第227話~新たな同行者~
奴隷商人に奪われていた荷物を奪い返し、ヴォルフが次々と奴隷商人とその手下達に傷を与えていく。価値が高いと言っていたからだろうか、牢に閉じ込められていたにしては衰弱しているように見えなかった。
『ガァァァァァァ??!!!?』
『イデェェェェェ!??!』
『兄様……』
『安心しろルプス。お前を虐めた奴らは全員死ぬ運命だ』
『うん……』
数分で全員の視覚、聴覚、そして声帯を奪って砂漠に放置するヴォルフの姿を俺は見ていた。それが俺の降した選択だからな。
「……主、何も問題はないかの?」
「うん。……俺はこの光景を耐えることが、王からの試練だと考えているからね」
エフィーが心配そうに問いかけてくるが、俺は頭を撫でながら笑って答える。理不尽な問題を突きつけてくる王と呼ばれる存在を、俺は言い訳にした。
「……そうじゃの。主よ、キツい事があれば我に泣きつくが良いぞ。我にできるのはそれぐらいなのじゃ」
「じゃあ俺の膝の上に乗ってギュッてさせて」
いつかのエルフの里で起こった時のようにエフィーは俺の膝にまたがる。あまり強く望んだ訳ではなく、口から思わず出た言葉だったがエフィーは実行してくれた。
黒狼族の少年が盲目の妹の手を取りながら気絶している豚人族の目と耳と喉を潰す光景を、幼女を膝に乗せて鞄にひな鳥を入れた男が眺めるというなんともシュールな風景が広がっている。
「……ふぅ」
「空、人の命は尊いものじゃ。じゃからこそ、こうして命が儚く散るこの光景を忘れてはならぬぞ」
「うん……」
3年前……いや、恐らく数日前までなら耐えられなかったと思う。まともな精神が崩れたおかげでまともじゃない状況にも対応できるなんて笑わせるな。
「問題ないよエフィー。彼らはいずれ敵になる……俺がこの手で殺す未来も、遠くなかったんだから」
今はまだ人を殺めたことまではない手だが、もし誰かを殺した場合、俺はこの手でエフィーや知り合いに触れられるだろうか?
D級迷宮で2人殺しているが、あれは人とカウントしたくない。あれ、だったらこの豚人族達も含めなければ良いんじゃないか。
……そう都合よく納得できないのが人情って奴だな。俺は、そう言ったことを考えないといけないラインにまで到達してたんだ。
視界に映る血まみれの黒狼族の少年と、鼻をつんと刺すような吐き気を催す血の匂いを我慢しつつ、俯瞰してみた。
『アァァァァァァァァ!??! おい誰か! 誰か起きろよぉぉぉぉ!!??』
あ、1人だけ気絶から目覚めた豚人族がいる。万が一にも起きないようにしていたつもりで激しめにしたはずだけど……少し浅かったか。
「っ!」
エフィーを優しく下ろすと同時に目覚めた男の元にまで行き、再び拳を放って気絶させる。
『た、助かる……』
「そう言えば名前を言ってなかったな。空だ。そう呼んでくれ」
『あ、ありがとうソラの兄貴』
「兄貴って……まぁ良いや」
変に慕ってくれる様子を見せたヴォルフに驚きつつ、俺は当たりを見渡す。残っているのは奴隷商人だけか。ちょうど良いタイミングだな。
『アグゥゥゥゥッッッ!?!! だ、だすげでぐれ、助け、て……くれ』
『ふざけるなっ! お前がルプスを1番いたぶっていたくせっ!』
『ガァァァァァ!??!』
驚いたな。奴隷商人は目と耳が潰された痛みに耐えながらも助けを求めた。他の奴らは叫んでいる間に喉も潰されていたはずだが、この男だけは根性が違うらしい。
だが、ヴォルフがその願いを聞き届けるはずはない。当然俺もな。怒りのヴォルフが短剣に手にかけ、喉を派手に斬り裂いた。
「……他の奴らよりも早く出血多量で死んじゃうな」
『……そうっすね』
「今どんな気持ち?」
『スカッとは、しました……。でも、思ってたほどじゃないっす。ルプスの目はもう元には戻らない。今は高揚感が勝ってるっすが、いずれ虚しさの方が強くなる……そんな予感がするっす』
ヴォルフは自分を客観的に見られている。俺が同じ歳の時にできたかと言われれば、答えは確実にノーだ。
「そうか。子供が人を殺すことに慣れるなんてことは困るから良かったよ。あと、そろそろこの場を離れた方が良い。モンスターがすぐ側まで来ている」
エフィーから事前に教えられていた情報を告げると、ヴォルフはルプスちゃんの腕を優しく引っ張り俺の方へと近づいてきた。
「……自己紹介はあとにしよう。あの荷車を使って逃げようと思うんだけど」
『……サンドリザードは小さい頃から育てないと言うことを聞きませんっすよ?』
