第5話~契約~

「契約?」



 またそんな設定……いや、よく分からない事が起こるのか? 契約、と言うことは……何かにサインをしたら貰えるのかな?



「そうじゃ。元とはいえ精霊王と契約が出来るなど、ただの人間にはもったいないが……お主には助けられた恩もある」



 エフィーがまるで僕をダメダメで自分が面倒を見ないといけない可愛いペットを見るような目を向けてくる。



「……契約するとどうなるんだ?」



 僕はそれを無視して、僅かな期待と不信感を募らせながら問いかける。契約と言うからには、何かしらの代償が必要だろうからな。


 しかも自称は元精霊王。お前の命を代償にしよう! なんて言われる可能性も……いや、それは悪魔だったか……?



「まぁ、ちょっとした対価は頂こう」



 やっぱりか。まぁ当然だろう。そこについては問題ない。重要なのは契約内容だ。



「と言っても契約を維持するために必要なことじゃからな」



 なるほど、つまりその対価は車を動かすために必要なガソリンみたいなもの……でも、車にとってのガソリンが俺にとって何になるのか……。


 魂とか? いやそれじゃ命と同じだな! なら血液? いやそれ吸血鬼やん! エフィーは精霊や!


 ……寿命とか? ……普通に魔力とかの可能性も。もしそうなら魔力なんて最低限しかないし終わった……!



「それとは別に、もう一つあるが……まぁ、そっちは我の個人的な目的であって、今の主には関係のないことじゃ」


「ちょっ、それめっちゃ重要なやつじゃない?」



 それ聞かなかったら後悔するやつっ! こらっ、話しなさい! 後で払えとか言われても払わんからなっ!!!



「良いから、どうするのじゃ? ほぼ対価無しで精霊王と契約できるのじゃぞ? 今だけじゃぞ?」


「セールスかよ……」



 エフィーが顔をどんどん近づけて押し売りをしてくる。今だけ、と言っているのもおそらく契約をして欲しい故の言葉の綾だろう。



「分かった、契約するよ。命も助けてもらったしな」



 僕はエフィーからの提案に乗った。別に言葉に流されたわけじゃないぞ。元々エフィーが居なければ既に尽きていた命だ。


 これ以上、何も望むことはない。正確にはあるから俺の方も言葉の綾だな。


 エフィーがして欲しいと思っているんだ。それに一度乗るくらい訳ないさ。



「決まりじゃな!」



 エフィーが両腕を真上にビヨ〜ンと伸ばして嬉しさをアピールしてくる。ふふっ……小動物みたいで可愛いな。



「では血を頼む。一滴で良いぞ」


「なるほど、血の契約と言うわけか。……いたっ」



 僕はエフィーの言った事の理由を自分の中で変換して答えを導く。ならばすぐにと思い、軽く指先を噛んだ。


 少しすると、そこからプクリと丸い赤黒色の点が出来る。僕の血だ。……そういえば、出血もかなりのはずだったけど、部位どころか血まで回復出来るとか凄すぎるぞ!? あ、ちなみに服に着いた血ではダメと言われた。残念……。



「では、契約を始めるぞ?」



 エフィーはそう言って真剣な眼差しを僕に向ける。僕はゴクリと唾を飲み込む。心臓の鼓動が速くなる。エフィーはゆっくりと僕の指から出た血を、己の指で掬い、口元へと持っていく。そして……ペロリと美味しそうに舐めた。



「終わりじゃ」


「はやっ!? え、何も無いの?」



 僕はあまりの展開の速さに驚きを隠せずに尋ねる。すると次の瞬間、軽い痛みが手の甲を走り、タトゥーのような歪な紋が浮かび上がった。


 紋は青白く発光しており、僕のような底辺でも分かる高密度の魔力の塊だった。



「おぉ、厨二病っぽい!」


「ちゅうにびょー?」


「いや、何でもない」



 エフィーに詳しく説明したら、またバカにしてると怒られそうだからやめておこう。



「それより見た目に反映とかされるのって、この紋だけ?」



 夜中に発光したり牙が鋭くなったり翼や尻尾が生えたりしないよね? ね!?



