ぼっちで真面目なゴーゴンちゃんは加護が欲しい

はらくろ

第1話 あたし、ぼっちだけれど、たくましく生きてます。

 この世には、魔族の住む魔界と、人族の住む人界があります。

 魔界、人界ともに、それぞれの外れに位置する、いわゆる辺境とも言える場所にありながらも、なぜか栄えている国がひとつずつありました。

 それは、魔界側にあるメルディアという国と、人界側にあるエルドという国です。

 両国は、人族と魔族という垣根を越えて、交易や交流を行っています。

 本来ならば、共に辺境伯領となり、争い事が起きていてもおかしくはありません。

 過去にはそのようなことがあったと教えられましたが、現在は良好な関係を築けているのです。


 両国の間を取り持つように、挟まれて存在する境界都市リターグ。

 この都市そのものが、メルディアとエルド、双方への出入国を管理する境界ゲートになっているのです。

 魔界と人界は、このリターグを介さないと行き来できない約束が交わされています。

 リターグを通らない密入国を行った者には、とても重い罰則が科せられることになっているのです。


 この二国を定期的に行き来する者たちは、主に交易商人ですね。

 商人たちが、両国から持ち込まれた商品を並べて商いをする店も、ここには沢山あります。

 彼らとは別に、便利屋というか、何でも屋というような存在。

 探索者と呼ばれる者たちが、交易商人と同じように行き来する資格を得ていました。


 あたしは今、人界側の国、エルドへ向かうための入国審査の列に並んでいる真っ最中。

 首から覗く、薄い楕円状のプレートをさげた、組紐をかけているあたしも、そんな探索者のひとりです。

 今日はとても暑いです。


「(炎天下の中、並んだ並んだ。やっとあたしの番が回ってきましたよ……)」


 あたしはいつものように、指先でプレートをつまんで、境界を守る衛兵に見せます。


「ん、これ」


 衛兵は探索者である証拠のプレートを確認すると、すぐにあたしから目をそらして、横を向いて手で『さっさと行け』と促します。

 あたし、いえ、あたしの種族は人々から敬遠されているようで、誰もがこんな感じです。


「(だから、いつものことなのです……)」


 現在通っている学校の、同じ学年の女の子たちと比べて、あたしはあまり大きな方ではありません。

 兄から手ほどきを受けた鍛錬方法を続けているので、身体は丈夫で引き締まっていると思いますけど。

 あたしは今、巨大な盾を背負っています。

 それは、肩口から膝の裏あたりまであって、かがんで盾をかざせば、あたしの身体をすっぽりと隠せるほどの大きさはあります。

 腰には、革製の握り手のついた、長い柄の先にあるのは鎚。

 拳の倍はありそうな、鋼鉄製と思われる鎚がついています。


 あたしは鎧をつけていません。

 いつも着ているこの丈夫な布の服と、この立派な盾があれば、今のところは十分なのです。

 これから依頼を受けた、魔物の退治に行くわけですが、あたしの進む前にも後にも、仲間だと思われる人は、いるわけがありません。


「(だってあたし、ソロぼっちなんですもの)」


 あたしの髪は、闇のような漆黒で長くて、若干太めの毛質。

 その先には、よく見ると小さな目と口のようなものがついているんです。

 あたしたちの種族は、自らの意思で、『むむむむむー』って念じると、髪を動かせます。


 髪を洗って軽く乾かしたら、ちょっとだけ動かして、手を使わずに三つ編みにできるので便利ですね。

 実はこれ、動かしすぎると少しだけ疲れます。

 でも、お料理をするときなどは、ちょっとした器なんかを、ひょいと持ち上げたりするのには、とても便利なんです。


 紅い瞳を持つあたしは、ゴーゴンという、この国でもとても珍しいと言われる魔族です。

 メルディアにも、エルドにも、リターグここにも、同じ種族の人はいないかもしれません。

 少なくとも、あたしは会ったことはありませんし。


 ちょっと切れ長で、それでいて少し垂れ気味なその眼も、あたしは気に入っているんです。

 ですが、他の種族の人や、人族の方たちには、瞳の色で怖がられてしまうようです。

 すれ違っただけで、振り向いて見直してしまうほど、目を引く容貌を持つ人がいれば、すれ違っただけで、目を合わせるのが怖くなるほど、目を引く様相を持つ人もいます。

 あたしはどちらかというと、後者なのかもしれません。

 なにせ、紹介所ギルドの受付の女の子ですら、あたしと目を合わそうとしないんですよ。


「(そんなにこの眼が、怖く見えるんでしょうか……?)」


 小さなころに母は、『気にしなくてもいいわ。あなたはこんなにも、可愛らしいのだから』と、言ってくれました。

 ひとつ上の姉も、二つ上の兄も、こんなあたしの眼を可愛いと褒めてくれるんです。

 だからなるべく、気にしないようにしています。


 三人兄妹の末っ子なあたしは、家を継ぐこともできません。

 外で働くことが決まっていたあたしは、初等部からメルディアにある学校に通わせてもらっています。

 あたしの家は、それほど裕福ではないのを知っていました。

 学費を捻出するのも、本当はきついのを知っていたんです。

 家を継ぐ兄も、嫁ぎ先の決まっていた姉も、無理をしてあたしを送り出してくれたのを、知ってしまったんですね。


 そのため、遠い故郷から離れて暮らすあたしは、兄の知り合いの宿屋の給仕をして、お小遣いを貯めて、少しずつ母に学費を返していたんです。

 宿舎にかかる費用は、学費と一緒に持たせてくれたのですが、宿屋の屋根裏部屋が空いていると聞いて、そこに引っ越すことで浮かすことができました。

 その分多めに、母に返すことができているかと思います。


 朝昼、晩ご飯まで、賄いがつくこの宿屋では、お金を使うことがありません。

 何故かって?

 もちろん、お友達がいないからぼっちだからに決まってるじゃないですか。

 放課後や休みの日のお付き合いに、お金を使うことがないんです。

 こんなに節約できるなんて、嬉しいことじゃありませんか?

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