その情報は初耳だ。だが俺が威圧感を放てば、唯一残っていた奴隷商人のサンドリザードは服従を誓うように腹を見せた。お前は犬か……。
『いや、おかしいっすよ。サンドリザードを恐怖だけで従わせるなんてどんだけっすか』
「言うこと聞くなら良いじゃん」
という訳で変に懐いたサンドリザードが引く荷車に乗り込む。水や食料は大量にあった。これまでの反動から贅沢に使いたい衝動に駆られるが、まだ情報が足りない。
『……ちゃんと竜車に乗ったのは初めてっす』
「そう。俺も運転するのは初めてだけど、あの子が俺の意思を汲み取ってくれるから助かってるよ」
ヴォルフは先程よりも少しだけ光を取り戻した瞳で砂漠を眺めていた。景色は何も変わらないはずだが……やはり違うのだろう。
ちなみに竜……サンドリザードが引く荷車のことを竜車と呼ぶらしい。進む道はよく分かってないが、今は先程まで奴隷商人が進んでいた向きと同じ方向だ。
ウルガルスの街やこの辺りの地理について聞きたいが、案外このサンドリザードが勝手に連れていってくれるかもしれない。
この手網を握る拳も形だけで良さそうだし、ヴォルフとルプス2人との親交を深めることを優先させようかな。
『……あの、そっちの子はソラの兄貴の知り合いっすよね?』
そう思っているとヴォルフの方から話を切り出してきた。彼は俺の腕に縋り付くエフィーの方に視線を向けている。若干頬が赤い気がするが……まぁ、エフィーも見た目は美少女だし仕方がないか。
「我の名前はエフィタルシュタインじゃ」
「エフィーって呼んであげて」
「我を愛称で気安く呼んで良いのは主とその知り合いだけじゃ!」
『エフィタルシュタイン……あれ、どこかで聞いたことが──』
「お主は特別にエフィーと呼ぶことを許そうぞ」
派手に自己紹介をしたエフィーだったが、ヴォルフが少しその名前に反応したのを見て慌てて愛称で呼ぶことを許可した。精霊王であることかバレたのかもと焦ったんだろう。
『ソラの兄貴、エフィー、さん。改めまして、俺と妹を助けて下さりありがとうございましたっす。自分は黒狼族、族長の息子ヴォルフと言います。そしてこっちが妹の……』
『ぁ、えと……る、ルプス、です。よろしくお願い、します』
正座座りで姿勢を整えたヴォルフが挨拶をし、その後ろに隠れたルプスがそれに小さな声で続いた。
「ならこっちも。俺はソラ。今はウルガルスの街を目指してる。戦闘力はさっき見た通り大抵の人には負けないと思うよ。そんでこっちの子がエフィー。俺の大事な……そうだね、娘というか妹というか、そんな存在。仲良くしてあげて。最後にコイツが……」
『ふわぁぁ~……ん、もう夜なの? ううん違うの、明るいの……でソラ、この2人は誰なの?』
「コイツの名前はハズク。まぁ俺のペットみたいなもんだ」
『ハズクなの。だらしないご主人様を仕方なく支える重要な存在なの。せいぜい敬えなの』
俺と先ほどしたエフィー、それにずっと鞄の中で眠り続けたハズクの自己紹介も済ませる。ハズクにも黒狼族2人の名前を教えた。
「ヴォルフ、ウルガルスの街はこっちで合ってるか?」
『太陽の向きからして……恐らく合ってるっす』
ヴォルフは砂埃でハッキリとは見えない陽光を頼りに教えてくれる。
「そうじゃヴォルフよ、黒狼族は確かパキステラの森や平原に住んでいたはずじゃが、お主らは何故このような砂漠におるのじゃ?」
エフィーが尋ねる。どうやらパキステラって言う森が黒狼族の生息域らしい。ヴォルフ達は奴隷として連れられていたし、その森から無理やり連れてこられたんだろうか?
もしそうなら……帰してやりたいな。俺たちの現状もどうにかしないといけないから後回しにはなるけど、帰還する目処が立ったら残った金銭を渡すとか、今はそんな曖昧な考えしかできないけど。
『え? ……エフィーさん何を言ってるんすか? この砂漠がパキステラじゃ無いっすか』
「なんじゃと? パキステラは広大な自然に囲まれた肥沃の大地のはずじゃ。このような砂漠が存在したなど──」
『森があった。それは500年ほど前までの話っすよ? 大きな争いがあって森は枯れ、こうしてパキステラ砂漠ができたんすよ』
「……そうかの」
エフィーがあからさまに落ち込んだ様子を見せる。どうやらエフィーが何百年と瓶に閉じ込められている間に時が経ちすぎてその綺麗だった森も砂漠化にあったらしい。
顔を落として暗い雰囲気を出したエフィーの手には拳が握られていた。そんな雰囲気の中、俺たちは竜車を運転して砂漠を進んでいく。
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