第211話~膝枕~

「訓練で疲れたのか? よしよし、この私が直々に膝枕をしてやろうじゃないか!」



 一香さんのそんな声が聞こえた。白い空間に俺がいて、笑いかけた一香さんが自らのふとももをトントンと叩く。言われるがままに俺は横になり、一香さんに膝枕をされた。


 はは、鍛え抜かれたはずの肉体なのに柔らかい。上を見上げると平均よりちょっと慎ましい胸と、優しげな笑みを浮かべた一香さんの顔が見える。



「……なぁ空、私はお前が前に踏み出してくれて嬉しかったぜ。誰かと関わり、人を好きになる。んであれだ……その、愛を確かめ合う儀式もトラウマになってなくて良かったよ」



 一香さんがホッとした表情になる。確かに、一香さんとシてすぐに亡くなってしまったから、その行為が変にトラウマになっていた可能性もあるのか。



「その人を大切にする心だけは忘れないでくれよ? ……そんで人を……人類を、モンスター達の手から守ってくれ、空」



 その言葉を最後に俺の意識は現実世界へと連れ戻される。



***



 あれ……? 頭に違和感がある。普通の枕じゃない……これ、膝枕だ。そう思い目を開けると、そこにいたのは銀髪の美幼女だった。



「おはようなのじゃ主。勝手に入らせてもらったぞ」



 何故かエフィーが俺に膝枕をしながらそう告げてくる。ねぇ、俺の部屋のプライバシーは一体どうなってるのかな?



「それよりも足が痺れてきてそろそろ限界なのじゃ。どいてたも~」


「まるで俺がさせてもらったような言い方だな、おい」



 そう言いながらベットから体を起こす。隣を見ると、琴香さんが寝ていた。……あぁ、そうか。昨日告白して、そして……うん、エフィーに見られたらまずいよな? でももう見られてるだろうし……どうしよっ?



「なんでエフィーここにいるの?」



 こういう時は話題ズラしをしよう! 誤魔化すぞっ!



「翔馬とばっかりで主と全然会えてなかったじゃろう? ……寂しかった、が理由じゃダメなのかの?」


「全然ダメじゃない、むしろこっちが謝らないと」



 という訳でエフィーの頭を撫でる。嬉しそうに自分の方から擦り付けて来た。琴香さんに負けず劣らず可愛いなこいつも!


 あ、昨日はちゃんとシャワーも浴びたし、シーツも取り替えたから汚れてないからな! 正確には今日に当たるけど。琴香さんはまだ寝ているようなので、先に顔を洗ったり歯を磨いたり、パジャマから着替えておく。


 ちなみにエフィーに琴香さんの事をどう伝えようか迷っていると、『何をしたかなどとうに理解しておるわ。別に取り繕う必要は無いのじゃ』と余りに堂々とした態度で言われたのでもうどうでも良くなった。



「う、ん……?」


「琴香さん、おはようございます……よく眠れましたか?」



 お目覚めの挨拶をすると、琴香さんは上半身を起こして目を擦る。その後にふわぁ~、と可愛い欠伸をしてからしばらく沈黙した。



「空君……抱っこ」


「はーい」



 まだ寝ぼけている琴香さんが両手を伸ばして要求してくる。俺はお姫様抱っこをした。S級探索者なので当然重くなど感じない。もし仮に俺が探索者じゃなかったとしても感じない……はず。



「主、後で我もして欲しいのじゃ」


「肩車してやるよ」


「やったのじゃっ!」


「のじゃ~? ……~~っ!?!?!?」



 ようやく意識が覚醒したらしい琴香さんが現状を把握していく。俺にお姫様抱っこをされており、エフィーがそれを羨ましそうにキラキラとした視線を送っていた。最後に俺の顔を見て、そうなった経緯はともかく現状を理解したらしい。



