第4話

「それでは次は、そこのあなた」


 女性は真中聡子を指名した。しかし真中聡子は俯いたまま動かない。


「真中さん、呼ばれてるよ」


 ボクは真中聡子に声をかけた。彼女は一瞬ボクの顔を見るが、すぐに俯き首を横に振る。


「あの、ボクたちふたり同時でもいいでしょうか?」


 ボクは手を挙げて提案した。


「ええ、構いません」


 女性は頷いた。


「真中さん、行こう」


「う、うん」


 真中聡子はまるですがりつくように、ボクの右腕にしがみついてきた。すると、とても柔らかな感触が右腕に伝わってくる。


 この、感触は…


 ボクの脳みそが「この感触」の正体について究明しようと動きだすが、そこは理性でストップをかける。


 ボクの理性よ、は頑張ってくれ。


「それでは、スマーホを見せてください」


 ボクたちは顔を見合わせると、石台の上に揃って一緒に提出した。3人の老人たちも覗き込んでくる。


「……」


 長い沈黙が続いた。


 やめてくれ、胃が痛くなる。


「見たこと無いのう」


 老人たちが口々に言う。前に立つ女性も、少し困惑しているようだ。


「アイコンをタップしてみてください」


 女性の指示に従い、ボクはカメラアイコンをタップしてみた。


 すると、眩い光が……発生することもなく、スマホの画面が真っ暗になった。


 嫌な予感がする。


 ボクはスマホを持ち上げた。すると真っ暗だった画面が動き出し、スマホの向こう側の景色を映し出した。


 ヤバイ!これ本当にただのカメラモードだ。泣きそう。


「もう結構です。スキルを終了させてください」


 女性の呆れた声がボクの耳に届いた。


「え?終了…」


 ボクは何の気なしに、慣れた方法でアプリの終了を試してみると上手くいった。


 同様にアイコンのタップを行なっていた真中聡子についてだが、ポンと小さな煙が発生したかと思うと3枚のステッカーが彼女の手に現れた。


 アイコンにあったとおり、ハートマークのステッカーである。


「あなたもスキルを終了させてください」


 女性の声に、真中聡子はビクビクしながら従った。ステッカーがポンと消える。


「あなた方おふたりは、この部屋で暫くお待ちください。後ほど改めて、今後のことをお伝え致します」


「そんな…待ってください」


 真中聡子は女性に詰め寄った。


「私たち、どうなるんですか?」


「それは、後ほどお話致します」


 女性の声はかなり冷たい。


「真中さん、今は仕方がないよ。ここで待とう」


 ボクは真中聡子の肩に手を置いた。


「新島くん!」


 真中聡子は振り返ると、ボクの手をギュッと握りしめた。それから再び、ポロポロと涙が零れ始める。


「私たち、一体どうなっちゃうの?」


 真中聡子は「うー」と声を押し殺して泣き始めた。こんな時、どうしたらいいんだ?


「ちょっと待ってください」


 その時、春香が声を張り上げた。


「その男の人は私の兄なんです。一緒に居させてください」


 春香の言葉に老人たちも騒めきだす。


「大丈夫だよ、春香。ボクはここで待ってるから」


「でも…」


「あまりここの人たちを困らせると、別の問題が発生してしまうかもしれない。今は大人しく従おう」


「春香ちゃん、恵太の言う通りだ。ここはこの人たちに従おう」


 春日翔も春香を諭すように声をかける。


 春香は顔を真っ赤にしてボクを睨んでいたが、やがてゆっくり頷いた。


「分かりました」


 それから、ボクたちだけを残して全員が部屋から出ていった。


 ボクは真中聡子が泣き止むのを、手を握ったまま、ただ黙って待っていた。


 やる事もないので考える。


 恐らく春香のあの宣言で、いきなり殺処分なんて最悪の事態は避けられたかもしれない。


 ボクは春香に心底感謝した。


 後のことは、次の話を聞いてから上手に立ち回っていくしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る