第37話

「頼むぜー。オレを愉しませろよー」


 男は再び、右手を天に向けた。同時に「炎の剣」が多数出現する。


「これなら、どーだっ!」


 男が右手を振り下ろすと、多数の「炎の剣」がボクたちに降り注ぐ。轟音とともに付近の木々や周りの地面が弾け飛ぶ。


「きゃあ!」


 サトコが耳を押さえて、その場にうずくまる。


「くうっ!」


 衝撃がハルカにも伝わるのか、短い呻き声を漏らした。


 ハルカの結界に護られた、ボクらのいる円形状の場所以外が、深く抉れて攻撃の威力を物語っている。


「ハッハーー!流石だなっ」


 男が愉快そうに嗤った。


「次だっ!」


 男は右手を天に向けた。多数の「炎の槍」が男の頭上に創り出されていく。


「ケータ、次は、ダメかも……」


 ハルカが弱々しい笑顔をボクに向けた。


 その瞬間、「ピキューン」と脳内を閃光が駆け巡った…ような気がした。


「カリュー、お前を5秒間だけ巨大化させる。アイツを全力で噴き飛ばせ!」


「承知した」


 ボクはカリューの写真の10倍アイコンをタップした。次の瞬間、カリューの姿が100メートルを越す巨体に変貌する。


「さあー、今度は耐えられるか……て、なにぃぃっ!?」


 男は突然現れた山のようなカリューに目を剥いた。


 カリューはすかさずブレスを噴いた。荒れ狂う1本の炎の濁流が男を呑み込んでいく。


「な、なんじゃそりゃあああぁぁぁーー……」


 男は炎の濁流とともに、空の彼方に消え去った。男の声だけが、木霊のように響き渡っていた。


 ボクはカリューを10分の1サイズに縮小させながら、男の消え去ったボーダー連峰の遥か彼方を眺めていた。


 あの様子だと、死んではいないようだ。信じられないくらいタフなヤツだ。


   ~~~


「こ、これが大型魔核…か。私も初めて見る」


 ファナが感嘆の言葉を漏らした。


 ボクらはファナの元に帰ると「銀狼」の討伐を報告した。その証拠として「魔核」の確認をしてもらったのだ。


「しかし、こうして魔核を目の当たりにしながら言うのもなんだが、にわかには信じられんよ。本当に倒してしまうとは……」


 ファナがマジマジとボクらを見てくる。アチラの「勇者」に遭遇したことは、言わない方が良いかもしれない。


「ケータ殿に頼んで本当に良かった。ありがとう」


「あ、いやー、たまたま相性がよくて助かりました。運が良かっただけですよ」


 深々と頭を下げるファナに向けて、ボクは苦しい言い訳をした。


 ファナが困っていたのは事実だった訳だし、倒すも倒さないも正解は無かったってことか。


 あまり噂が広まって、王都にまで届いてしまったら大変困る。程々にしとかないと。


「それとな、ケータ殿の要望通り、ベッドをもう一つ運び込んでおいたぞ」


「あ、あー」


 そういえば、そんなことを言っていたな。厳密に言えば、ボクの要望とは少し違うのだけど…。


「ホント?さっそく見に行きましょ!」


 ハルカがボクの左腕に身をよせる。


「ちょっとハルカ!妹だからって、ケータくんに引っ付きすぎよ」


 サトコがハルカを非難した。


「いーよ、サトコ。そっちの腕、貸したげる」


 こらこら、ハルカ!コレはボクの腕だろ!


「え?」


 サトコが言葉に詰まった。


「いらないのー?」


「い、いるわよ!」


 サトコがボクの右腕に陣取った。


 後ろでファナが「ククッ」と笑っている気配がする。くそー、スゴく恥ずかしい。


「あ、そうそう、ケータ殿」


 書斎の扉を半分出たところで、ファナに呼び止められた。


「『ハポーネ』というのを聞いたことがあるか?」


 突然のことに、ボクは首を傾げた。


「ちょっと、知らないですね」


「辺境の島、唯一の人の住む町の名だ。こんなマニアックなこと、知らない人の方が多いから安心するといい」


 ファナが、悪戯っ子のような顔で笑った。


「あ……」


 そう言えば、辺境の島出身って事にしてたんだった。思わずボクは絶句した。


「早くルーに顔を見せて、安心させてやってくれ。今日は本当にご苦労だった」


 ファナはヒラヒラと右手を振りながら、ボクらを見送った。

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