第157話~卒業~

「なぁ空……今夜は一緒のベッドで寝て良いか?」


「はぁ? いやダメだよ」



 その日の夜ご飯の洗い物を終えた途端に一香さんが変なことを言い出す。僕が即答で嫌がるとシュンとした表情に潤んだ瞳で再度訴えかけてきた。


 いや、そんな顔されても……思春期だし、一香さんと一緒のベッドは無理だよ。あ、当然いつもは僕と一香さんの部屋もベッドも別だよ? 最初は一香さんがソファーだったけどね。



「なぁ良いだろ~」


「よ、良くないよ。て言うかこんな風に誰にでも抱きついてたら変な勘違いされるよ? 僕は家族だから大丈夫だけど」



 背中から肩と首を通って伸びてくる一香さんの腕を引き剥がし、そんな当たり前の説教を始める。顔、赤くなってないよな?



「はぁ? こんなんお前以外にする訳ねぇじゃん」


「っ~! せ、背中合わせなら……」



 何故だろうか? 僕は嫌がっていたはずなのに雰囲気に呑まれたのか、もしくは理性が本能が負けたのかは分からないが、妥協案を出してしまった。


 変な約束をしてしまった僕は逃げるように誰もいない自室のベッドへとルパンダイブする。


 なぁぁぁぁ~! やっちまったぁぁ!!! 一緒のベッドで寝るように誘われるとか、なんだそりゃ!? 僕もなんで妥協しちゃったのさ!?


 おち、落ち着け……一香さんにそう言う浮ついた気持ちは無いはずだ。これは僕がそういう多感な時期だから変に意識しているだけであってだな……。


 よくよく考えてみたら、一香さんもまだ22歳か。僕かもうすぐ16歳だから約6歳差って、結構近いよな? 僕と水葉が5歳差だし……。



「邪魔すんぜ~、っておい、なんで隅に寄ってんだよ」


「いや、服! そんな服装、僕知らないよ!?」



 僕の部屋に入ってきた一香さんの格好はエロかっ──ではなく酷かった。薄手でダボダボの白いシャツ1枚を着ただけにしか見えないのだ。もちろん下着は付けているだろうが……付けてるよな?



「どうだ? 意外とイケてるだろ?」


「正直引いたよ!」


「なん、だと……!?」



 そんな驚くことか!? かか、家族と一緒に寝る服じゃないんだからしょうがないでしょ!?



「とりあえず来いよ。部屋の隅で寝るつもりか?」


「う、うん……」



 緊張で心臓の鼓動が早くなる。動揺を悟られないようにゆっくりと、何事もないかのように立ち上がり、ベッドに座った。



「ぁ、僕もう寝るね!」


「そいや!」



 恥ずかしさを誤魔化すように毛布を被り、一香さんに背中を向けて寝転ぶ。毛布が強引に引き離された。酷い……。



「な、何するんで──」


「空、こっちを見ろ……」

 


 毛布を取り返そうと振り返った瞬間、一香さんの手が僕の顎に伸びてくる。そのまま向きを変えられ、お互いの視線が向かい合った。


 僕は慌てて視線を逸らす。するとそのまま僕の上に覆い被さるように、一香さんが傍にまで寄ってきた。顔が熱い。すごく熱を持ってる。電気、消したままで良かった……。


 だって、当然だろ? ……艶のある髪の毛がフワリと僕に当たる。首筋から鎖骨にかけてハッキリとあらわになったきめ細やかな純白の肌が自然と視界に映り込む。



「い、一香さん? どうしたの、急に……」



 変な雰囲気を壊そうと、僕は質問をした。だってこのままの空気で居たら、僕はおかしくなってしまうから……。


 だって、当然だろ? こんな格好で、こんな雰囲気で、こんなに触れられたら……僕はもう、一香さんを1人の女性でしか見られないじゃん……。



「……なぁ、するか?」



 何を? とは聞かなかった。この状況であれ以外に思いつくものなど無いだろう。……多分。



「し……しないよ。する訳、ないじゃん。だって……家族、なんだから、さ……」



 微かに震える声で、そう言うことが限界だった。それ以上押されれば……体が言うことを聞かなくなるよ。



「そうか、なら……」


「ぇ……ちょ、待っ──んっ!?」



 不意に右頬を優しく触るように抑えられた僕が戸惑っている間に、ゆっくりと近づいてきた一香さんの顔がほとんど見えない位置まで近づいたかと思った瞬間、唇に何かが当たった。



「んっ……ん~!?」



 声を出したくても出せない。何をするんですか? と聞きたくても聞けない。でも別に、本気で嫌がれば避けることも、今から逃れることも出来る。なのに……唇が離れない。



「ぷはっ……はぁ、はぁ……。なぁ空、するだろ? 家族に……なってくれよ」



 トロンとした目から出る吐息が体を震わせる。その恍惚とした表情で一香さんが誘ってきた。……僕は自然と、首を縦に振っていた。



***



「すぅ……すぅ……」



 今日は色々あって疲れたのだろう。今は小さく寝息を立てて空は眠っていた。私はボーッした表情で、床を眺めている。


 目的を果たした結果の燃え尽き症候群だろうか? 分からないな……あぁ、こうしてボーっとしてると、昨日の集まりの内容を思い出してしまう。



「はぁ……」



 自然とため息が漏れる。憂鬱だ。ふと視線をズラせば、そこには空がいる。風邪を引かないように毛布を被ってはいるが、その下は裸だ。



「……小さかったな。ぁ、いや違うぞ?」



 思ったことをそのまま口に出してから気づく。今の小さかったはそっちの方じゃない。むしろそっちは想像以上にでかかっ──おっと危ない。自主規制自主規制……。


 小さかったのは体だ。初めて会った時から大きくなったとは思うし、声変わりもして生活能力や精神的には私と同じか、それ以上に大人かもしれない。


 でもまだ、高校生なんだ。15歳……もうすぐ16歳になるが。現に私より、体も小さい。でも成長しきれば身長は負けるだろうな……。


 優しく空の頭を撫でれば「ん~?」と可愛い声が漏れる。ずっと、このまま一緒に居たいなぁ。まだまだ子供な空を守りたいよ……。



「……まだ、死にたくねぇなぁ……」



 空はまだまだ子供なんだと再認識した上で、私はそう、小さく呟いた。



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【悲報】

空、作者よりも先に卒業する。マジ許すまじ!世間が許しても俺が許さん!!!

なお、空に過酷な運命を背負わせる事を作者が決めた瞬間である(嘘である)。

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