断章 3

第110話 番外編 15

 ファナは再び、キーリン家の使者の訪問を受けた。リンスに連れられ応接室に向かう。


(まさか、また…か?)


 ファナが応接室に入ると、黒縁眼鏡の少年と白い外套に身を包んだ女性が待っていた。リンスが退室したのを見計らって、女性がフードを外す。輝くような銀色のボブヘアーがサラリと揺れた。


「ちゃんと許可を貰って来ましたか?」


「どうでしょうね?」


 ファナの質問にアリスが笑って答えた。その清々しいまでの笑顔に、ファナは思わず溜め息を吐いた。


「ここに来るときは公式の用事ではありませんので、許可を取りにくいのです」


 当然、そうだろう。キーリン家の王女さまともあろう方が、アポなしで来るなんて普通はあり得ない。訪問の理由が事前に通知されて然るべきである。


 そしてこの「ショウ」という少年、毎度毎度彼らの留守を見計らったかのようにやって来る。少々気の毒になってきたな…


「それで今日は、どのようなご用件でしょうか?」


「まずは、情報…ですね」


 アリスの表情がスッと引き締まった。


「あまり公には出来ませんが、シシーオ家で捕らえていた敵性勇者が逃亡しました」


「え?」


「牢の鍵が開け放たれていましたから、何者かの手引きがあったようです」


「シシーオ家の警備を、そんな簡単に…」


 ファナは絶句した。


「後日、首のない警備兵の死体が街の裏路地で発見されました。身分証により身元は判明したのですが、検死結果の死亡時期と同僚による目撃情報の時期が合わないのです」


「誰かが…成りすました?」


 ファナが独り言のように呟く。アリスはファナの方を見ながらゆっくり頷いた。


「死体の偽装もあり得ますが、ソッチの方が可能性が高いと思います。その上、最後の目撃情報は地下施設の付近でした」


「辺境のスパイ…ということですか」


「どういう能力かは分かりませんが、向こうの勇者の仕業かもしれません」


 アリスが厳しい表情を見せた。


「憶測は置いとくとして…」


 ずっと壁際で傍観していたショウが、ここで口を挟んだ。


「隠密勇者が再び世に放たれた。俺も体験したが、アレは厄介なスキルだ」


「聖騎士殿でもか!?」


 ファナが思わず声を張り上げた。ショウも自嘲気味に笑う。


「そうだな、あのスキルに対抗できる手段は、今の俺にはない」


「だから手伝ってほしいの!」


 アリスはにこやかに微笑むと、ファナに「ジリッ」とにじり寄った。


「な、何を…でしょうか?」


「いるんだろ、ここに?その隠密勇者を捕まえたヤツがさ?」


 ショウの鋭い視線がファナを射抜く。ファナの首筋を冷や汗がツーと流れ落ちた。


「ファナさま!」


 そのとき、応接室の扉が「バンッ」と勢いよく開け放たれた。飛び込んできたのはリンスだ。


「こ、こらリンス!お客さまの前だぞ!」


「す、すみません」


 リンスはアリスとショウに頭を下げるも、焦ったようにファナに駆け寄り耳打ちをした。


「か、彼らが戻ってきた!?」


 ファナは仰天して声を張り上げた。

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