豚人族の女性は内戦が起こりそうだとは言っていたが、認識は何故か向こうから仕掛けてきたって感じだった。


 なら、俺たちが矛を収めるならわざわざ戦おうとはしないはずだ。だって戦いなんて本当はしたくないのが普通だろ?


 だからそのために、俺達が豚人族にバレることなく母親だけを連れ去れば良い。最初に言った作戦通り、そして文字通りにだ。


 豚人族がヴォルフの母親を攫った件は表には出ていない。だから取り返したとしても表的には何も言えない。そして黒狼族が矛を収めたら……何も起きてないのと一緒だ。


 ただちょっと黒狼族が戦争を起こしそうだったって不安は残るだろうが……悪いことをしているんだからそれぐらいは良いだろう。


 と言うか冷静に今も考えてるけど、ヴォルフの母親がどんな扱いを受けてるかで俺たちの行いも変わるからな? 普通に暴れたりする可能性も大いにあるからな?



『だから、それを向こうもしてきたらどうするべきだと──』


『させないっすよ、二度と……。ソラの兄貴にそこまで頼るつもりは無いっすけどね。今回だけは力を貸してもらって、母様を連れ戻してもらうだけっす』


『しかしヴォルフ様!』


『元はと言えば黒狼族と豚人族の問題! ソラの兄貴が付き合ってくれているのは義理があっての事っす! 完璧な対処なんて不可能なんすから、母様を連れ戻してもらって、今すぐの内戦を回避するだけで感謝するべきっすよ!』



 あー、はっきり言ってしまった。まぁ俺もこの問題に完璧な対処はできない。出来るとしたらずっと俺が共に過ごすことだけど……それは無理だ。


 ヴォルフの母親を取り戻したとしても、またいつ襲ってくるかは分からない。ハッピーエンドだとか格好つけたけど、真の決着は絶対に逆らえない状況を作り出すしかない。



『大丈夫っすよソラの兄貴! 力を借りるのは今回だけっす。そんなずっと拘束なんて、俺たちがさせませんから! な、ルプス!』


『え? うん』



 そんな感じで話し合いが終わる。豚人族の集落に攻め入る実働隊は俺、ガノーの2人だけとなった。実力的に1番強い奴らを少人数でこっそりぶつけるだけだな。


 正確にはガノーよりヴォルフの父親の方が強いと思うけど、さすがに動かないらしい。いや、いの一番に動こうとしたけど全員に抑えられてたか。



『貴様と共に戦う羽目になるとはな』


「戦闘はできるだけ避けるからな? あんたの役目はヴォルフの母親を見つけるためだし」



 俺では顔が分からないからな。その容姿を知るガノーと共に行動をしなきゃいけない。



『……それで、何時までその格好をしているつもりなんだ?』


「ずっとに決まってるだろ」



 ガノーが女装を指摘してくるが俺は平然とそう言い返す。ガノーは違和感があるのか、首を傾げてポリポリと頬をかいた後にため息をついた。そこまでなのか!?



『それとこの2人は役に立つのか?』


『当たり前なの。ソラの100倍役に立つの』


「じゃあ我は1000倍じゃ。我の勝ちぃ~!」


『……本当に、役立つのか?』



 ガノーさんからの訝しげな視線に俺は目を逸らす。今の会話内容からしてもまともに反論できないからな。


 2人と言ったが、正確にはエフィーとハズクも付いてきているので4人だ。と言っても常に俺と一緒に行動するから実質3人で1人みたいなもんだし。



『……時間だ。行くぞ』


「了解」



 寝静まった夜の砂漠の中、俺とガノーが豚人族の集落へと近づいていく。本当なら竜車で3日はかかる距離らしいが、俺がぶっ飛ばして半日も経たずに着いたんだよな。



『豚人族は鼻が利く』


「だからこうして泥まみれにって訳ね」



 黒狼族もそうだが獣の習性や特性を程よく引き継いでいるらしい。ただ豚と言えば水辺や泥辺を好むはずだがわざわざ砂漠にいる理由は……こちらも砂漠化で仕方なくかな。


 聖戦の影響で起きたパキステラ森林のパキステラ砂漠化。エフィー達精霊とで起きた最悪の戦。……いずれ、知るべき時が来るだろうな。出来ればその時は、エフィーの口から話された時であって欲しい。



『……』



 2人で来た俺たちだが情報が無い。という訳で一番とはいかないが、比較的大きな居住の中に侵入する。足音とかを殺すぐらい訳ないさ。



『がっ!?』


「黙れ。騒げば殺す。……そうだ、お前の身分を名乗れ」



 中の住民を人質に取る。刃を首筋に当てて脅し、まずは彼の位について知らなければ。そこから使える情報を得る。決して顔は見られず、黒狼族と悟られてはいけない。



『ぶ、豚人族の幹部だ……』


『ほう、嘘をついていたら殺していた所だったぞ』


『っ!?』



 ガノーさんのカマかけに相手が思わずビクついた。向こうとしてはなぜ自分のことを知られているのだろうか? なぜこんな扱いを……と考えている頃だろうか?


 ガノーさんがカマかけしたという事に気づく余裕はなさそうだ。そのままヴォルフの母親のことを濁しながら尋ねると、なんと複数の心当たりがあるそうだった。


 なんでも、黒狼族以外にも他の種族達の要人を攫ってきていると彼が漏らした。……何故だ? 獣王と呼ばれる一族の王を裏切り、他種族の有力者達を攫ってくる。


 これではまるで、豚人族と他の獣人族による内戦を勃発させたいみたいじゃないか。豚人族が内戦を起こしたいって可能性も無くはないが……どちらかと言えば、何者かによる介入の方がよっぽど確率としては高そうだ。



「よし行こう」


『殺しておけば良かったものを』


「人を殺せば向こうを止められるラインを超えるかもしれない。被害者たちの解放だけなら黒狼族が真っ先に狙われる可能性もそれよりは低くなるでしょ」



 引くに引けない状況が1番厄介だからな。まぁ、人を攫ってきてるようなヤツらが今更殺人ごときで何か対応が変わるとは思えないけど。



『ここだな』



 そう言ったガノーさんがこっそり扉を開けて、俺たちは地下へと降りていく。情報ではここに攫った人達が囚われているらしいが……。



『ん、いっぱい居るの』



 空気の流れや熱を読んで人の存在を感じ取ったハズクが教えてくれる。いっぱいか。解放はともかく、連れて帰るの大変そう。介抱する人も連れてきておけば良かった……。



「っ……ガノーさん、俺がやります」


『……っ!? あぁ、任せた』



 俺より遅れてその存在に気づいたらしいガノーさんが1歩下がる。



「ゾロゾロと出てきたところで悪いな。瞬殺だよ」



 俺たちの存在に気づいたらしい警備兵との戦いが幕を開ける。

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