第160話

 ちょっとコイツいきなり何言ってんの?巫山戯るのもいい加減にしなさいよ!対価の代わりに鉄拳制裁でも喰らわせてやろーかしら…


「よし分かった。ボクがやるよ」


 そのときケータが屈んだまま、ベルから視線を逸らさずニッコリ笑って頷いた。


「ちょっとケータ!」

「ケータくん!」

「ケータお兄ちゃん!」


 私はケータの胸ぐらを掴むと、強引に立ち上がらせた。サトコとルーも、ケータの腕をそれぞれ掴む。


「ケータ、冗談でも言っていいコトと悪いコトがあるよっ!」


 ケータにこれ程の怒りを向けたのは初めてかもしれない。それなのにケータは、とても優しい笑顔で私を見てきた。


「ゴメンな、皆んな」


 そう言ってケータは、私たち3人を「ギュッ」と抱き寄せた。


「このまま何もしなかったら、結局皆んな死んでしまうんだ。だったら…」


「それは、そうだけど…だけど!」


「こんなの誰を選んでも、絶対後味が悪いんだ。だったらベルと契約してるボクがやるのが、一番筋が通ってる」


「そんなの絶対ダメよ!」

「ケータお兄ちゃん、考え直して!」


 サトコとルーが叫びながらケータにしがみつく。私だってそんなの絶対に嫌だ!


 私は思わず周囲に顔を動かすと、ショウの所で視線が止まる。しかし次の瞬間、私の視線を遮るようにアリスが立ち塞がった。その瞳に宿る決意は固い。


 分かってる、分かってるんだ!アリスだってケータを犠牲にしたいなんて思ってないって…


 だけど、だったら私たちはどうすればいいの?


 それからケータは私たちから離れると、ベルの元に歩み出た。私はケータの背中に右手を伸ばすが、そのまま空中で拳を握りしめた。


 ここで私が名乗り出たとしても、きっとケータの決意は変わらないんだろうな…


 私たちはこのまま黙って、ただ見送るコトしか出来ないの?


「ボクを使ってくれ。どうすればいい?」


「ちょっとアッチで待ってて」


「分かった」


 ベルが異界の門を指差すと、ケータはゆっくり歩いていった。


 私は無意識にサトコとルーと手を繋ぐと、無言で唇を噛みしめた。


「ケータ!」


 そのときショウが不意に声を上げた。


「お前、本当にいいのか?」


「ショウ、後のコトはよろしくな」


 ケータの屈託のない笑顔に、ショウはそれ以上何も言わなかった。


『あーあ、なんか簡単に決まってツマンナイな』


 なんかケータの後ろを歩くベルの声が聞こえた気がした。気のせい…かな?


 それからベルは門の前でケータを座らせると、ケータの頭の上に自分を手を置いた。


 その直後、サトコとルーの握り返す手に強い力が伝わってきた。ふたりとも目に涙を浮かべながら、視線を逸らさず真っ直ぐケータを見つめている。


 私たちは自分の気持ちに整理がつかないまま、ただ黙って流れに流されることしか出来なかった。


「ああっ!大変だ!」


 そのときベルが驚いたように大きな声を上げた。


「ケータさん一人分では力が足りない!」


「お、おい、ベル?」


 ケータが慌てた声をあげて、ベルを見上げた。


「スキルの効果が強大すぎて、魂がもう一人分必要です。ちょっと予想外でした」


 ベルが「テヘ」と笑って、自分の頭を右手でコツンと小突いた。


 固唾を飲んで見守っていた私たちも、あまりの展開に開いた口が塞がらなくなった。


 え…一人じゃ足りない?


 つまりもう一人生贄が必要ってコト?


 な…なんじゃそりゃー!!

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