第182話~闇の大精霊シェイド~

 薬の完成を知らせてくれたサリオンさんにお礼を告げ、俺とエフィーはララノアちゃんのいる場所へと向かう。


 既に俺たち以外の人は集まっているようだ。クリスタルのような綺麗な花弁などから作られた薬は何故か濃い緑色に変色していた。


 他にも何か混ぜたのだろうか。俺たちの世界でもあんな風にするのかな? いや、話しか聞いたことは無いが、薬には特に珍しく必要な材料があるとは聞いてない。エルフ達伝統の何かを混ぜているのかもな。


 それかなにかの工程を挟めば自然とそうなる可能性も……俺も日本に持って帰りお金を払えば同じ効能の薬も手に入るだろうし、そんな事はどうでも良いか。

 


『お姉ちゃん、もしララノアが治ったら、また一緒に暮らせる……?』


『当たり前でしょ。……ねぇ、父上?』


『う、うむ。里の者は必ず説得しよう』



 ララノアが緊張した様子で尋ねると、ヘレスはニッコリと笑顔で答え、一方でクルゴンさんには氷点下のように冷たい目を向けて脅し──いや、お願いした。



『当然、ワシも話をつけよう』



 それにサリオンさんも参戦してきた。クルゴンさんの表情が少しだけ明るくなる。仲間(同類)が出来たら嬉しいもんねっ。俺もちょっと前にアムラスと仲間になってたからさ。



『それじゃあララノア、飲んでみて』


『う、うん…………クピクピ』



 ヘレスに近くから見守られながらララノアちゃんは意を決して薬を飲み始める。アムラスが平然とした表情の裏で、爪がくい込みそうなほど強く拳を握りしめる。


 琴香さんが神経を張りつめ出した。もしも異常があればすぐに琴香さんが《回復》することになっているからな。



『……なん、かね。ポカポカしてきた……』


『そうなの? お水でも飲む?』



 薬を飲んでからベッドに横になっていたララノアちゃんが小さく呟いた。それを聞いていたヘレスが尋ねると同時にアムラスが部屋を出て飲水を汲んできた。



『っ……!?』


『ララノアっ!』


「琴香さん!」


「っ!? 《回復》!」



 その数秒後にララノアちゃんが軽く呻き声を上げて意識を失った。ヘレスが慌てた様子で声を上げるが、琴香さんが素早く《回復》の魔法を掛ける。しかし、ララノアちゃんの意識は戻らない。



「むっ? 全員、安心せい。その娘に何かがあるという訳では無いようじゃ」



 クルゴンさんやサリオンさんも取り乱していたが、仮にも精霊王であるエフィーがそう発言したことで落ち着きを取り戻す。


 次の瞬間、ララノアちゃんの体の中から黒紫色の光が飛び出してくる。その光はギュルギュルと回転したかと思えば膨張し、人型の形を取っていく。


 そこに現れたのは漆黒色のモフモフとした素材をブカブカに着た少女だった。小学生レベルしかないエフィーよりもさらに小さいな。


 ララノアちゃんの持つ髪や肌の色をより濃くし、誰も近づくなと言いたげなテンションから放たれる、鋭く圧倒的な圧が体へのしかかってきた。



『やっと、話すことができるようになりました。お久しぶりです、精霊王エフィタルシュタイン様』



 空中に浮かんでいた彼女が床に片膝をつき、エフィーへと忠誠を捧げるポーズを取った。



『へ? 精霊、王……? エフィー様が!?』



 すると彼女の発言を聞いたアムラスが素っ頓狂な声を上げる。……あぁ、そう言えばこの中でアムラスだけエフィーが精霊王であること知らなかったっけ?



「久しぶりじゃな、闇の大精霊シェイドよ。あとエフィーで良いぞ。いやそう呼ぶのじゃ」


『畏まりましたエフィー様。しかし非常に残念ですが、私もそう長くはこうして顕現することは出来ませんので、端的に話させてもらいます』



 やっぱり、目の前にいるこの子が闇の大精霊だったのか。そう考えていると、チラリと俺に視線を向けてくる。



『エフィー様の契約者、ソラよ。あの時、私の分霊について行く判断を下したこと、感謝します。お陰で私の依代よりしろが、再び命を失う事態を防ぐことが出来ました』


「いえ、こちらこそララノアちゃんの存在について知らせてくれてありがとうございました。それより、今のララノアちゃんは大丈夫なんですか?」



 闇の大精霊シェイドが頭を垂れる。少女に頭を下げられた居心地の悪さを感じながら、俺は眠っているララノアちゃんの容態について尋ねた。


 依代よりしろってのはララノアちゃんの事で、命が助かったことは分かった。なら次は今の状況を知らなければ……。



『依代、個体名ララノアの命については無事と断言できます。ですが、このように私が直接姿を顕現させることはまだ負担が大きいため、長時間の維持はできません』



 なるほど、ララノアちゃんが白霊草モーリュの薬を飲んだことで闇の大精霊シェイドがこうして顕現することが出来たって事か。どちらか一方しか喋ることが出来ないのはちょっと不便そう。



「ほぉ、ならば積もる話もあるじゃろうが、これだけは先に伝えておくのじゃ。……シェイドよ、500年前の聖戦、大儀であった」


『……いえ、私はご覧の通り傷つき、こうして眷属を依代として、ただ時間を消化することしか出来ぬ愚か者。死んでいった他の大精霊に合わせる顔がありません』


『共に死んだ方がマシだなんて思っておる訳では無いであろうな? お主が生きておったお陰で希望の光はいっそう輝いたじゃろう。そしてあ奴らのためにも、その力を再び我に貸してはくれんかの?』


『反対する理由がございません。もちろんでございます。……しかしながら、もう時間です』



 シェイドが不服そうに眉をひそめて呟いた瞬間、その体が僅かに光り、徐々に薄くなって粒子化していく。



『精霊王の契約者、ソラ。このように私が現れるのにはしばらく時間が必要です。その間、ララノアの命は任せましたよ』


「うん、任されました」



 そう返すとシェイドの口角がすこしだけあがり、微かに笑みを見せた。その瞬間、シェイドの体は跡形もなく消え去ってしまった。



『……んっ、う? お姉、ちゃん……?』


『ララノア! 良かったわ、また目を開けてくれて』



 それと入れ変わるようにララノアちゃんが目を覚ましヘレスの名を呼ぶ。ヘレスはララノアの手を握りしめて涙を流していた。


 俺、エフィー、琴香さんはそっとその場を後にする。今はエルフ達だけにしておこうという配慮だ。


 ララノアちゃんは助かった。なら次はエフィーとシェイドの会話から漏れ出た聖戦と言う言葉。エフィーは自分の過去を話したがらないが、その一端が見えた気がする。


 ……気にはなるが、この前にもエフィーから話すまで待つと言ったばかりだ。大人しく話してくれるのを待つとするか。


 そして俺たちはそのまま探索者のみんなが待つ離れの家へと帰って行った。



『ソラよ、少し話があるのじゃが』



 と思ったら、帰って他の人に挨拶だけしてサリオンさんにすぐに呼び出された。一体なんの話しだろうか?

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