第128話

「さてと、シャワーでも入るかな」


 少し変な空気だけど話も一段落ついたので、ボクは席から立ち上がった。


「ケータお兄ちゃん、それは私がやっとくよ」


 自分の使ったコップをさげようと手に持ったとき、ルーが声をかけてきた。


「いつもアリガトな、ルー」


 ボクがルーの頭を優しく撫でると、「お安い御用だよ」と嬉しそうに笑った。くー、ホント可愛いなコイツ。


 それから二階のクローゼットから着替えを持ってきて、脱衣所に入ろうと扉を開けたとき、急に後ろからドンと突き飛ばされた。


 トトッとつんのめって2、3歩よろめくと、背後で扉が閉まり「カチリ」と鍵を掛ける音がした。


 焦って振り返ると、そこにサトコが立っていた。


「サ、サト…ムグッ」


 驚いて声を出そうとした瞬間、突然口を塞がれた。目の前に真っ赤な顔のサトコのドアップ、唇には柔らかな感触。ボクは目を見張ったまま硬直した。


「ケータ、なんかあった?」


 外からハルカの声が聞こえてきた。しかしサトコのキスは継続中、背中に回された腕で強く抱きしめられ、そのうえサトコの胸のボリュームに頭が完全にショートしていた。


 しばらくしてハルカの離れていく足音が聞こえた。それでもボクは解放されず、どれくらいの時間がたったのだろうか?ずっと背伸びをしていたサトコの踵が床につくと、自動的にサトコの唇が離れた。


 しかしサトコはまだ離れない。ボクの肩に自分の額をのせるように押し付けると、背中に回す腕に更に力が入る。


 サトコの温もりに、柔らかさに、甘い匂いに、ボクの全身はフニャフニャになって全く力が入らない。


 そのときサトコが、ボクを押し出すように前に進み始めた。ボクは後ろ歩きでヨタヨタと歩くと、何かにつまずきストンと座らされる。脱衣所にひとつだけ置いてある椅子だった。


 間髪入れず、サトコが向き合う形でボクの膝の上に座った。少しだけ、サトコの方が目線が上になる。


「ケータくんはちゃんと分別のある大人だよね?」


「え?」


 サトコはボクのおデコとおデコをくっ付ける。超至近距離。目がグルグル回って、何がなんだか分からない。


「ケータくんの全てを私が受けとめる。私の全てをケータくんにあげる。だからっ!」


 サトコは再び唇を合わせた。今度は濃密なキス。ボクの中に侵入してきたサトコの舌が、ボクの舌に絡みつく。これヤバイ…メッチャ気持ちいい。ボクは今日、ここで死ぬかもしれない。


 そのとき脱衣所の扉がドンドンと激しく叩かれた。


「サトコ!ここにいるんでしょ!」


 ハルカの怒鳴り声が響いてくる。


「残念、気付かれちゃったか」


 サトコは立ち上がると、ペロッと舌を出した。ボクは座り込んだまま呆然とサトコを見上げた。


「ケータくん、どこに出しても、誰に見せても恥ずかしくないのは絶対私だよ…覚えておいて」


 そう言って「チュッ」と軽い口づけをかわす。


「どいてください、ハルカさん!こうなったら鍵を壊します!」


 ルーの過激な発言が出たところで、サトコが扉の外に出ていった。扉を閉める直前に振り向いたサトコの可愛い顔が目に焼き付いて離れない。


「サ、サトコ!アンタ、中で何してたのよ!」


「何もしてないって」


「だけどサトコさん、火照った顔でイヤらしい感じがします!」


「しようと思ったけど、二人が邪魔するから出来なかったのよ」


「ア、ア、アンタよくもそんなコトが言えるわね!この…い、淫乱!」


「サトコさん、今日はケータお兄ちゃんの横で寝るのは禁止です!」


「それは、イヤ!」


 3人の声がだんだんと遠のいていくのを聞きながら、ボクはしばらく動けないでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る