第175話~恋愛初心者~
白霊草モーリュを見つけた俺の後ろから木々の間を通り抜けて、琴香さんが慌てて追いかけてきた。
辺りを見渡す。新緑色の葉が大量に生い茂り、あまり陽の光が当たらないので少し暗く感じるが、特に視界に影響が出るほどではないな。
「あ、あったんですか?」
後ろから「ふぅ」と息を吐いた琴香さんの声が耳に届く。確信した訳では無いが、聞いていた通りの見た目なので白霊草モーリュだろう。
改めて景色を確認するが……すごい幻想的だな。写真でしか見た事がないような風景。しかも実物だからその迫力も段違いだ。
神秘的な光景が拡がり、葉の隙間から刺す陽の光に照らされる半透明な白色の花弁をした花が何輪も……数え切れないほど咲き誇っている。
俺はそっと顔を近づければ、陽の光の当たる角度によって花弁の発する色合いが虹のように何通りにも変化した。
「琴香さん、数輪ほど摘んで戻りましょう」
「はい!」
そう告げて俺と琴香さんは白霊草モーリュを摘み始めた。白霊草モーリュの中で魔力抵抗を高めるために費用な部位は花弁なので、茎の部分から切り取っていく。
「うぅ、なんだか綺麗なので罪悪感が……」
「
「それもそうですねっ!(ザクッ)」
琴香さんが次の瞬間には躊躇なく切り取っていくのを見て、俺はなんとも言えない気持ちになりながら白霊草モーリュを集める。
「そろそろ戻りましょうか」
「はい!」
別に生態系を乱したい訳では無いので2人合わせて10輪の白霊草モーリュを摘み終えたところで戻るようにした。
「ぁ、空君、少しだけお願いしたいことがあるんですが良いですか?」
「良いですけど……どんなのですか?」
「手を繋いで帰りたいです!」
「……~~っ!?」
思わぬ発言に俺は言葉にならない悲鳴をあげる。もちろん嫌な訳では無いが、驚きによる自然な反応だと思いたい。
「手、ですか?」
「はい! 抱きしめるよりはハードルが低いと思いますが……?」
「……わ、分かり、ました」
俺はそう言って高鳴る心臓の鼓動を抑えてつつ、緊張した面持ちで琴香さんの手へ自らの手を伸ばす。しかしあと少しのところで腕の伸びが止まってしまった。
軽く躊躇する姿勢を見せつつも、俺は勢いよく琴香さんの手を軽く握りしめた。……あれ、やばい。想像以上に緊張するというか、なんか変な感覚だ。
さっきまで喋っていた時は何も無かったのに、なんだこれ? ……体から湯気が出そうなほど体温が熱くなった。
顔は真っ赤でゆでダコと例えられてもおかしくないんじゃないかな? 手汗も酷く出てくるし、幻影迷夢との戦闘時よりも呼吸が荒くなってしまう。何なんだ、この感覚は……?
「そ、空君? どうかしたんです? すっごい顔が真っ赤ですけど」
「へ? ぁ、いや……その……」
琴香さんに指摘されてさらに焦りだす。はっ! まさか俺は照れているのか? ……いやいや、そんな馬鹿なっ!
今までだって寝て起きたら上に乗られてたり、さっき抱きしめたりもしたけど何も無かったじゃないか! それなのに今更手を繋いだぐらいで俺が照れている……有り得ないだろっ!
「空君、手を繋ぐのは一旦無しで、抱きしめてくれます?」
「あ、はい……」
琴香さんに促されて抱きしめるが、先程までの緊張は何も感じない。やはり照れているという訳では無いだろう。手を繋ぐよりも抱きしめる方がハードルって高いもんな!
「あの、これは推測なんですけど……空君が見た過去で何かしらの認識が変わったのでは?」
…………? いや、そんな嘘だろ? 1度経験した事で今更価値観が変わると? ……よし、冷静に自分を分析してみよう。
…………うん。もしや俺は、抱きしめる行為を人を慰めたりする時に使う、言わば一種のコミュニケーションと捉えているのか?
