第77話

 アインザームの言う通り、コンビニ前でハルカの姿を発見した。深緑色のスリムなワンピースに白のスラックス姿の3人の女性と何かを話しているようだった。


「ハルカ、知り合いか?」


 ボクはハルカに近付きながら声をかけた。


「あ、ケータ」


 ハルカがこちらに気付いて駆け寄ってきた。3人の女性は何も言わずに寮の中に帰っていく。


「良かったのか?」


 ボクは彼女たちの後ろ姿を見送りながら、ハルカに確認した。


「いーのいーの!」


 ハルカはさも嬉しそうに笑った。なんか違和感。友達じゃなかったのだろうか…


「ケータはどうしたの?」


「喉が渇いたんで、飲み物を…」


「付き合うよ」


 ボクらは並んでコンビニに入ると、それぞれ飲み物を購入した。それからコンビニ前で栓を開ける。


 ハルカとは久しぶりの二人きりだ。ここファーラスに来てから初めてかもしれない。


 緊張する…


 何を話したらいいのか分からない。家では2人きりなんてしょっちゅうあったのに、どうやって接していたのか全く思い出せない…


 何も気の利いたことじゃなくてもいいんだ。くだらない雑談でもいい。ただハルカと話がしたいだけなのに、全く頭が回らない。


「ケータ、元気なかったから心配してたんだよ」


 ハルカが話しかけてくれた。しかもどうやら心配をかけていたようだ。自己嫌悪に襲われる。情けない兄でホントすまない。


「悪い悪い。部屋帰ってベッドの上でまばたきしたらさー、2時間経ってたからメッチャ驚いた」


「何それ?それは『まばたき』とは言わないよ!」


 ハルカが「アハハ」と大笑いした。


「最初、タイムスリップを疑ったからな。いやマジで…」


 ボクも一緒に大笑いする。あー楽しい。あーあ、コレ、兄妹の感情じゃねーや…


 前代未聞の三股宣言の前に、念のため、ハルカに探りを入れてみる。


「ハルカさー、子どもの頃のこと覚えてる?」


 ボクは何でもないことのようにハルカに聞いた。


「ん…いつのこと?」


 ハルカがキョトンとした表情で質問を返してきた。そりゃまあ、当然だわな…


 ボクはハルカに気付かれないように、一度深呼吸をした。落ち着け、何でもない風を装うんだ。


「そうだなー。例えば、ハルカが2歳の頃とか…」


「え…2歳?」


 この場を沈黙が支配する。それが普通なんだと自分に言い聞かす。


 ボクは3歳だったけど「両親の死」という大事件以外は虚ろにしか覚えてない。2歳のハルカが覚えてる訳がないんだ。


「変なこと聞いて悪かったな。特に深い意味はないから気にしないでくれ」


 ボクは飲み終わった容器をゴミ箱に入れた。ハルカが不思議そうな顔でボクを見てくる。


 ホントは言うべきではないのかもしれない。こんな三股宣言、下手したら全員に総スカンもあり得る。特にハルカには受け入れてもらえないだろう。


 とはいえ「3人とも好きなんだ」これが今のボクの「本心」…。もし受け入れられなかったとしても、悪いのは自分だ、しょーがない。


 だけどここをハッキリ伝えておかないと、ボクはきっとパンクする。だから…決めたんだ!


「もう寝るわ。ハルカも早く寝ろよ、おやすみ」


 ボクはハルカに手を振ると、男子寮に向けて歩き出した。あー、地獄の沙汰を待つ罪人の心境て、こんな感じなのかなぁ…


「ケータ!」


 突然ハルカに呼び止められた。ボクは振り返るとハルカに胸ぐらを掴まれ、強引に引き下ろされた。


 ボクは目を見開いた。


 目の前に、瞳を閉じたハルカの顔…


 唇には、とても柔らかな感触…


 それはとても一瞬のことだった。


 次の瞬間には、胸のあたりをドンと突き飛ばされる。ボクはその衝撃に2、3歩後退った。ハルカはそのまま女子寮の方へ駆けていった。ボクが呆然と見送っていると、入り口付近で振り返る。


「私、覚えてる。全部覚えてる!」


 ハルカの声がボクに届く。


 え…覚えてる?何を?2歳の頃のことを?だったらハルカは知ってたのか?ボクらが兄妹じゃないってことを…


「おやすみ!」


 そう言い残し、ハルカは女子寮に消えた。


 ボクは自分の唇に無意識に触れた。


 今の、キス…だよな?


 顔の温度が急上昇していくのが分かる。


 ボクはどうやって自分の部屋に戻ったのか、全く覚えてない。ただ、それからは一睡も出来なかった。

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