第122話 若きトールの鍛錬
「……なんだ」とトールの父であるカエリは、今も倒れたままのトールに近寄った。
「父上は、なぜ戦場に行かれないのですか?」
「うむ?」
「亜人連合と魔王軍の戦争は激化。 このままでは、亜人連合は解体。魔王軍はスックラまで戦線を伸ばす事になるでしょう」
「……」
「かつての第一次魔王戦争において遊撃部隊として活躍して『剣聖』と言われた父上が……。いえ、ダメなら俺が――――」
「ダメだ」とカエリはトールの言葉を切り捨てるように遮った。
「父上?」
「お前はまだ戦場を知らぬ。今のワシとて老いた。戦場を駆け抜ける力は、もう残っておらぬ」
「そんなバカな。父上の技からは衰えを感じさせる事は――――」
「――――ない。そう言いたいか?」
「はい」と答えたトール。それは本心であった。
現に、今の自分でも手も足もでない。
町で剣術大会が行われれば、誰にも負ける事はない。そんな自分が一本も奪えない。
(それで老いた? 戦場を駆ける力はない? そんなバカな)
そんな息子の心情を読んだのだろうか? 「うむ」と木刀を握り直すカエリ。
「我がソリット流は冒険者剣術。 剛剣と疾さを剣に乗せる技」
「父上?」
「構えよ、トール。さもなければ死ぬぞ?」
「――――っ!」と冷えた汗が頬から地面に流れ落ちた。
「そうじゃな……先ほどお前が使った技――――ソリット流剣術『破龍の舞い』でいく。上手く受けろよ」
そして――――
ソリット流剣術『破龍の舞い』
左右上下からの連撃。 1振り、1振りは強烈。 さらに反動を利用して速度と威力が時間と共に増していく。
「――――っ! こ、これが父上の本気!」
まるで嵐の中を歩いているようだった。 認識できる全ての方向から剣が飛んで来る。
到底、全ては受け切れない。 頭部などに防御を集中して致命傷を避けるのが精一杯。
(い、いつ終わるかわからない。まるで永遠に続くような剣撃の嵐っ!!)
しかし、それに気づきを得るトール。
(――――っ! いや、待てよ。これが本当に父上の全力なのか?)
「うむ、わかったか? トールよ」とカエリは剣を止めた。
「急所は狙わなかったとは言え、お主はワシの剣撃に耐えれた。 何より、相手を守るために脆く作られた木刀。打っても砕けるほどの力はワシには残っておらぬのよ」
「しかし――――」
「まだ納得できぬようじゃな。 戦場とは1対1の試合とは違う。1対多数が基本。油断すれば魔法による遠距離攻撃が飛んで来る。いつ終わるかも知れぬ、何人と戦い続ければわからぬ戦場――――今のワシでは戦えぬよ」
「わかりました」と言うトール。しかし、その表情には、今も納得しきれぬものが浮かんでいた。
「……そうか。ならば、今日の鍛錬を続けて励め」
「はい」とトールは道場を出た。 道場裏には基礎体力をつけるための器具が置かれている。
残ったカエリは――――
「ふぅ……」とため息を1つ。そして、その場に座り込んだ。
「やれやれ、こんな情けない姿は
それから、トールがいるであろう道場裏に視線を移した。
「今のワシができる事は、技が振れるまでに伝授する事だけじゃ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
「せいっ!」とトールは、木刀で打ち込み用の大木を叩いた。
最初は打ち込むたびに自分の腕に痺れのような痛みが走っていた。
今は、何度叩いても平気だ。 むしろ、木刀が音をあげて砕けそうになる。
先ほどまで使っていた脆い木刀ではない。
トールの足元に流れ落ちた汗が小さな水たまりを作るほどになり、ようやく打ち込みの手を止めた。
次の鍛錬は走り込み。 トールは山の方向を見る。
山1つ越えて村から町に出る道。 それゆえに整備がされ、走りやすい。
とは言え、1対1の試合形式の稽古。 大量の汗を流し終えた打ち込みの直後に山道を駆け上るのだ。
常人の鍛錬ではない。 それをトールは慣れたように(実際に毎日こなしている)文句も言わずに走り出す。
――――いや、今日は珍しくトールの口から文句が漏れた。
「父上の嘘つき。 今だって本気を出せば――――」
そんな時だ。 何か人の声が聞こえてきた。それも――――
「叫び声?」
トールは、山を駆け上る足を速め、声の聞こえて来た場所に急ぐ。
「なにっ!? どうして、こんな所に魔物が出現している!?」
それは魔物だった。
熊と見間違えるほど――――いや、それよりも1周り以上巨大な犬。
それに複数の兵士が剣を抜き応戦していた。
「兵士? なんで黒犬と兵士が?」
そんな疑問が脳裏に過ぎるも、兵士の1人が黒犬の爪に負傷して鮮血が周囲に広がる。
それも見たトールは瞬時に戦闘状態に精神が切り替わり――――
乱戦の中に飛び込んでいった。
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