それならば辻褄は合う。手を繋ぐ行為は恋人などが行うものと認識しているが、俺は母さんの最後の抱擁や一香さんから慰めてもらったり慰めたりする時によく使っていたからな。
だから抱擁について一切の問題は生じていない。しかし手を繋ぐ行為には何故か照れた。……そう言えば今までの自分は1人で生きるために感情を抑制してきたな。
何かあってもポーカーフェイスで笑いながら誤魔化してきた。琴香さんにキスをされても、琴香さんに布団に潜り込まれてもできる限り平静を装ってきた。
しかし過去の記憶が俺のリミッターを外した。主に恋愛感情部分のをだろう。恋愛なんてする暇が無くなった中学生時代にまで戻すことで、俺の恋愛観だけが中学生に戻ったというのかっ!?
しかしそれなら全て説明が着く。俺は……俺は、
そう結論づけた後に、改めて琴香さんの顔を見る。少しだけ童顔な彼女だが、それ故にツーサイドアップの似合う髪型はとても可愛らしい。長いまつ毛とパッチリ二重、それに透き通るような肌もまたそれを引き立てる要素の1部。
そう認識来た瞬間、俺はとっさに顔を横に逸らした。恥ずかしくて長い間直視出来なかったからだ。
……あぁ、納得した。泣かないと決めたのに琴香さんが1度亡くなった時に涙を流した。俺が過去に押しつぶされそうな時、琴香さんの言葉が背中を押してくれた。
そうか……そうだったんだ。俺はずっと目を背けてた。だって今まで2回も叶わなかったから……約束を守るのに、この感情は邪魔だったから……でも、結局何度だってこうなるんだな。
俺はずっと前から、出会ってすぐに……記憶を取り戻さなくても……琴香さんの事をす、す──。
「あの~、空君? そろそろ時間的に氷花ちゃん達に怒られちゃうかもなので、戻ろうと思うんですけど……」
「っ!? で、ですよねっ! は、早く戻りましょうっ!」
「? えぇ」
俺は慌てて琴香さんから少し距離を取り、言われた通りに早足で動き出した。
*****
私が何気なく放った手を繋ぐ発言が事態を急転させる。当初、私は空君の罪悪感を利用しつつ肉体的接触から好意を抱かせるつもりでした。
え? 可愛い女の子に抱きつかれて嫌な男性はいませんよねっ? なら平均以上の顔つきと胸は武器になるはずです! 身長は若干足りませんが、そこは空君のストライクゾーンに収まることを願うしかありませんね。
ですが、抱きしめる事が出来るのに手を繋ぐごとを恥ずかしがるなんて想定外ですよっ!?
この前までの空君と手を繋いだら「こ、琴香さん? 急にどうしたんです?」みたいに戸惑いながらもちゃんと手を繋いでくれましたもん!
なのに今じゃ「っ!?!? …………こ、ここ、琴、香しゃんっ!?」って感じの反応じゃないですかっ!!! ……落ち着きなさい私、良い方向に考えましょう。
過去の出来事のおかげで、空君は私を意識するようになりました。それは手を繋いだ時の反応で丸わかりです!
むしろ抱きしめられた時に反応が乏しかったからもっと攻めるべきか迷ってましたが、抱擁は恥ずかしいラインに引っかからなかっただけのようですね。
以上の事から仮定して考えていきましょう。空君は過去を見たことで精神が初心な中学生時代にまで戻ってしまった。恥ずかしがるのはそれが原因。
つまり……SNSでよく見る尊い漫画のような展開に持っていけば自然とくっつけるはずです! 最悪無理やりにでも襲うつもりでしたがそれは悪手だったでしょう。
……空君の事がわかったと考えれば1歩も2歩も前進したようなものです! 次から成人の私は中学生のような反応や態度を示せば良いわけですねっ!
…………あれ、そう言えば私ってまともな恋愛経験ありましたっけ? あるのはお母さん直伝、肉体的接からノリでやっちゃおうぜ作戦ぐらいしか……どど、どうしましょうっ!?
中学生の恋愛なんてまともにしてこなかった私に出来るはずがありませんっ! そう結論を出した私は頭を抱えた。
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…………2人して爆発しろ(ボソッ)。
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