「…………」


「とりあえず身だしなみを整えましょうか。運びますよ」



 ピョンと跳ねた寝癖に気づいた琴香さんが言葉を発することなく運ばれていく。急いで顔を洗い歯を磨き終わった後、俺の方をチラチラと恥ずかしげに見てきた。



「い、一応聞きますけど……夢じゃないですよね?」


「うあぁっ、空君好き♡、だいしゅきっ♡。えへへ、もっと、お願いします~」


「んぎゃぁぁぁっっっ!? きき、昨日はちょっとテンションがおかしかったので忘れてくださぃぃぃぃっっっ!」


「一生忘れませんよ」


「もぉぉぉぉっっ!!!」


「せめて我がいない所でやってくれんかの? さすがに心が痛むのじゃが」


「そ、そうです! なんでここにエフィーちゃんが!?」



 琴香さんは恥ずかしさを誤魔化すようにエフィーに話題を振る。俺と同じ行動してるよ……。



「エフィーも寂しかったんだもんなぁ」


「主の妄想じゃ。騙されるでないぞ琴香」



 肩車をしながらからかうように問いかけると、エフィーは真顔で否定した。こいつ、なんて堂々とした態度で嘘を吐きやがる!? もちろん琴香さんは騙されなかった。



***



 今日は最終調整に時間を費やすことにした。昨日試し斬りした武器を使い込んでいく。だが琴香さんは見学中だ。理由はまぁ……俺が軟膏を買いに行ったからと言えば分かるだろうか?


 ちなみにゴムは付けてなかった。元々手持ちに無かったし買いに行けるような雰囲気じゃなかったもん。ちなみにアフターピルを処方して貰うように提案したら断られた。



「空君でも言って良いことと悪いことがあります」



 何やら彼女の琴線に触れたらしい。という訳で武器の試し斬りを終えた俺は烈火さん、帯刀たてわきさん、吉田よしださん、平塚ひらづかさんとの組手を行っていた。


 S級ともなれば個人技で解決するためほとんど連携を取る機会も無くなるが、全く確認しない訳では無いしな。ちなみに他の迷宮攻略メンバーはいない。


 結局話し合いの末、S級5人と琴香さんの計6人で行くことが決定した。その際に昨日受けたエルフ達の検査の測定結果の速報では、今の所問題がないことも確認されている。


 結構順調に進んでいるな。EX級のマテオさんと娘のナタリーちゃんは今日帰国して言った。見送りはここまでしか出来なかったけど、アメリカに行った際にはまた会う約束を取り付けられている。



「さぁて、それじゃあ役割分担を決めようか」


輝久てるひささんが前衛。烈火君が後衛でわたくしも護衛に着いて~、中衛に空君と初芝さん。すぐる君は刑務所。これで完璧ね~」


「待て待ておかしいぞ芽衣!?」



 吉田さんの言葉に意義を唱えるのは1人だけ逮捕されることになった帯刀さんだ。普通なら俺も止める側に入る。だが悲しいかな、今回は吉田さんの意見を採用したい気分。



「ちっ、なんです?」


「今舌打ちしただろ!? それより刑務所じゃなくて、せめて孤児院のボランティアにしてくれ!」


「じゃあ俺は留守番で氷花と一緒にいたいなぁ」



 違う、そうじゃない! と帯刀さんの反論に心の中で盛大に突っ込んだ。あと烈火さんは事態を悪化させないで!?



「吉田さんの意見に、帯刀さんを前衛で加える。これで妥協しませんか?」


「しょうがないですね、一香の息子の言葉なら我慢しますわ~」



 話が逸れそうだったので4人の会話に混じって意見を上げるとあっさり通った。元からそうするつもりだったようだ。



「琴香さんもそれで構いませんよね?」


「あ、は、はい!」



 緊張して一言も喋れない様子の琴香さんが元気よく声を上げる。まぁ、一香さんで色々と耐性が付いていた俺と違って、琴香さんは現実よりも憧れの方がまだ少しだけ勝っているようだった。早く慣れてくれることを祈ろう。



「それよりも体調は本当に大丈夫なのかい? 本当に無理なら明日は休んで構わないんだよ?」


「問題ありません!!!」



 昨日シた痛みであまり動けない琴香さんは、今日は女の子の日と偽って休んでいる。琴香さんは平塚さんからの問いかけには大丈夫と答えていたが、もしその嘘が本当なら2日で収まるようなものではない。


 よって同じ女性の吉田さんには琴香さんの言葉は嘘であると確実に気づかれただろうな。と言ってもシた事実に辿り着くかは知らないが……辿り着かれてそうで怖い。


 と言うか男性は月経の影響が1ヶ月に1度、1日2日程度しか訪れないと思っている人がいるが、俺はそれが間違いだと一香さんから直接告げられているので知っている。


 そういった勘違いは恐らく学校での保険教育に問題があると思うな。そのせいで昔、変に一香さんに力説されたのを今でも覚えている。皆も軽はずみに口にしちゃダメだよ! これ俺の実体験だから!


 話が逸れた。隊列や役割分担は一応できた。そして鍛錬なども終わりを告げ、S級迷宮攻略の前夜がやってきた。

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