第176話~ララノアの生まれた日~

 俺と琴香さんが戻ると、そこは汚い緑色の血に鼻を刺すような臭いが辺りに広がっていた。その中心部に3人の人が立っていて……いや、すぐに2人が汚れるのも厭わず地面に倒れ込んだ。



『お、終わった……よな?』


『あぁ。後は空を待つだけだけじゃ』


「? ……うん?」



 アムラスと氷花さん、それにいつの間にか目覚めたサリオンさんだった。1度は失敗したらしいが、ちゃんと悪夢に打ち勝って目覚めたらしい。


 氷花さんは何を言ってるか分からなかったらしく、適当に相槌を打っていた。それよりも、3人が警戒を解いたって事は幻影迷夢の幼体の襲撃は止んだと考えて良いだろう。



「皆さん、戻りました」


『おいソラ、手に入れたのかっ?』


「空、言葉通じる。幸せ……!」



 ついさっきまで疲れた様子で寝転がっていたアムラスが一瞬で起き上がって尋ねてくる。氷花さんの方も同様で、2人とまともに会話が出来なくてストレスだったことも理解した。ごめんね氷花さんっ!


「う、うん……」



 勢いに押されながらも俺は白霊草モーリュを取り出して見せる。2人の目の色が変わった。アムラスはララノアちゃんの命が伸びることに対して、氷花さんはその綺麗さに手を奪われたのだろう。



「ところで……ヘレスは?」



 俺は先程から姿が見えないヘレスの所在を尋ねる。すると2人が顔を背け、別の方向へと視線を逸らした。……あぁ、やっぱりか。


 俺も遅れてその視線の先を見れば、未だ悪夢から目覚めることなく眠り続けるヘレスの姿が見えた。



「ヘレスちゃん、大丈夫なんですか?」


『ふむ。過去、ワシが挑んで敗れた時には3日ほど時間が掛かり、1週間ほどはろくに生活出来ませんでしたぞ、ハツシバ様。恐らくはまだ抗っているのでしょう……』


「サリオンさん、目的の白霊草モーリュは手に入れました。ヘレスを抱えて里に帰るというのは?」


『ダメじゃ。そうすれば悪夢が本格的に牙を向き、強制的に悪夢に敗れることになるらしいのじゃ』



 俺たちは未だ目覚めないヘレスを心配しながらその場で待機していた。白霊草モーリュを手に入れた、つまり目的は果たしている。しかし帰らないのには当然ちゃんとした理由がある。



「早く目覚めてくれよヘレス。……ララノアちゃんが助かるのに、君がいないと意味が無いじゃないか……」


『だな。今帰ったところでララノアは絶対モーリュを拒むぜ。ヘレスが居ないで自分が助かるなんて選択肢、選ぶはずねぇからな』



 すると俺とアムラスの呟きが届いたのか、ヘレスの指が微かにピクリと動いた。



*****



 姉……同じ母親から生まれた存在で下に弟、もしくは妹がいる時に使う言葉。あたしはその『姉』としての役割をこなせていない。


 端的に言えば姉失格だと思うわ。だって、あの時にあたしは……。悪夢に罹った私は、そんな考えとともに約15年前のある出来事を見せられ始めた。



***



 あたしが45歳になった頃、母上が妊娠した。



「母上母上っ、お腹の調子はどう?」



 寝床で伏せっていた母上に、あたしははしゃぎながら話しかける。母上のお腹は丸ーく膨らんでいて、この中にあたしの弟か妹が眠っているのだ。


 つまり、あたしはもうすぐお姉ちゃん! 母上から産まれてくる弟か妹は、あたしがしっかり面倒を見て、一緒に遊ぶんだ。


 もちろんたまには、普段は忙しい族長の父上や幼なじみのアムラスも合わせて全員で。……具体的に何かしたいって思ったわけじゃないんだけどね……。



「ふふ、いつも通りよヘレス、安心して。私は大丈夫だから、アムラス達と遊んできたら?」


「いやっ! 産まれるまで母上と一緒にいるわっ!」



 あたしがそう言うと、母上はなんとも言えない顔で微笑しつつ、頭を撫でてきた。自然とあたしの頬も緩む。


 母上譲りの綺麗な金髪はあたしの誇りだ。母上の子供なんだって自信を持って言えるから。きっと産まれてくる弟か妹も同じ金髪の髪なんだろう。


 もしくは少しだけ薄い黄色っぽい父上のような髪色かもしれない。でも関係ない。どっちにしろあたしが丁寧にクシで梳かして綺麗にしてあげるんだ。



「んぐっ!?」



 そう考えていると、急に母上が嘔吐きだした。出産する前に起こる現象だと教えて貰ったことがある。あたしは急いで家を飛び出す。



「ん? ヘレスどうし──」


「アムラスっ!? 母上が、母上がっ!」



 家を飛び出した所でアムラスと出会ったけど、あたしは母上の容態を見て取り乱していた。しかしあたしのその様子を見たアムラスはすぐに父上を呼びに行くと告げて、走り去っていく。


 その後、取り乱して何も出来ずにいたあたしを置き去りにして、母上の出産が始まった。里の歳をとった女性が一丸となって手伝いを始める。


 そして母上が産気づいてから数時間後、無事に赤ん坊が生まれた。……女の子、つまりは私の妹となる子供だったわ。でも……。



「母上っ! いやっ、死なないでっ!」



 母上は闇の大精霊様に魅入られ、器となった存在だった。しかし出産する際には本来の力が低下したことで、闇の大精霊様の力に耐えきれなかったんだと思う。


 結果、容態が急変して顔色も青白く生気が感じられない表情になっていた。父上が母上の手を握り何かを叫んでいる。



「……ララ、ノア……。それが、その子の……名前」


「ララ、ノア……?」



 すると母上はあたしに妹の名前を伝え始めた。母上の手が父上の手から離れ、あたしの頭の上に置かれる。


 優しく……とっても優しく撫でられているのだとあたしは理解する。そして、最後に妹の方へ……ララノアの頬へと向かい、フワリと頬を撫でた。



「2人、とも……ララノアを、大事に、育てて……ね」



 母上はその言葉を最後に息を引き取った。父上が母上の言葉に何度も大きく頷いている。あたしは安らかに眠るララノアの方を見て、この子を絶対に守るんだと、そう胸に誓った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



3章完結まで、残り10話(予定)。

明日はお休みします。

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