レオとジャヴェール

SAYURI

ジャヴェール

子供は、生まれる前に自分の母親を選ぶという話を聞いたことがある。


だけど僕はそんなのは嘘っぱちだと思う。


子供を育てる資格もないどうしようもないクズの大人たちが、子供を産み落とした言い訳に考え付いたに違いない。


自分の判断ミスやだらしなさを、生まれてきた子供に責任転嫁しているだけだ。まだ生まれてもいない、細胞すら存在していないものが、自分の母親を選べるわけがない。


何を好んでアバズレ女の腹に宿るだろうか。父親に関して言えば犯罪者だ。一緒にいた母親も逮捕されて刑務所の中で僕を産んだらしい。生まれた後、僕はすぐに施設に預けられた。母親の顔すら知らない僕には、親が恋しいという気持ちすら芽生えることもなかった。


小さい頃から大人たちにさんざん言われた


「生まれた時からお前は不憫な子だ。」


という言葉が、自分の未来を暗示するようで恐ろしかった。


僕はその恐怖から逃れるために、小学校に入る前から毎日必死に勉強をしてたし、運動をたくさんやって身体を鍛えた。施設の先生がそうすると立派な大人になれると言っていたからだ。


11歳になった今は、学校でトップの成績と、他の子よりもがっちりとした身体と、学校の中での地位を手にしていた。何年か前まで僕を刑務所生まれだの親がいないだのと馬鹿にして虐めていたやつらは、もう僕と目を合わせることすらできなくなっていた。立場が逆転はしたけれど、僕は彼らを虐めたりはしない。それは弱く愚かな人間のやることだ。僕がそうしなくても、彼らはいずれ罰を受ける。


この世界は、悪人が幸せになることは決してあってはならないのだ。


先生が言った通り、毎日の努力で立派な大人になれるのかもしれない。ある日僕は教会で神父様から「ジャヴェール、お前は本当に賢い子だな。きっとたくさんの人を救えるようになるだろう」と褒めてもらった。それから毎日毎日お祈りを欠かさなかった。そうだ、僕はきっとたくさんの人を救うことができる。神様、どうか僕をもっと強い人間にしてください。これからも絶対に嘘もつきません、悪い奴がいても見て見ぬふりなど絶対にしません。だから、どうか僕にもっと力を。


お祈りの時間が終わった後、ふと、隣にいたレオに


「レオ、君はいつも神様に何をお祈りしているの?」と訊いてみた。


レオは僕と同じ孤児院にいる同じ歳の友人だ。同じ歳だけれど、僕と違って痩せていて色白で女の子みたいなやつだ。


「僕はいつも同じさ。毎日こうやって我慢をしますって。人にぶたれてもね。とにかく毎日毎日神様にお祈りしてお礼を言う。生きていることに感謝しますって。そして月に一度お願いをするんだ。」


「どんな願いなんだい?」


「それは、ママとまた暮らせますようにってさ。」


「君はママが大好きなんだな。」


「うん、そうだね。」


「レオは頑張っているから、きっと大丈夫だ。また虐められたら僕に言うんだぞ。」


「ありがとうジャヴェール。でも、大丈夫さ。君にばっかり頼っていても、僕が変わらないと意味がない。大人になってもジャヴェールが僕のそばにいるわけじゃない。僕は僕で、強くならないと。」


「そういやあ、君は全く泣かなくなったな。強くなっているんだ。」


「ジャヴェール、君なんかは最初から強いじゃないか。」


「僕は強いんじゃないんだ。楽しかった思い出がないだけさ。君が泣いていたのは、幸せな過去と現状を比べているからだよ。何かを失ったり、絶望したり。僕にはそもそもそんなものがないだけさ。だから、最初から泣かないんだ。」


「そうか・・・なら、これから一緒に楽しい思い出を作ろうよ。なあ、僕と友達になってほしいんだ。」


「何言ってんだよ、僕はとうに君と友達のつもりだったよ。」


「そう言ってくれて嬉しいよジャヴェール。僕は、君に助けられてばかりだったから友達なんて言うのはおこがましい気がして・・・」


「レオ、友達を助けるのは当たり前のことだ。それに、君も僕を助けている。」


「僕が君を?」


「そうさ。こうしてたくさん話をしてくれている。僕には、普通に話してくれる友達がいないんだ。みんな僕にはよそよそしい。」


「それは・・・正直気持ちはわかるな。それには理由がある。」


「え?教えてくれよ。何をどうしたらいいんだ?」


「簡単だよ、こうやるのさ。」


レオはジャヴェールの口の端を両手でグイッと持ち上げた。


「ははは、ほら。こうするといい顔だ。僕も初めて見たよ、君の笑った顔を。なかなかハンサムだよ。」


「なんだよ、からかっているのか?」


「そんなわけないよ。みんながよそよそしいのは君がいつも仏頂面だからさ。君は頭もよくて体も強い。だから周りの子は笑ってくれないとちょっと怖いんだよ。だから、これからはこうやって、自分で無理にでも口の端を上げると良い。」


「そうなのか・・・ああ、でも僕は無理に笑いたくない。だから、やっぱりこのままでいいよ。」


「まあ、その仏頂面が君らしくもある。なあ、今度勉強を教えてくれよ。」


「もちろんだよ。」


僕は同じ歳の子には馴染めなかったが、レオと話すのだけは楽しかった。毎日のようにレオといろんなことを話した。勉強を教える時もあったし、時には答えの見えないことを二人でずっと語り合った。


雲の大きさや虹の形について。女の人の匂いについて。学校で一番怖いバンディ先生のシャツの変な柄について。お金や犯罪について。将来について。


二人とも「教師になりたい」と言った時は驚いたな。


レオと話していると話題が尽きることがない。いつまでもこうやっていたいと感じる。


僕は上手く笑えないけれど、それでいい。レオ、君が笑っている顔を見ていたらもう十分に満足なんだ。


こんな関係をなんていうのかな。なんでも話せて、心が落ち着く友人のことをだ。


 


辞書には「親友」と書いてあった。


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