第208話~牙狼月剣~
次の日、部屋の扉をノックする音が聞こえて扉を開けると、そこにはナタリーちゃんが重々しいスーツケースを抱えていた。
『おはようございますお兄さん』
『……おはよ~』
まだ朝が明けたばかりで時計は6時頃。思った以上に早い到着だ。眠気を抑えながら挨拶をすませる。
その後ろには廊下に腰を下ろした秘書っぽい人達が崩れ落ちていた。急いだんだろうなぁ……本当、無理言ってごめんなさい、と心の中で謝罪をする。
『こちらがお父さんが用意した武器です。トレーニング場を貸し切ってますので早速使いましょう!』
『うん。ありがとうね』
ナタリーちゃんからスーツケースを受け取る。重々しいがナタリーちゃんでも持てている事からわかる通り、思ったよりも軽い……。
「ん、来た……」
「氷花さんおはよう。どうしたの……?」
「別に……アメリカからわざわざ届けさせた武器が、気になったの。それだけ……」
「そう? 当然だけど俺もなんだ。一緒にくるでしょ?」
「……うん」
途中で氷花さんを拾いつつ、トレーニング場に入る。ちなみにハズクは置いてきた。この先の戦いにはついて来れそうにないからな。
……というのは冗談で、ララノアちゃんとナタリーちゃんの幼女2人に愛でられ続けて疲れたらしいから部屋に残した。帯刀さんだったら素晴らしい体験なんだろうが、ハズクは雌だから仕方ない……。
『お兄さん、こちらの方は?』
『同じ組合の仲間で……氷花って名前で、同じ師匠から、技を教わったんだ。武器が気になるらしいから、ついてくるって』
拙い英語で質問してくるナタリーちゃんに回答する。多分言い間違えは無い……はず!
「空、英語、できたんだ……」
「うん。勉強は本当に一通りはしたよ」
「私は、国語とか、英語……文系科目が無理。社会の暗記は出来た……けど」
「分かる。特に国語は難しいよね。小論文とか長くて読むの疲れるし、できる友達に聞いても普段から小説を読んでるからかな? としか言われないし」
「ん。あれは……才能とか、そういうレベル。いくらやっても、成長が分からない。だからやっぱり、計算をする理系が、私は好き」
氷花さんは最後の言葉を呟いた時に僅かに微笑んだ。高校生活を思い返して懐かしさを感じたからだろうか? ともあれ、氷花さんの意外な一面が知れたことは素直に嬉しい。と考えている間にトレーニング場に到着していた。
『お兄さん、英語を話してくれないと私わかりません』
『あはは、ごめんねぇ。ちょっと勉強について話してたんだ』
頬を膨らませて不満を告げてくるナタリーちゃんに軽く説明し、スーツケースを置いてゆっくりと開ける。
「っ……すご。オーラ? が半端ない……」
氷花さんが一目見ただけでそう評する。俺が前に使っていた短剣は魔力を必要としない日本製では最高品質の武器だった。
だが目の前の武器は全身に強大な魔力が纏っている。黒曜石のような黒い剣身部分に、何かの皮を使って巻かれたグリップ。ゆっくりと取り出し軽く握る。
次の瞬間、目の前が真っ暗になる。そして少し青みがかった白銀の毛を身に纏った巨大な狼の化け物……いや、モンスターが目の前に姿を現す。……そんな幻覚が見えた。
だが、その幻覚には明らかに見覚えがある。俺はエフィーと出会う前、狼型のモンスターに襲われ死ぬ寸前まで追い詰められた事がある。今見た幻覚はそいつとそっくりだった。
『その武器には主に狼のモンスター……通称フェンリルの素材が使われています。昔、お父さんが倒した中でも強かったうちの一体と言っていたモンスターです』
ナタリーちゃんの説明を聞いて腑に落ちた。はは、俺があの時に殺されかけたのはフェンリルにだったのか。……フェンリルはA級迷宮の迷宮主として登場する。
だがさすがにEX級のマテオさんを追い詰めるのは普通のフェンリルには無理だ。恐らくS級迷宮の迷宮主だったフェンリルだろう。
狼の王と称されるフェンリルの中でも別格だった存在を武器にしたって訳か。これを俺が使うのか……変な因果関係だな。だが、ありがたく使わせてもらおう!
