第117話 魔王の復活 そして勇者の消滅

 顕現していた。


 それは10年前に滅んでいたはずの存在――――『魔』


 神性を有す『魔』 最初、人々はそれを魔王と呼んだ。


 そして、その正体は――――魔神。


 かつての魔王戦争。 


 勇者 クロスは、最優の仲間たちを引き連れ、聖剣を代表に神性を有した武器及び防具を揃え――――ようやく討伐に成功した存在。


 数多の犠牲を乗り越え――――いや、あの時の仲間たちはみんな死んだ。


 どうして、自分が生き残り、魔王の討伐に成功したのか?


 クロスには、当時の記憶がない。 彼の希薄な感情は、その激戦の後遺症だった。


 最高の武器を、最優の仲間を、記憶を、感情を、戦いの神々に捧げ、ようやく討伐に成功した魔王が再び顕現したのだ。


「――――っ! やはり、魔王を! メタス!」


クロスの叫び。 呆けていたメタスの精神を揺さぶり、正気に戻す。


「ゆ、勇者クロス……わ、私は、こんなつもり……魔王を、魔王を……」


「わかっている! 召喚したお前なら……今なら、どうにかできないか?」


「わかり――――いえ! だめです! 魔力の逆流が私まで、と、取り込まれていく」


 本来なら召喚した魔王に魔力を送る立場であるはずのメタス。


 しかし、魔王が有する膨大な魔力がメタスへ逆流を起こし……


「だ、ダメです。このままだと私まで浸食されて――――」


 その直後、メタスの体がブレる。 そして――――彼女の姿は消滅した。


 「――――取り込まれてしまったのか?」とクロスは、表情を大きく歪める。


 その事実に驚く。 魔王の出現と同時に、失われていたはずの感情が戻ってきている事に。それはつまり――――


「馬鹿な! 俺も魔王の影響下に……浸食されているのか? だが、いつの間に、10年前――――いや、違う!」


「その通りだ、勇者クロス」と魔王の口が開く。 しかし、その声はクロスが知る魔王の声とは大きく違っていた。


「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な! その声――――ブロック・マクマ・マディソン

! マクマ王!」


「お前が俺に、魔王になった俺に浸食されていたのは10年前ではない。お前が俺に仕えた日から徐々に時間をかけて魔王の魔力に浸食させていた」


「マクマ王が魔王? いや、そんなはずはない。だから――――乗っ取った? 馬鹿な人間が魔王の肉体を乗っ取る事など!」


「いいや、可能だね。お前が魔王を殺してくれたおかげだ」


 マクマは笑った。 動揺を隠せないクロスの表情が心底面白いと言わんばかりに笑った。 


「魂が死んだ魔王の肉体を手に入れる事ができた。 それがメタスの召喚の儀式によって、死んだ肉体を疑似的に蘇らせ―――俺の魂魄を入れたのさ」


「それでも――――そんな事が――――」


「あーうるさい、うるさい。そういう細かい理屈と神経質な所――――普通に嫌いだったわ」


「なっ!?」と反応しようとしたクロスだったが、それすらできない。


 既に魔王マクマの魔力が体、全体に浸食していた。


「このまま俺を――――」


「あぁ吸収させてもらう。 魔王の肉体……それに加え兼業者ダブルワーカーメタスの力、勇者クロスの力を得た俺は――――間違いなく最強の存在になるからな」


「……」と勇者クロスは、もう言葉を出す事すらできなくなり――――そして消滅した。


「くっくっく……はっはっは! これで俺が! 人の王を超え、魔王と勇者を超えた超越者となったのだ! もはや、この俺が――――この世界で俺の意思に反する者は誰1人として――――」


「いいえ、私たちがいます」


 マクマが、その女性の声と認識した瞬間、衝撃に襲われた。


 彼とて何が起きたのかわからなかった。


 まさか、シンプルに――――超越者になった自分の後頭部を普通に殴りつけた人間がいたとは思いもしなかったのだ。


 そして、その張本人、彼女は―――― レナ・デ・スックラは杖を振り回し、こう続けた。


「私の母国――――スックラを悪へと染めた象徴、魔王。その力を振るうを言うのであれば、正統たるスックラ女王 レナ・デ・スックラは、貴方を打倒させていただきます!」


「何が……何がスックラだ! 何が女王だ! 所詮は人間風情が俺を邪魔するな!」


 マクマはレナに向かって飛び掛かる。 すでに人の領域にはいないマクマの動作は、通常に人間には肉眼で捉えられないほどの速度となっていた。


 だが、その超スピードをもってしてもレナに届かなかった。


聖なる領域サンクチュアリ


 彼女の魔力が周辺に広がり、世界を作り替えていく。


 レナの精神世界――――心象世界として表現される美しき世界。


 それは――――

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