第139話~悲劇は続く~

 空が倒れたのを見て、師匠こと江部一香さんが慌てて駆け寄る。



「お、おい! うわくそっ、早くうちの回復系に見せないと……!」



 倒れた空を抱き抱え、腹部の傷を確認して焦ったように呟く。



「あ、あの……! 私の、私のせいなんです!」



 すると水葉を大事そうに抱えた琴香さんが駆け寄る。師匠も急の出来事で目を丸くした。



「私が音を立てちゃって、それでその人が身代わりに……ぁ、傷が……」



 先程の出来事を後悔するように泣きながら説明する琴香さんだったが、倒れた空の傷を見て目を見開き、顔を真っ青にした。



「な、治って……私の、私のせいなの!」


「お、おい!?」



 琴香さんが傷を破いた服で押さえつける。布が赤く血に染る。



「治って! まだ私、名前も教えてないし、教えてもらってないの! あなたに命を助けてもらったお礼、まだ告げられてないの! だから……っ!」



 その言葉が誰かに届いたのかは謎だ。だが、琴香さんの腕から薄緑色が混ざったような、白色の光が現れる。その光は空の傷口から体内へと入っていった。



「君、回復系発現者だったのか? いや……まさか今、このタイミングで発現した……? いやそれよりも……足りない」



 師匠は少しの間、放心していたが慌てて冷静にそれを見る。そして、琴香さんの力では空の傷を癒すことは出来ないと判断した。



「お願いです! 治ってふわぁっ!?」


「手止めんな。もっと良い回復系のとこに連れてく。応急処置にしかならんが、ないよりマシだ」



 傷を治そうとしている琴香さんを担ぎ、そう言いながら師匠は合計3人の人間を抱えて大きく跳躍した。あれ、緩めのジェットコースターに乗ったような気分になるんだよな。


 その間も琴香さんは必死に空の傷を治していた。それを見て、師匠は僅かに笑みを浮かべる。そのまま師匠はピョンピョンと建物の上を跳ね回りながら、3人を病院へと連れていった。



「っ! 一香さん、どこ行ってたん──」


「はい、この子モンスターに襲われて重症だから治療よろ」



 病院についてすぐ、師匠に白虎組合の探索者の男性が詰め寄るが、師匠は空をポイッと投げ捨てるようにその男に押し付けて言葉を封じた。いや雑っ!?


 水葉を抱えた琴香さんも急いで、優しく丁寧に降ろされる。扱いの差が激しい!?



「んじゃ他の人達も探してくっから」



 師匠はそう言って、再びどこかへと行ってしまった。迷宮崩壊によってモンスターに襲われた人々を探しに……。


「あぁもう! とりあえずこの子を医療班に回さないと! 君も関係者? とにかくついて来て!」



 頭を抱えたくなる衝動に襲われそうな声を出したかと思うと、男性は急いで空を担いで病院の中へと入っていく。琴香さんもついて行く。


 そのまま中にいた回復系探索者の人の《回復》で空は治された。傷は綺麗に塞がり、静かに寝息を立てる程度には落ち着きを取り戻す。



「はふぅ……」



 人がベットだけでは入り切らず、床に寝かせられた空の傍で座る琴香さんがため息をついた。水葉の方は、この時にはまだ眠っているだけと判断されて隣に寝かせてある。



「私、あなたに命、助けられちゃいましたね。一緒に居てくれて、モンスターからは助けてくれて……私だけじゃ、絶対に死んでました」



 眠る空の表情を眺めながら、落ち込んで暗い表情を浮かべる琴香さんがひとりでに語り出した。



「なのに、私は何か助けをするどころか、逆に足を引っ張ってばかりで……情けないです。……今度あなたが困った時には、私が助けますね。それこそ、命を賭けてでも、です。だから……ちゃんと起きて、名前を教えてくれると嬉しいです」



 ニコリと笑顔を見せた琴香さんだったが、その後すぐに回復系発現者である事を知られたようで、空を治した回復系探索者の人に連れられてどこかへと行ってしまった。

 

 そして……少ししてから空が目覚めた。辺りを警戒するようにキョロキョロと見渡し、隣にいる水葉を見て一安心した表情を浮かべる。


 それからギュッとその手を握りしめ、生きている温もりを感じ取っていた。……そうだ、俺は母さんのようにこの温もりが無くなるのを恐れていた。


 だから毎回、水葉の手を握って温かさを確かめていたんだ。まさかこんな時からやっていたとはな……。



「空……?」



 聞き覚えのある戸惑いの声が聞こえる。空が振り返ると、そこに立っていたのは翔馬だった。



「……翔、馬?」


「おま……と、とにかく無事で良かった……。水葉ちゃんも、生きてる……良かった。2人は生き延びてて……」



 空がボーッでした表情で名前を呼ぶ。その反応に一瞬不可解な表情を浮かべた翔馬だったが、涙を流して空たちの無事を喜んでくれた。


 よく目元を見ると、既に泣き腫らした跡がある。既に、知り合いでも亡くしたのだろう。だが……最後の『2人は』と言う発言に引っ掛かりを覚える。



「そうだ空、来てくれ……」


「……理由、は?」


「ぁ……っ、良いから……っ!」



 すると一転、翔馬は悲しそうな顔をしたかと思えば空の手を取り、どこかへ来させようとした。それに対して、空は理由を尋ねる。水葉の側を離れたくなかったからだろう。


 そんな空を見て少しだけ苛立った様子と口調で、無理やり空の体を引っぱって連れていこうとする翔馬に、空も根負けした様子で自分から立ち上がり、翔馬に手を引かれてついて行った。



「……ここから先は、自分で行ってくれ。僕はそこで待ってるから」



 翔馬は顔を背けて、空の背中を押した。空は言われた通りその中に入っていき、そして虚ろな目が大きく開かれる。


 そこに並んでいたのは遺体だった。激しく損傷した物から、まるで人形のように眠っているだけのような、綺麗な遺体まで沢山……。


 その中の1つに、空は不思議な感覚を覚える。見ちゃダメだ、見ないといけない。そんな矛盾する2つの感情を押さえ込み、その遺体の顔にかけられた布を剥ぎ取る。



「っ! ぁ、ぇ……」



呂律が回らず変な声が漏れる。自然と1歩足を後ろに下げて後ずさった。



「ほの、か……?」



 そこには白雪姫のように美しく、しかしキスをしても永遠に目覚めない眠りについた穂乃果がいた。



「あ、ぁ……ぅあ、なん、で……なんで? 穂乃果……嘘、だろ……? ………はは、あははははっ、あははははははははははっっっ!!!」




 そして膝をつき、焦点の合わない目で狂ったように笑い続ける少年の姿もあった。

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