第145話~謝罪~
謝罪会見。なんの? と聞くのは野暮だろう。発見されたゲートの迷宮。白虎組合の2軍がその攻略に失敗し、1軍……つまり一香さんたちが向かうも時間が間に合わず、迷宮崩壊へと繋がった。
幸いにして、モンスターのほとんどは迷宮崩壊の起こった地点で倒すことに成功したが、1部のモンスターが市街に溢れ、死者を増やしたことは間違いない。
そして今回起こった迷宮崩壊は、白虎組合の過失と捉えられるのも仕方がない。それに対する謝罪会見であることは安易に予想できる。
もちろん、迷宮の力を見誤ったのは白虎組合だけではなく、探索者組合本部にも責任の一端はあるだろう。だが一香さんは全ての責任を自分で被ろうとしているのだ。
「白虎組合のマスター、江部一香です」
普段の砕けたような口調とは違い、軽い名前と経歴などの自己紹介から始まった。
「今回、京都府で起きた迷宮崩壊で亡くなった遺族には、大変申し訳ございませんでした」
次に謝罪。頭を下げると同時に大量にカメラのシャッターを切る音と、フラッシュが江部一香さんに向けられる。少し目を細めたのは眩しいからだろう。
その後、江部一香さんが迷宮崩壊の際の出来事について、起こった経緯や被害、自分たちの行動についての報告をして、最後にまた一礼をした。
次に質疑応答に移る。記者たちが挙手をして、江部一香さんが指名するような形だ。何人かの質問にもハキハキと答えた一香さんは、次に手前の男性記者を指名する。
「○○社の橘と言います。迷宮崩壊が起きた迷宮ですが、これは発見された時には既に発生してから6日が経過しておられたそうですね? もう少し早く発見できたなら、大阪にいたマスターである江部さんも間に合い、このような事態は防げたのではないでしょうか? これは白虎組合だけではなく、探索者組合にも過失があるのではないでしょうか?」
にこやかにゲスな笑みを浮かべた記者がそう進言してきた。つまりこの男は、探索者組合も謝罪すべきだと言いたいのだ。
「今回起きた迷宮崩壊は、我々白虎組合がその脅威度を見誤り、攻略を失敗したのが原因です。探索者組合の方々は関係ありません」
一香さんは特に動揺することも無く、そう返す。あくまで今回の過失は自分たちだけで背負うつもりなんだろう。
「また、遺族への補償金や支援金などは、私の財源からも捻り出すことを約束します」
「なっ!?」
「幸いにして、私はS級探索者です。ある程度の資産もあります。それらのほぼ全てを被災した方々へと充てる事も十分に可能かと」
……嘘だろ? S級探索者の持つお金なんて、本業に加えてCMやインタビューなどにも出ていた一香さんなら、豪快に散財したとしても10億ぐらいは出せるはず。
「お、お金で誠意を買おうとするのは如何なものかと……?」
何とかして一香さんを貶めたい記者が、苦しげに言葉を捻り出した。
「それは違います。私たちのミスなのですから、お金を出すのは当然のことです。決してお金で許してもらおうなどとは、一切考えておりません」
キッパリと言い切った。その圧倒的な意志の強さ、20歳の女子大生ながらもS級探索者という圧を感じ取ったのだろう。記者は何も言葉を発せられなかった。
「他に質問がなければこれで」
クルリと悠然なる態度で引き返して行った一香さんを、僕は画面越しに見ることしか出来なかった。
***
「ただいま~! 空、元気にしてたか?」
ガチャッと扉が開けられる音に、一香さんの元気な声が響く。その声色は何事もなく、出会った時と変わらないように聞こえた。テレビを見ていなければ、多分気づかなかった……。
「お疲れ様です、お風呂沸かしておきました」
「お、サンキュ、空! 遠慮なく入らせてもらうぜ!」
一香さんが笑顔で脱衣所に飛び込み、そのままお風呂に浸かる。30分ぐらいだろうか、一香さんが上がってきた。バスタオル1枚で。
「待たせたな空!」