「はっはっは、契約と言っても今の主の体では、本気の我の力には耐えられんじゃろうからな。まずは1割程度から慣らしていこうと言うわけじゃ!」


「な。なるほど……?」



 まぁ、僕みたいなF級探索者じゃそう言われるのも仕方ないだろう。だがその言い方だといずれあるんだろうか?


 僕の予想だが、2割にしたら紋が大きくなって、いずれは全身を覆い尽くしたりとか……ごめん、想像したら気持ち悪かったし今のは冗談で。



「まぁ、別にそれ以上体に変化はないがの!」



 なんだよちょっと期待したじゃねぇか!!! まぁ、これ以上変わったら変な目で見られるだろうから助かったと行った方が良いのかな?



「ところでおぬし……いや、主人あるじよ。なんとも無いのか?」


「……何が?」



 幼女のエフィーから主人って呼ばれるのはなんかムズムズするが、彼女の視線が真剣だったので話はあえて振らない。


 それよりもエフィーの様子が少しおかしいと思い、僕は自分の体を見渡してみる。しかし、どこにも異常は見当たらなかった。いつも通りの体だった。



「……いや、何でもないぞ。それよりも、早くここから脱出せねばいかんぞ?」


「え? なんで……うわっ!?」



 エフィーは意味ありげな笑顔を浮かべてはぐらかす。話をすり替えエフィーがそう告げた次の瞬間、地震のような振動が迷宮を襲った。


 咄嗟にエフィーを守るように抱きしめる。エフィーは「ひゃっ!?」と可愛い声を出して嫌がるように離れられた。ちょっとショック……。



「お、驚かせるでない! びっくりしたではないか!」



 地震が止むと、エフィーが頬を赤らめて僕に抗議してくる。それを見て僕は確信した。こいつ、恥ずかしかったんだな……と。



「それよりもさっきの揺れ。あれは確か、ゲートが消失する際の……」


「まさかの無視!?」



 エフィーが叫ぶが俺はあえて無視する。今はそれよりも重要な事を確認しなければいけない。


 迷宮を探索するのが僕たち探索者の役目だが、それとは別にもう一つやることがある。


 それは迷宮と呼ばれる異世界へ繋がるゲートを消すことだ。この方法は二つある。


 一つは時間経過による迷宮崩壊によって。もう一つは……迷宮主を倒すこと。後者が一般的なゲートの消し方だ。そして今、ゲートが消えようとしている。


 このゲートが開かれたのは2日前だ。ゲートが消滅するのには1週間掛かるので、一つ目の方法ではない。


 消去的に二つ目の方法が取られたことになる。つまりたった今、迷宮主が倒されたことになる。……待て、まさか……! 僕は目の前にいるエフィーに視線を向ける。



「エフィー、君ってもしかして……」


「ん? 言っておらんかったか? 我がこの迷宮の主じゃ!」



 エフィーはドヤ顔で褒め称えよと言わんばかりの顔をしてくる。やっぱりかーーー!!! タイミング良すぎるもん!


 つまり、エフィーが僕と契約した事でこの迷宮主が倒されたと判断したわけだ!



「さぁ、早く入り口まで行くぞ主人!」



 そんな事を思案していると、エフィーが僕の腕を引っ張り急かす。慌てて僕もエフィーに無気力ながらも着いていくため足を動かした。


 ……あぁ、S級迷宮主と契約をしたなんて、僕はとんでもないことをしてしまった……! 具体的にどうなるとかは言い表せないが、とにかくやばいとだけ言っておこう!


 これが良いことなのか、悪いことなのかは僕には分からない。でも、僕を助けてくれたエフィーに敵意がないことは明らかだ。なら、僕はそんな彼女を信じてみたいと思う。



「エフィー、引っ張りすぎだよ。ゲートが消えるにはまだあと一時間もあるんだから」



 僕は先に向かってしまったエフィーにそう叫ぶ。……そう言えばエフィーにはぐらかされたけど、契約の報酬と対価って、いったい何なんだろうか……?

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