第155話

 ボクたちが長い階段を下りると正面に大きな扉が現れた。見上げる程の大きさだ。先頭にいたショウが扉を押してみるがビクともしない。


「待ってたよ」


 ショウが諦めてコチラに振り返ったとき、急に何処からともなく声がした。少年のような声だった。


 その声と同時に目前の扉が自動で開く。すると50メートルプールくらいありそうな部屋の中心に、小学生くらいのひとりの男の子が立っていた。


「僕はカズヤ、この世界を救う勇者だよ」


 少年はあどけない笑顔で「ニッ」と笑った。正直驚いた。この子は日本人だ。


「世界を救う勇者が、なんでこんな奴らの味方をしてるんだ?」


 ショウがカズヤを「ギロリ」と睨む。


「それはコッチのセリフだよ、お兄さん。平和だった魔族の国に侵略してきたのは人間の方なんだ。僕は人間だけど、魔族だからって差別しない。勇者として悪い人間と戦う」


「それは違います!」


 アリスが声を張り上げた。


「魔族が人間を滅ぼそうとしているのです!」


「僕、お姉さんのこと知ってるよ」


 カズヤがアリスを冷めた瞳で見つめた。


「侵略者のお姫さまだよね。そんな人の言うことなんて絶対信じない」


「そんな…」


 アリスが言葉に詰まって絶句する。


「おい、坊主」


 ショウの声がいつもよりもずっと低い。コレ絶対怒ってる。


「いい加減にしろよ」


「あのね、お兄さん」


 ボクでもブルってしまいそうなショウの迫力に、カズヤが澄ました顔で応えた。


「侵略者の勇者は洗脳されてるから話を聞いちゃいけないって、お父さんたちに言われてるんだ」


「洗脳されてるのは、アンタじゃない!」


 ハルカが身を乗り出すように叫ぶが、サトコが前を塞ぐようにハルカを抑えた。


「お父さんたちって?」


 サトコが優しい声でカズヤに問いかける。


「魔族を護るために立ち上がった人たち。召喚された時、まだ子どもだった僕を育ててくれたんだ」


「……酷い」


 カズヤの返事を聞いて、サトコが悲しそうに口元を押さえた。


「酷い?」


 カズヤが不思議そうに繰り返した。


「そうです、酷いです!子ども相手に大人がすることじゃありません!」


 ルーが叫んだ。ボクだって皆んなと同じ気持ちだ。幼い子どもを洗脳して、自分に都合の良い駒に仕立て上げるなんて最低最悪だ!


「やっぱりお父さんたちの言うとおりだ」


 カズヤが納得したように笑った。


「僕を騙すためにお父さんたちを悪く言うハズだから信じるなって言ってた」


 カズヤのその姿を見て、ショウがボクの方に顔を向けた。ボクは小さく溜め息をついた。


「仕方ないか、カズヤくんには悪いけど…」


「次は力尽くだよね」


 そう言われてボクはドキリとした。そんなボクを見て、カズヤがドヤ顔になる。


「コレもお父さんたちが言ってた。僕が正義の心を無くさなければ、次は暴力を振るうって」


 カズヤは「ヘヘッ」と笑うと、スタスタと部屋の奥へと歩いていく。その先には大きな門のようなモノがあった。ベルの言ってた魔法道具かもしれない。そしてその横には黒いタンスみたいな四角い箱が置いてあった。


「だけど僕は勇者だから、お兄さんたちも助けてあげたいんだ」


 カズヤは黒い箱の横に立つと、撫でるようにその箱に触れた。


 そのとき黒い箱の真上の天井が開いて、上から鳥かごのような檻が下りてきた。中には大人の男性が3人閉じ込められている。


「カズヤ、コレは一体どういうつもりだ!」


 檻の中の1人が喚くようにカズヤを怒鳴りつけた。


「竜鬼兵の起動にちょっと生命を使うだけだよ」


 カズヤがなんの抑揚もなく、そう言った。

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