『剣身部分はそのフェンリルの頭上に生えた角を。柄の部分はフェンリルの皮を使用してます。お値段は日本円で100億です』
やっぱり送ってもらった手前で悪いけど返品しよう。日本の予算は50億だって言ったよね!? マテオさんなんでこんないじわるするのっ?
『ですがお父さんが脅し──いいえ、ちょっと交渉したお陰で30億円まで引き下げられました。原価ギリギリらしいです』
『さすが、EX級だね……』
そう言った訳で、俺はEX級のコネを使って日本政府から探索者組合に与えられた50億のうち30億を使って武器を手に入れた。
ちなみに本部長の平塚さんが『さすがにS級が使う武器の為とはいえ、個人所有するために俺が払おう』と言い、お金を立て替えた。
よく分からないが、結局俺は平塚さんに30億を無利子で借金したことになったと告げられた。……冗談だ、S級迷宮を攻略したらプレゼントすると言われた。
つまり無料だ。俺は本来100億円する武器を実質無料で手に入れることに成功した。やっぱりコネって大事だね……そう思い知らされた思い出として、俺の心の中にこの出来事は一生植え付けられるだろう。
『銘は
「……牙狼月剣か」
「空! 早く、使ってみる、べき……!」
まるで自分の物のようにテンションを上げている氷花さんに苦笑しつつも、俺は短剣を構えた。全力は出さず、軽く縦に一閃する。続いて横にも……すごく手に馴染むな。初めて持った武器とは思えない……。
「氷花さん、氷出してくれない?」
「っ! 《氷柱》……!」
試し斬りしたい事を察した氷花さんが調子に乗って馬鹿でかい氷柱を作り出す。縦横共に俺の身長よりも大きい。当然、俺の構えてる牙狼月剣で斬れる大きさには見えない。
「……ふっ!」
呼吸を整え、今度は全力で……! 牙狼月剣の空気を斬り裂く音が少し遅れて耳に入る。氷花さんの魔法で出した氷柱にぶつかり、瞬きの間に水平に斬り裂かれた。
遅れてぶつかった部分を中心にヒビが入る。切れ味が良すぎて、当たったことを氷が認識する事を一瞬忘れたような感じだ。
「……やばっ」
『ふふ、私の目に狂いは無かったようですね』
手に持った己の武器を改めて眺める。あんなに軽いと感じていたのに、今では凄い重たく感じられる。大事に使わねば……!
「所でー……氷花さん、なぁんで肩パンをしてるの?」
「あんなに、簡単に……やられて、腹立つ……!」
先程から無言で肩パンをしてくるとそんな答えが返ってきた。自分から喜んで出しておいてそれは酷いよ。痛くないから別に良いけど……。
『お兄さん大丈夫なんです?』
『問題ないよ。自信作をあっさり切られたから怒っちゃっただけ』
『ふふ、子供みたいですね』
と、子供に言われてるぞ氷花さん。……あぁ、氷花さんはキョトンとしている。「チルド……子供……?」とは呟いてるけど、自分が子供扱いされてることには気づいてないようだ。
「《氷塊》! ……はい、次の分」
「……あはは、了解」
諦めが悪いのかいじっぱりなのか、氷花さんが新しく氷塊を作り出した。確かこれは、諸星探索者組合の試験で最上のおっさんと共闘した時に出された最大級の魔法だったはず……。
俺は再び牙狼月剣を構えて振りかぶる。氷柱と同じ結果になった。氷花さんは無言で肩パンの威力を強くしてきた。サリオンさんとの模擬戦の時は拳で砕かれてたんだし、この結果もしょうがないじゃん……。
「……最初は、私より、弱かったのに……ムカつく」
その言葉の罪悪感から、俺はプクッと頬を膨らませた氷花さんの頭を撫でる。多少は落ち着いたようだ。
……そうだよな、この力は反則だ。……でも、この程度じゃいずれ俺たちは負けて死ぬ。そのためにも、もっと強くならねば……!
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全然関係ないけど看護学科、初っ端から忙しすぎでは?
と言う訳でたまに3日更新は落ちる事あります。ご了承下さい。
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