第71話

 気付いてしまった…


 ボクはハルカのことも、サトコのことも、ルーのことも、皆んなのことが好きなんだ。


 だから、誰も手放したくない!


 最低だ。自分でもそう思う。アインザームのことをタラシヤローだなんて言ってる場合じゃない。


 しかも、妹でもあるハルカのことも好きだなんて…兄として終わってる。


 確かに異世界ファーラスに来て、ハルカの様子が前にも増して変わってきてる。でもそれは突然こんなところに放り込まれて、唯一の家族であるボクへの肉親の情が少し暴走してるだけなんだ。


 それなのにボクは…


 ボクたちが義兄妹じゃなければ、こんなことにはならなかったのだろうか…


 こんな感情、バレてはいけない。ハルカはボクが義理の兄だなんて知らない。「気持ち悪い」と軽蔑の眼差しが目に浮かぶようだ。


 サトコもルーも、ボクに好意を持ってくれてる。しかしそれは、極限状態からきた一時的な感情だ。


 無機質な部屋に、たった二人で取り残されたあのとき…


 オーガの窮地から命を救ったあのとき…


 これが恋だと勘違いするには充分な状況だ。


 なのにボクは…


 だけどだけど、言い訳だけはさせてくれ!


 今まで全くモテなかった人生で、ここに来て急にチヤホヤされたんだ。こんなの…


 惚れてまうやろーーー!


 ボクだって思春期真っ只中の男子高校生だ!


 自分が最低だとちゃんと自覚してる。だけど…分かってくれる同士が何処かにいると信じたい!


   ~~~


「隊内の一人でも自ら負けを認めるか、教官が続行不能を判断した場合が敗北条件となります」


 女性教官がルールの説明をする。見本演習に参加する4人は、その説明を聞きながら消魔壁の空間内に入っていった。空間を覆う透明な膜を、ポヨンと波紋を残しながら通り抜ける。本当に魔法以外は、簡単に通過するみたいだな。


「君たちがどのくらい出来るのか確認したい。臆することなく全力でくるといい」


「勿論そのつもりだ」


 教官の言葉にアインザームは前髪をかき上げながら爽やかに笑う。白い歯がキラリと光る。


「聞こえたかい、ハイライン?初めから全開だ」


「いいのだな?」


「ああ、構わない」


 アインザームは一瞬ボクの方を見て、自信に満ちた顔で笑った。対策を練れるのなら練るがいいと言われた気がした。


「始めてください」


 審判の教官の合図がかかる。


 その瞬間、教官チームの左右と後方に背丈を超えるほどの土壁がせり上がった。


「なに!?」


 教官たちに一瞬の動揺が走った。だけどボクが見る限り、それは本当に一瞬のことだ。流石は経験豊富な衛兵だけのことはある。


 しかしその一瞬が、命取りだった。


 唯一開いた前方の口からは、既に準備の終わったアインザームの無数の火炎弾が間断なく降り注ぎ始める。同時に巨大な大戦鎚を構えたハイラインが、一切躊躇うことなく炎の雨に向けて突進した。


 ハイラインが炎の雨の中に飛び込むと同時に、アインザームが火炎弾の魔法を中断する。教官たちの姿は爆煙に包まれたまま確認が出来ない。しかしハイラインは全く意に介さずに、爆煙に向けて大戦鎚を振り下ろした。


「そこまでにしてやってくれ」


 演習を見ていた、初めに挨拶をした壮年の教官が、静かな口調でそう言った。その人の足元に、演習で戦っていたハズの二人の教官が、グッタリと横たわっていた。


「アレは…転送魔法!」


 ユイナが驚いたように声を搾り出した。


「転送魔法?」


 ボクはユイナの方に向き直った。


「はい…。空間術士の特殊魔法です。あの教官はおそらく『空間把握』のスキル持ちだと思います。転送魔法はスキル持ち以外は使えないと聞いたことがありますので…」


 流石はこの演習を仕切っているお方。ただ者ではないな。全校集会で話が長いだけの校長先生とは違うという訳か。


 そして、アインザームたちも…


「俺たちの勝ちということでいいのだな?」


「そうだ」


 壮年の教官が頷いた。


 途端に周りから歓声が湧いた。主に黄色い声援だが…。こんなにファンがいるなら、ハルカとサトコに手を出さなくてもいいだろーが!


 しかし…、教官に勝っちまうなんて、ホント勘弁してほしい。

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