第150話~義親と義子~
悠斗さんは多分僕じゃ持ち上げることもやっとそうな盾に、少量ながらも装飾が施された片手剣を持ち、戦闘体勢を構えた。
「ほう、短剣か……」
対して僕は毎日使っている短剣を構える。ちなみにこの短剣、僕の相棒としては丁度30代目だ。
「まずは遠慮せずに本気で私に掛かりたまえ。盾で受けるから心配はしないで良いよ?」
盾を前に突き出し、悠斗さんはそう言ってくる。なるほど、まずは俺の実力を図るって訳か。そんでそれに合わせて自分の実力も調整していくつもりと……。
「なら、行きますよ!」
右に向かって軽く1歩を踏み出す。そこからいきなり前へと跳躍した。最初に緩急をつけ、相手の隙を伺うつもりだったが……。
「うん、同じF級探索者なら大抵の相手は今のでやられていたね。素晴らしい」
「これぐらい当然です。一香さんの教えは僕が引き継ぎますから」
悠斗さんは笑顔で褒めつつ、それでも盾を僕の放った短剣の場所へと移動させただけで受け止めた。な、納得いかねぇ! こちらも余裕ありげに言い返したからおあいこだな! そうだよなっ!?
そこから更に連撃を加える。悠斗さんはその場から1歩も動くことなく全てを凌いでいた。足払いを掛ければジャンプして避けられ、フェイントは全て、見てから反応される。
「さすが、マスターが鍛えているだけの事はある。とてつもない才能だ」
「くっ……どう、もっ!」
涼しい顔で褒めてくる悠斗さんに、僕は嫌味だなぁと思いながら大振りの一撃を放った。しかし軽くいなされ、短剣は空を切る。
「は、はぁ……はっ……んっ」
「もうそろそろ限界かな? とりあえず実力は把握できたから、一旦休憩を──」
「いえ……まだ行けます」
苦しそうに息を切らし始めた僕を見て、悠斗さんはそんな提案をしてきた。しかし、悪いがそんな優しさは結構だ。一香さんにはいつも、動けなくなるまでやらされてるからな。
「そうかい? それじゃあもう少しだけやろうか」
***
「おい坊主! 早くかかってこいや!」
「坊主、やっちまえっ!」
「手加減しろよ~っ!?」
「うるせぇ分かってるよ! ほら来いや!」
「……なんで、こんな事に……?」
第3訓練所にそんな声が響き渡る。少し前、僕が悠斗さんと模擬戦をしていると、他の白虎組合の探索者さん達が現れた。
初めは物珍しい顔で僕たちの模擬戦を眺めていたが、徐々に僕への応援へと代わり、やがて自らも参戦していくことになる。
今、目の前で僕にかかってこいと叫んでいる人や、周りではやし立てる人達もそのうちの一部だ。頼みの悠斗さんも「ごめん、彼ら一応先輩だから」と言って止めてくれなかった。
こうして僕は意図せずも、白虎組合の色々な人達に遊ばれ……ではなく鍛錬をつけてもらっていた。
「そこだ! いけ!」
「なんとしても一撃だけ当てろ! お前に今日の晩飯の代金賭けてんだぞ!」
勝手に人の模擬戦で賭け事なんてしないでくれない!?
「うるせぇぞお前らぁ!」
すると扉を破壊する勢いで蹴飛ばして開けた一香さんが入ってきた。やっと帰ってきてくれたのか。これでこの騒動も収まるだろう。一香さんを恋しく思う日が来るなんてな……。
「私は空が一撃当てる方に5万賭けるぜ!」
あんた止める側の人間だろ!? なに嬉々として参加してんだ!?
