第16話 ルッコラ誕生
そのキャラクターの名前は「ルッコラ」という。
命名したのはいぶきだ。由来は聞いてないけど、いぶきの分身となるべく生み出されたこのキャラには促音――小さい“っ”の事ね――が含まれいる事が似つかわしいように思う。
何事かをやり過ぎて、つんのめってる感じが。
当然、デザインもいぶきによるものだ。ラテン人らしい雰囲気で、髪の色、面差しともに濃い。それほどに優れた容姿の持ち主という設定にはしなかったはずだけど……普通に整ってるね。
これに関しては、いぶきの経験値の少なさが出た感じだ。何しろ、美形描く方が楽は楽だからな。それは、実際に描くときの問題でもある。
美形の方が描きやすいし、これから多く画面に登場するとなれば、やはりある程度の
衣装というか服のデザインについては、残されていた資料とネットの海を彷徨うことによって、十九世紀程のイタリア庶民の女性の衣服を何とかでっち上げることが出来た。
レース地の襟。パフスリーブ――では無いんだろうけど、上腕部が膨らんだ袖。で、エプロンと。
これで彩色になると、改めて別方向から資料を集めないといけないところだけど、モノクロになるのは間違いないし、トーンに頑張って貰おう。
ところで突然妹の名前が決まってしまったマリオだが、改めて読み返してみると、父さんがどういうポジションをマリオに与えていたのかが見えてくる。
まず、アンドレアとの交流がなくなったためにファビオの会話の相手として、フィーチャーされた部分がある。そして、ただ単にアンドレアの代役では無く、それでも尚、アンドレアの代わりでもある。
謂わば反面教師だ。
時にはファビオの積極性を上回る、言ってしまえば無謀な行動に出たりもする。そんなマリオを見て、ファビオが一端立ち止まる、という絡繰りだ。実際、父さんのネームでも半狂乱状態だしな。今までの描き方ならこうなるだろうとは思う。
だが、ここで僕はマリオを半狂乱にはさせないことを提案した。元々、将軍傘下の一団の中で、ファビオグループの副リーダー的なポジションであるのだから、ここで半狂乱にする選択と、懸命に動揺を抑える選択と。
どちらであっても説得力はでてくるのではないか?
それにプラスするのが、一旦はボツにしたいぶきのネームだ。あの足の裏を中心に据えた、思い切った構図のネーム。僕はそれを活用して、ファビオが撃たれて混乱する情景をさらに描写することを提案した。
主役以外が目立ちすぎることでボツになったネームだけど、こういう演出で、逆に“主役不在”の混乱を描けるのではないかと考えたわけだ。
その混乱の中で、マリオは指導者的に立場になりながらも、やっぱり心の奥底では追い詰められている――マリオ一人だけをフィーチャーするつもりはないけれど。
そして、この混乱ぶりをルッコラはマリオからの手紙で知ることになる。その手紙において、ファビオが度々口にしていたアンドレアに助けを求めたいことを、マリオは匂わせる。
それを察したルッコラは無茶でも何でも――何しろ相手は貴族だし――アンドレアに連絡を取ろうと考える、という展開だ。
これを逆に考えると、ファビオが危機に面している可能性があったとしても、アンドレアは動こうとしなかった、ということになるわけだが――実はこちらの方が、僕が思うアンドレアに近い。
要するに、僕ならばファビオの危機であっても動かないということだ。
何しろかつての親友とは言え、すでに袂は分かたれている。そして物語が始まった頃と違って、二人すでに少年とは呼べない年齢でもあるのだ。
つまり双方とも立派に成人した男同士であるのに、ここで安易に手を貸すのは、何よりもファビオを下に見ていることになるのではないか?
ファビオの決断を尊重するのであれば、例えファビオが死と直面していても、手を差し伸べるべきではない――アンドレアはそう考える。
……この辺り、僕も“アンドレア”との区別がつかなくなっているのだけれど。
アンドレアの行動も、随分父さんと話し合った。名にしろ僕の基本方針は「動かない」だったのだから。叔父の助けになるからと言う「建前」でとりあえず行動させるように父さんには説得された。
それなら確かに、アンドレアも動くだろう。マリオが半狂乱になるか、動揺を抑えるか、どちらを選んでも説得力があったように、この時のアンドレアの行動については――それでフレキシブルに動かすことが出来るんじゃないだろうか?
父さんとの議論に辟易していた、なんて理由も確かにあったのだろうけど。
稲部さんと導き出したラストまでの筋道から考えると、父さんとしてはクライマックスに向けて、アンドレアには何としても動いて貰いたかったに違いない。
僕の抵抗で、さらなる“理由”が必要になるな、と考えていた可能性はあるのだけど。もしかしたら、それが「ルッコラ登場」と同じような展開の可能性もあるのではないか?
さすがにこれは言い訳……というか、予防線だな。
そんなわけで“続き”のネームとしては、まずファビオを失うかもしれない――実際、失ってしまうマリオたちの混乱ぶりを描く。そして、それがもう一つの島で倒してしまった王国の生き残り――別に後付けになったわけではなく、最初からそういう設定――の仕業だと判明してからの後始末と、同時に今までの自分たちの行動に疑念を抱かせる。
それは即ち、将軍の振る舞いに戸惑う始まりとなる。もともとファビオという急進派を通してしかマリオは将軍と接していなかったのだから、これは当然の展開だろう。
となるとルッコラに宛てたマリオの手紙には、アンドレアに救援を求めるだけでは無く、もっとわかりづらい、混乱した内容になるのではないだろうか?
それは、
「兄が自棄になって無謀な戦いに身を投じるのではないか?」
そういう恐怖をルッコラは――いや焦燥感に似たものを感じさせたのではないか?
『……どういうラストになるかは見えてこないけど、この展開はありだと思う』
ファン代表であるところのいぶきから、合格点を貰えた。
いや合格点も何も、いぶき自身と何度も話し合い、テキストでも、ネーム状態でも話し合った結果だ。当然合格になるだろう。
「うん。前にも話したけど、このアンドレアの方が僕は納得出来る」
それでも僕は、いぶきの評価に胸をなで下ろす。それつまり――
『それでも、これじゃどうにもならないわ! アンドレアが全然動こうとしないじゃ無い!』
「う~ん、どうしてもね」
――僕たちは高い壁に阻まれてしまっていたからだ。
いぶきが合格点を出した事は、つまり壁の高さを受け入れたと言うことで、ここから先は
『朋葉さんも考えてよ!』
「ここで僕が考えると話がおかしくなるだろう?」
いつものように促音を思わせるつんのめり方で、いぶきが訴えてくるが、ここを譲るとやはり“無難”に落ち着いてしまいそうな気がする。
出来レースになってしまう、と言うべきか。
『――全部とは言わないから。接点を考えて! 今の状態だと、ルッコラが訴える事も出来ないじゃ無い!』
「そこを何とか考えるのが……わかった」
ディスプレイの向こうのいぶきの形相がとんでもないことになっていた。ネットを通じて、殺意が物理的な力を持ちそうな勢い。
さてこの壁は突破できるのか。
自縄自縛――では間違いなくあるね、うん。
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