断章
第43話 番外編 1
書斎にノックの音が響いた。
ファナは机で事務処理をしながら、いつも通りに「入れ」と声をかけた。
「ファナさま、キーリン家の使者がお見えになってます」
現れたのはリンスである。
「キーリン家の?」
「はい。応接室でお待ちです」
「分かった、すぐ行く」
前を歩くリンスの姿を眺めながら、ファナは「何の用だ?」と首を傾げる。
リンスは応接室の扉をノックすると先に部屋に入り「ファナさまがお見えになりました」と頭を下げた。ファナが続いて入室すると、リンスは扉を閉める流れでそのまま退室した。
「待たせて悪かった、使者殿」
応接室にいたのは、キーリン家特有の軍服のような茶色の執務服を着た男女であった。しかし女性の方は、白い外套を羽織り、フードを目深に被っている。
「こちらこそ、突然の訪問、申し訳ございません」
フードをずらしながら、少女が応えた。輝くような銀髪のボブヘアーが姿を現わす。
「ひ、姫さま?」
ファナが素っ頓狂な声を出した。
「たった二人で、どうやってこんな所まで…」
言いながらファナは気が付いた。
「そうか…、転移の門」
転移の門とは、王宮にある大型の魔法道具である。登録してある任意の場所に一瞬で移動出来るという優れ物だ。さらに携帯式の専用の道具に信号を送ると、帰ることも出来るのだ。
「ええ、その通りです」
「しかし女王も、たった二人でよくお許しに…」
「もちろん、無許可です」
アリスが「テヘッ」と可愛く笑った。
「は?」
ファナが再び、素っ頓狂な声をあげた。
「だ、大丈夫…なのですか?」
「さあ?そのときは、そのときです」
あれれ?姫さまって、こんなお方だったのか?ファナはフラついて後ろにヨロけた拍子に、壁に後頭部をぶつけてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
アリスが驚いて声をかけた。
「あ、ああ、すまない。取り乱してしまった」
ファナは駆けよろうとするアリスに制止をかけ、軽く頭を振った。
「アリス、お前が悪い。あまり臣下に普段の姿を見せるものではない」
男がボソッとアリスをたしなめた。
「は、はい、そうですね、ショウ。気を付けます」
アリスがシュンとした。
普段の姿?いや、違う。ファナは記憶を遡った。
お見かけしたのはもう何年も前だが、絶対こうではなかった筈だ。となると、この「ショウ」と呼ばれた男が変えたのか……いや、本当のアリスさまを引き出したのか。
ファナは黒縁メガネの少年を、興味深そうにマジマジと観察する。ファナの視線に気付いたショウは、フイッと顔を逸らした。
「それで今日は、どのようなご用件で?」
ファナは話を戻した。
「ああ、そうでした!」
アリスは「パン」と手を叩いた。
そんな仕草を見ながら、ショウが「やれやれ」と溜め息をついた。
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