***
その後、無事一撃を入れた事で一香さんを含め僕に賭けていた人達に胴上げをされつつ、逃げるようにその場を後にする。
「ったく、あいつら。勝手に私の空を遊び道具にしやがって!」
注意もせず1番遊んでた人が何かを言ってる。てか一香さんのものでもないし……。
「でも丁度良い息抜き位にはなったんじゃないです? 模擬戦中や一撃入れた時の盛り上がり、凄かったですよ? 特に一香さんの」
「はっ、F級に一撃貰ったあいつは今度、私が本気の本気で稽古をつけてやる。あと私は良いんだよ、私だからな!」
僕が一撃入れた人、ごめんなさい。南無三。
「んで、だ……白虎組合はどうだった?」
「そうですね……一香さん系の人が半分ぐらいを占めてました。もう半分は優しいながらもちゃんと自分の芯を持った、意思の強い人たちです。一言で例えるなら陽キャの巣窟ですよ、あれ」
「はっ、でもコミュニケーションもちゃんと取れてたし、好印象だったじゃねぇか? どうだ、将来は白虎組合で──」
「嬉しいお誘いですがお断りします」
一香さんが笑いながら僕を白虎組合に誘おうとしてきたので手で制す。すると急に車を端へと寄せて停止させた。
「なんでだよ!? 人柄も能力も問題ねぇだろ!? お前は私の唯一の弟子なんだ。誰にも文句は言わせねぇ!」
「一香さんも本当は分かってるんでしょう? 僕はF級探索者なんです。友人としてならともかく、命を預け合うには僕は弱すぎます。文句は出なくても、不満は貯まります。……全部、僕が弱いのがいけないんです」
そう。白虎組合の人達も半分ぐらいは息抜きや、目上の人物が連れてきた子供を構う様子だったが、もう半分は僕を試すような様子だ。
僕が白虎組合に入るに相応しいかどうか、その確認だったんだろう。そして結果は認められないに決まっている。
だって最後の一撃も、お情けで入れさせてもらったんだと僕は気づいているから。……この案じゃ、また一香さんに迷惑がかかってしまう……。
「ふざけんな、お前は強い! 短剣の才能もあるし、技術も得たし、体格だってまだ成長途中だから可能性もある」
「一香さん……それらの技術は、まともに戦えて初めて発揮出来る才能なんです。そして僕には、致命的なまでに、発現者としての才能が無かった」
だって僕は、F級なのだから……。
「ま、魔力を増やす素材を落とすモンスターも確認されてる! それを使ってお前をいずれB級程度に──」
「一香さんいい加減にしてよ! あんなもの、等級も変わらない程度の、ほんの少量しか増加しないのに、1本2億円もするんだよ!?」
「頑張れば払える! だから白虎組合に来い!」
無理を言い出す一香さんの提案を蹴ると、彼女は必死な顔で僕へと手を伸ばした。僕はとっさにそれを手で払った。
「1年前の事件で一香さん、ほとんど貯金ないじゃないですか! あと、そんな方法じゃ僕はいつまで経っても、死ぬまで一香さんに頼りっぱなしじゃないですか!? 家族を失って、水葉の入院費も僕の養育費も、20代前半の一香さんの大事な時間や築いたコネも、いっぱい僕は使わせてるんです! それなのに、将来の就職先や就職するための力も貰っちゃったら……今ですら料理や洗濯や掃除をして、少しでも恩返しが出来たら良いなと思っているのに、そこまでされたらもう、何も返せませんよ……!」
「何も返さなくて良い! こうして私のそばに居るだけで良いんだ!」
僕の思いを直接声に出して、最後は枯れたように小さく呟いた言葉は、一香さんの抱擁によってほとんどかき消されてしまった。
あぁもう、ずるいよ一香さん。こんなことされたら、母さんを思い出してしまう。……でもこれじゃあ、このままじゃダメなんだ。だから……!
「…………僕を……自立させてください。何でもかんでも与えられるだけで満足する人形じゃないです! 僕だって、自分に出来る形で恩返しがしたいんです! ……僕は探索者組合所属の探索者になります」
「なっ、だ、だったらもういっそうちの職員になれ!」
「それじゃダメです! 給金が探索者より低いですし、水葉を助ける事が出来ません!」
「特別手当を出す!」
低等級の人が多い探索者組合なら、僕でも受け入れてくれるだろう。一香さんは無理やりにでも、何としても僕を白虎組合に入れたいらしい。でもそれは出来ない。だって、約束したからな……。
「労働の対価ならって、何でも受け取る訳ないでしょう!? 何よりも、僕を探索者になるように約束して育てたのは一香さんです!」
そう、一香さんとの同居生活を始める少し前での病院で、僕と一香さんはそんな約束をした。
「それは……ぐっ、私は認めんからな! お前は私と私の作った組合に来て、ずっと一緒に過ごすんだ! これは命令だ!」
「なっ!? …………分かり、ました……」
一香さんに初めて『命令』をされた僕は、納得できないながらも、そう答えるしか無かった。だって一香さんは、僕や水葉を救ってくれた英雄なんだから……。
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