第140話~悲劇からの逃亡~
あぁ……全部、思い出した。ずっと、小さい頃から一緒にいた穂乃果は、迷宮崩壊で死んだんだ。俺はその事実に耐えきれず……その記憶を、封印した。
それ以外にもその前後の記憶もついでに。だから琴香さんと出会った事も忘れていたのか……。そう、か……。
母さんや父さんの記憶を封印すると酷い誤差が生じる。けど穂乃果は他人だ。仲良くしていても幼なじみはもう1人いる。脳が勝手に取捨選択して、穂乃果の記憶についてだけ封印したのだろう……。
そして狂った空を、翔馬が泣きながらも宥めてくれた。彼の泣き腫らした跡は、穂乃果の遺体を見たからだったのか。
大切な知り合いを3人も亡くした空は、深い絶望の淵に沈みこんだように暗く落ち込み、唯一の肉親の元へと戻って行く。そして、今までの出来事を忘れようと眠りについた。
*****
「……よう。起きたか少年」
僕が目を覚ますと、顔を至近距離まで近づけた女の人がいた。
「うわぁぁっ!?」
「いや、命の恩人にその反応は酷くねぇか?」
とっさにその場から離れた。するとその女性は心外だ、と言わんばかりの表情でそう愚痴る。命の恩人……そういえばここはどこだ?
僕は確か……あぁ、母さんが……痛っ……なんだ? 頭が少し痛いな。何か忘れているような……。
……そっか、あんまり詳しくは覚えてないけど、多分この人が僕達の事をここまで運んできてくれたんだろう。その事を忘れてしまったのが理由か。
「す、すみません。驚いて……。あと、ありがとうございました……」
「はっ、別に礼を言われるような事なんざしてねぇよ。それよりも、だ……お前は誰かを守るために戦った。その事を誇りに思え」
「ぁ……は、はい……」
女性は優しい笑みを浮かべて僕の頭を撫でた。誰かを……この言葉はおそらく水葉の事だろう。父さんと母さんに言われた家族を守ると言う役割を、僕は果たしていたんだ……良かった。
その言葉に安心した次の瞬間、その触り方が母さんに似ていると感じる。そのせいで返事を返すことは出来たが、自然と涙が流れ始めた。
「す、すみません……」
涙をすぐに拭いて謝る。すると、いきなり体が包み込まれるような温かさを感じ取った。それは、もう二度と味わえないと思っていた感触で……抱きしめられているのだと、本能が理解する。
「あの……ダメです。僕は、両親に託されたんです。水葉を守れるような人に、ならないと……だから泣いたり、慰められるような弱い人間には──」
「家族を守るその根性は認めるぜ。でも、今日だけは泣け。特別に、私の胸で存分に……。これから辛いことは沢山あるだろう。だからその時に泣かないように、今のうちに好きなだけ泣け。強くなりたいなら、な……」
「ぅ……く、ふっ……」
僕が辛うじて保っていた涙が、静かにポロポロと溢れ出した。……泣いてばかりだな、僕……。ふぅ、父さんと母さんは死んだ。
まずはこの事実を落ち着いて受け入れよう。次に、これからの生活についてだ。両親の祖父母はあいにく既に亡くなっている。
生活保護? いや、多分だけど孤児院とかかな? そこから僕がバイトしながら高校に通って、お金を貯めたら、また水葉と共に暮らそう。うん、なんだか少しだけ晴れやかな気持ちになってきたぞ。
「ありがとう、ございました……」
「はは、なんだなんだ~、急に初々しくなって~」
少しだけ照れた様子でお礼を告げると、女性はうりうり~と言いながら弄ってくる。視線を外しながらそれを無視していると、あることに気づく。
「ぁ……名前、教えて貰って良いですか?」
「えぇ、私、結構容姿とか名前とか売れてるつもりだったんだがな……」
女性は多少驚いた表情でそう言ってきた。なんだ、有名人なのか? 照明も薄暗いからハッキリとした容姿は見えないが、確かにどこかで見覚えがあるような……。
「白虎組合のマスター、S級探索者の江部一香だ」
「あ……あぁっ!?」
「おいおい、静かにしろよ」
そうだ、思い出した!!! 翔馬も会ったことあるって言ってた人だ! 雲の上の住民だと思ってたから特に興味も無かったけど……うわ、僕超失礼じゃん!?
「んで少年、こっちは名乗ったんだから当然そっちも名乗るよな?」
「いやいや、僕はS級探索者の人に名乗るような人物じゃ──」
「なぁに言ってんだ、お前も一応発現者になったんだから損は無いだろ?」
キョトンとした表情で、あの江部一香さんが僕のことを見てくる。発現者? ってなんの事だ……?
「ん? お前もしかして気づいてねぇのか?」
信じられない、と言いたげに引き気味の姿勢を見せる江部一香さん。ちょっと酷くないですか?
「え、えぇ!? 僕も父さんと同じ発現者に?」
「父さん? は知らんがそうだぞ。と言うか父親も発現者なのか」
「はい、確かB級って──」
「B級? 名前は?」
江部一香さんが少し食い気味に問いかけてきた。確かにB級は高等級だから、知り合いかもしれないと思ったんだろう。
だが有り得ないだろうな。だってあの父さんが会ったことあるって自慢してない時点で、その結果はわかり切ってるもん。
「あぁ、忘れてました。僕の名前は篠崎空で、父さんは──」
「待て、篠崎だと……? お前の父親の名前は篠崎──か?」
「そうですけど?」
改めて自分の自己紹介をしてから父さんの名前を告げようとすると、江部一香さんは僕の苗字に引っ掛かりを覚えたらしい。
肩を掴み、真剣な眼差しで父さんの名前を呼び、確かめてくる。何この反応、父さんなにしたのっ? やらかしたのっ?
「……はは、よし決めた。お前、私の元に来ないか?」
「……え?」
大きな含み笑いをした江部一香さんが、衝撃の提案を問いかけてきた。
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