第120話~ララノア~
あの後、俺はほとんど眠る事もできず次の日の朝を迎えた。……そう言えば、俺って仕切り役だったのに毎日抜け出しているんだな……。はは、さすがに間違いなんて起きないとは思うけど……。
「…………はぁ……」
俺は大きなため息をつき、グチグチと続くネガティブな思考を終わらせる。
「どうしたんですか空君、元気ないですよっ?」
いきなり琴香さんがスルリと目の前に現れて、上目遣いで覗き込むように尋ねてくる。
「……いえ、なんでも無いですよ」
俺は愛想笑いでニコリと笑いかけて嘘をつく。
「そうですか……もし何かあったら私に言って下さいねっ? その時はお姉さんが優しく抱きしめてあげますからっ!」
「あはは、遠慮しておきます」
「なんでですかっ!?」
琴香さんが心外だぁ! と言いたげな顔で叫ぶ。……琴香さんはいつも通りだった。それだけで、俺の心は少し落ち着いた。
『ソ、ソラ……いるかしら? 戦士長から昨日のことで、少し話があるそうよ』
ヘレスが緊張しながら呼び出しに現れる。あの後、俺は謝れもせずにあの場を去った。こんなギクシャクした関係を続けるのは嫌だ。だから……。
「……分かった。わざわざありがとうヘレス。……えっと……それと、昨日はごめ──」
『謝罪は必要ないわよ?』
「え……?」
お礼を告げ、そこから昨日の事について謝ろうとしたが、それをヘレス自身に遮られた。何故……?
『あれは……ちゃんと事情を説明しなかったあたしのミスよ。空から見たら異常って思うのも無理はないわ。だからあれはあたしのミス……謝罪はいらないわ。むしろこっちこそごめんなさい……』
「ぁ……うん」
ヘレスがそう説明したかと思った次の瞬間には頭を下げた。俺は予想外の展開に固まり、そう返すことしかできなかった。
そして今、話し合いの場所へと案内されている間、ヘレスと俺との間に会話は一つも生まれない。
……あぁ、俺はダメだ。里の掟なんてヘレスじゃ破れず説明もできない事なのに、破らなかったヘレスの方から謝罪をさせ、それを受け入れてしまった。しかも、俺の謝罪を受け取る事もなく……。惨めだな、俺……。
『ぁ……』
小さくか細いが、吐息のような声が聞こえた。見るとそこには6歳程度の小さな少女……ヘレスの妹の、ララノアちゃんがいた。
昨日はほとんど見ていなかったが、改めてその姿を見て、俺は少しだけ目を見開く。何故なら……ヘレスの純白の肌に金髪碧眼とは違った容姿をしていたからだ。
少し茶色がかった小麦色の肌、紫色の混じった銀髪に、黒曜石のような色の瞳……ヘレスがエルフなら、彼女はまさしくダークエルフと呼ばれることは間違いないだろう。
ヘレスの妹とは聞いていたが、まさか肌の色が違うとは……エルフの里に来てからダークエルフは一度も見ていない。この辺りに、ララノアちゃんの扱いが悪かった理由があるのかもしれないな。
『ラ、ララノア、何でここにいるの? ちゃんと向こうに行ってないといけないじゃな──』
『──いで』
『え、ごめんララノアなに?』
ここに妹がいる事は想定外だったのだろう。ヘレスが慌てて向こうに行くように催促する。するとララノアちゃんは小さく何かを呟いた。
だが、ヘレスの耳でもその言葉をはっきり聞く事は出来なかったのだろう。優しく聞き直した。そして……。
『お……』
『お?』
『お姉ちゃんを、いじめないで!』
ララノアちゃんの俺に向けたそんな叫び声が、あたり一面に響き渡る。
『お姉ちゃんは悪くないもんっ! ララノアをいっぱい可愛がってくれるもん! なのに、お兄ちゃんのせいでお姉ちゃん、いっぱい怒られた事、ララノア知ってるもん! お姉ちゃんを……いじめるな!』
堪えて、それでも溢れ出た涙を拭きもせず、彼女はそう言い切った。
『ら、ララノア!? ソラにそんな事言うのは失礼でしょ!? 謝りなさい!』
『やだっ! お姉ちゃんも私も悪くないもんっ!』
ヘレスは取り乱しつつもそう言う。だが、ララノアちゃんはそっぽを向いてさらにそう述べる。
『良いから謝りなさ──、ソラ?』
「……」
俺はそれでも謝らせようとするヘレスの前に手を伸ばし、その言葉を中断させる。そして駄々をこねる様子のララノアちゃんの元へと歩み寄る。
『……っ!』
彼女も俺が来て驚いたのだろう。怯えた表情を見せる。殴られるとでも思ったのだろうか? 見た感じ、暴力の後は無い。そう言ったトラウマは無くて良かった……。
『えっと……ララノアちゃん?』
腰を落とし、ララノアちゃんと同じ目線に俺は立つ。
『……な、なぁに?』
ララノアちゃんはびくつきながらも懸命に、過剰な立ち振る舞いを見せて問いかけてくる。強い子だな、俺とは正反対だ……。
『……ララノアちゃん、大好きなお姉ちゃんをいじめてごめんね。全部、勘違いした俺が悪かったんだ。今更許してくれなんて思わないけど……本当に、ごめんね……?』
俺はそう謝り、頭を下げる。ララノアちゃんは最初、キョトンとした表情をしていたが、数秒経ってからハッと気がつき、なんとも言えない顔に変わる。
『……べ、別に……そこまで言うなら、許してあげない事も、ないです……』
ララノアちゃんは俺の態度が予想外だったのか、少し恥ずかしそうに頬を指でかき、目線を外してそう答える。
「うん、ありがとうね」
ニコリと笑いかけて、俺は立ち上がる。その後はヘレスの言葉を素直に聞き、ララノアちゃんは自分のいるべき場所へと戻っていった。
『……あの、ララノアの件はごめんなさい』
「いや、俺はララノアちゃんを助けるつもりで、ララノアちゃん自身の気持ちを全く考えてなかった。あれほど懐かれてるなんて羨ましいね。ヘレスみたいなお姉ちゃんがいて、ララノアちゃんは幸せだと思うよ?」
『そ、そう……? だと良いけど……』
ヘレスは自信なさげな表情で笑い、複雑そうな雰囲気を漂わせる。
『ねぇ、ソラ』
「なに?」
『その……ララノアの、肌の色とか何も思わないの……?』
「肌? いや特には……」
『そう……ありがとう』
ヘレスは泣きそうな顔をしたかと思いきや、笑顔でお礼を告げてくる。そして……サリオンさんの待つ話し合いの場所へと到着した。
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