第十章 彼女の切り札

第125話

 私たちはリース領に戻りケータの無事をファナさんに伝え、アリスとショウは王都に戻っていった。なんでも瞬間移動でひとっ飛びだとか、ホント羨ましい…


 そのあと自宅に戻ると、ケータが「買い物するの忘れてた」と思い出したように呟いて、出かけていった。


 もうお昼も過ぎて夕方に差し掛かっていた。お昼抜きでお腹も空いてたけど、夕食まで我慢することにする。


 私たち3人は食卓を囲んで、真剣な表情で向かい合っていた。ケータの外泊した昨夜の案件について、議論しなければならない。それとなく本人に確認してみたが、やはりと言うべきか覚えていないようだった。


 そこで重要な参考人を召喚することにした。


 屋根の上でくつろいでいるカリューを、アプリで無理矢理呼びつける。


「ごめんね、カリュー。昨日の晩のケータくんのこと、教えてもらってもいい?」


 サトコがカリューに証言を求めた。


「特に問題はなかったぞ。いつもどうり寝ていただけだ」


「あ、そうなの?なら、良かった…」


 思わず「ホッ」とひと息ついた。ベルのあの勢いだと最悪の想像が何度も頭をよぎったけど、とりあえず一安心。


 サトコも「ふぅー」と長い息をはいた。私が捲し立てたから、少し責任感じてたのかも…


「ちょっと待ってください」


 ルーはひとり、何故か厳しい表情を崩してはいなかった。


とは、どういう状況ですか?」


 ルーは突き刺すような視線でカリューを射抜く。


だ。人間の雌と寄り添って、乳房に顔を埋めていたぞ」


 一瞬の沈黙の後、私は勢いよく立ち上がった。


「カリュー、アンタそれを黙って見てたっての?」


「何か問題だったか?」


「何か問題だったか?」だと、クソー!このトカゲ風情に大きな期待をした私がバカだった!


 ……いや違うか。そもそもドラゴンに色恋の機微を理解しろって方が無理なんだ。まぁそれ以上のことは起きてないようだから、なんとか気持ちを鎮めようと努力する。


 そのときサトコが、椅子から降りてカリューのそばに膝をついた。


「カリュー、次からは以外がそんなコトしたら焼いてしまって構わないから」


 物騒なコトを言う。


「ちょっとサトコ、そこは以外でしょ!」


 私はサトコの肩に手を置いて、無理矢理コッチに振り向かせる。


「いいえ以外よ。カリュー覚えておきなさい」


 しかしサトコの深淵のような瞳には、私は映っていなかった。


 う、嘘ーん。また闇サトコになってらっしゃる…


「カリューも大変ですね」


 ルーがカリューの頭を優しく撫でる。しかし当のカリューは、まるで他人事のように「クワッ」と大きく欠伸をした。


   ~~~


 私たちが晩ご飯の用意をしていると、ケータが買い物から帰ってきた。さっき届いた通知によると、12,000リングくらい使ってた。一体何を買ったんだろう?


 今日は何だか色々あって大変だったから、ルーが「とっておき」の材料を使って豪勢にいこうと決めた。話を聞いてると、どうも「すき焼き」ッポイ。


 すき焼きって良いよね!あの日常とは違う特別感がたまらない。それにケータも小さい頃から「すき焼き」には目がない。


「おお!すき焼きじゃんか!」


 ケータもどうやらご満悦のようだ。


 皆んなでワイワイお鍋を囲んで、皆んなで暮らし始めてから初めての贅沢を存分に楽しんだ。


 食後の後片付けは、何故かルーが一人でやりたがるのでお任せする。この時間はいつも、ルーの入れてくれたお茶を飲みながら、のんびりくつろぎタイムになっていた。


 そのときケータが小さな紙袋をひとつ、コトンと食卓の上に置いた。位置的には、私の目の前。


「え?」


 私は思わずケータの顔を見た。ケータが少し照れ臭そうな顔でコチラを見ていた。

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