「服着てください、風邪引きますよ? レトルトですけど作っておきましたから……」
「おぉ、気が利くね空! 愛してるぅ!」
軽口を叩き、美味しそうにカレーを掻き込む一香さんが、僕はなんだか痛々しく思えてきた。どう見ても、無理をしているようにしか見えなかったからだ。
「一香さん、無理しなくて結構ですよ?」
「はぁ? 私はこれが素だが?」
「確かにそうなのかもしれませんが、僕を落ち込ませないように無理やり明るく振舞っているのも知ってます。記者会見、見ました」
「っ……テレビは見るなって言ったぞ?」
僕の発言を聞き、一香さんがキッと睨みつけるように目を細めた。約束を破ったことを怒っているんだろう。
「すみません、でもタブレットですぐに知ることが出来たので。……最後まで見てました。だから今日くらい、無理をしなくても良いです。僕は気にしませんから……」
「ダメだ、お前が家族を守ると誓って弱音を吐かないようにしてるように、私もお前の前じゃ弱いところは見せないって決めてんだ」
「なら……一香さんは誰に弱音を吐くんですか? 僕だって、一香さんに弱音を吐き出しました。じゃあ、一香さんを守ってくれる人はどこにいるんですか? 居候の身です。今日くらい、愚痴のサンドバックにはなりますよ」
「そうかよ……ふぅ~……。じゃあ、愚痴聞いてもらえる?」
「もちろん、お易い御用です」
自分の意志をはっきりと提示する一香さんだったが、僕の押しに負けて深呼吸をしつつも、彼女の心の鎧を脱がすことに成功したようだ。
「……私だって頑張った。話を聞いた時には間に合わなくて、でも一生懸命頑張った! いっぱい人を助けた。被害を受けた人達に、持ってるお金ほとんど使って支援を約束した! でも……組合の人達以外、みんなが私の陰口を言ったりしてくるんだ! でも、私はマスターだから弱気なところなんて見せられない!」
1つ弱音を吐きだしたら、続々と色々な言葉が漏れだし始めた。悲痛そうな表情で、拳にグッと力がこもっているのが分かる。
「空を拾ったのだって、色々縁とかを感じた風にしてたけど、一番の理由は自分が感じてる罪を少しでも軽くしたかったからだ!」
「分かってます」
「私のせいで両親亡くしたり、妹も病気になったりで可哀想だったから……! 引き取らなきゃって、なんかこう、見た瞬間思っちまったんだ」
「すっごく感謝してますよ。でも生活習慣は心配になりますが」
「だから、そんな空には弱みなんて見せたくなった! 私は大人だから、気丈に振舞ってる空を導かないといけない強い大人なんだから! S級探索者なんだから!」
「一香さんが何者だろうと、僕にとってはただの恩人です。困っていたら、なんだって手助けしますよ。大人だとか、関係ありません。助けが欲しかったら、手を差し伸べてください。僕にできる範囲で、何とかしますから」
一香さんの目からは、次第にポロポロと涙が流れ出していた。そっとティッシュを渡す。……そうだ、彼女はS級探索者である前に、僕を救ってくれたすごい恩人である前に、普通の大学生なんだ。そう、改めて実感できた。
「くっ、そ……中坊に慰められた……!」
「はいはい、好きに八つ当たりしてください。今日の僕はサンドバックですから」
ズズっと鼻を鳴らして照れ隠しに僕の悪口を言ってくる一香さんを宥めるように、優しい声音でそう告げた。……病院で、一香さんがしてくれたように、今度は僕が……。
「あと、服買ってくんの、忘れた……」
「……え?」
今、なんて言った……?
「今日はサンドバックなんだろ? 許してくれ」
……ちくしょぉおぉぉぉっ!!! サンドバックなんてやめだやめっ!
「でもパンツは買ってきた」
「ならついでに服も買ってきてくださいよっ!!!」
またも女性ものを着ることが確定した瞬間であった。
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