第49話 聖・オークの奇跡 それから、不穏の男

「よう、久々だなトール・ソリット」


「……復讐鬼オレか」


「どうだった? 俺に体を受け渡した感覚は? 復讐の甘美に呑まれた感想は?」


「俺は復讐したいわけじゃない」


「はっはっはっ……そりゃそうさ。その感情を請け負っているのが復讐鬼オレだからな。けど、面白かっただろ? 感情を、力を解き放つのは……」


「そんな事は――――」


「そんな事はないだと? それこそ嘘だぜ? 解放のカタルシスを感じただろ。 飛んじまうハマっちまうだろ? 」


「俺は、いや……感情のまま生きるのは人間じゃない」


「へっ! 笑わせるぜ? 気づいてないのかよ。 お前、とっくに人間なんて止めちまってるのに!」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「……ここは?」


 目を覚ます。 


 泥のように体が重い。 疲労感……まるで戦場にいた頃を思い出す。


「目を覚ましました? トールさま」と枕元にはグリアがいた。


「……今日は裸じゃないんだな」


「まぁ! 私だって時と場合は弁えるわよ」


「ふっ」とトールは笑った。


 心配させまいと笑って見せたのだが、力が入らない笑いになった。


「それじゃ、みんなを呼んでくるわよ」


「あぁ、頼む」


 グリアが部屋の外に出ていく。 


 体が弱っていると心も弱っているのか?  普段は感じない寂しさが出てくる。


(俺は弱くなっているのか? いや――――)


 廊下から騒がしい音が聞こえてくる。


「きっと、俺は強くなっているのだろう」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 その後、何事もなく大聖堂に到着した聖者の行進。


 教団の精神的指導者 教皇が直々に向かい受ける。


 いや、教皇だけではない。 新たなる聖人の誕生に多くの人々が詰めかけていた。


 そんな中、トールは傷だらけの体でありながら、それでも仕事を見届けようした。


 しかし、聖・オークは――――


「トールさんには特別席を用意してもらいました」


 大聖堂が見える近隣の施設。 これから広場で聖人の認定式――――聖・オークによる奇跡の披露を見るには、これ以上のない場所を宛がわれた。


 辞退を口にしたが、


「ここからの警護を。上から見て、怪しげな人がいたらトールさんの魔法で撃退してくださいね」


 そう言われたら引き受けるしかなかった。 グリアとレナは別の場所で待機している。


「しかし、なんだったのだろうか? あのヨハネ2世の妨害は……本当に新しい聖人に挨拶でもしに来たとでも言うのだろうか?」


 そう独り言を――――


「はい、その通りですが? なにか?」


 背後から不意打ち気味に話しかけられる。 その人物は、ヨハネ2世だった。


「お前――――」


「そう敵意をむき出しにしなくても……私は貴方の事を気にいりました」


「……何を言っている?」


「誘っているのですよ。どうです? 一緒に聖・オークの儀式を見ませんか」


「お断りだ」


「おやおや、嫌われたものです。 拳を拳を交える者同士の友情は生まれませんでしたか?」


「――――」


「まぁ、冗談ですよ。私にも私の目的があります。 今後、戦争の代わりに強者と強者が争う戦いが行われようとしています」


「戦争の代わりに……個人が戦う?」


「はい、それで私は強者と接触をしていました。 今回の聖・オークが本命。 次に、代表的な4人の冒険者頭目……貴方という強者の存在を知り得たのが収穫でした」


「一体、何が始まろうとしているんだ?」


「はっはっは! そう結論を急がなくて、ネタバレは厳禁ですよ」


「それにほら、始まりますよ」とヨハネは窓を指さした。


 広場。 教皇が先頭を歩き、その背後に聖・オークが現れた。


 その姿に歓声は大きくなる。


 そして、広場の中心へ1人歩く聖・オーク。 後は奇跡を披露すれば――――


 誰もがそう思ったが、すでにそれは始まっていた。


 むき出しの土。 広場に相応しい芝生は、僅かに――――


 だが、今はどうだろう? 観衆の足場、気がつけば全員が花の上に乗っていた。


 人が乗っても押し潰れない花々。 その生命力。 その強度。


 なにより、誰もが自身が花の上に立っていた感触がなかった。


 そして、それは――――建物の内部にいたトールの身にも起きていた。


「これは――――」


「おや? 初めて見ますか? これが聖人の奇跡です。私のとは随分と違う、平和的なものですがね」


 絶句するトールに対して、心なしか興奮気味のヨハネ2世。 それから――――


「では、またお会いしましょう。今度会う時は、ひどい戦いが起きるでしょうが……」


「待て」と制止の声を出す間もなくヨハネ2世は消えていた。


「……備えるか。次の戦いに」とトールは天を仰ぐのだった。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 一方、ブレイク男爵邸。 とんでもない手紙が届いていた。 


 その内容は――――


「お父様、私グリアは、トール・ソリットさまへ添い遂げる事に致しました。


 いずれ慎ましくも、盛大な結婚式を開きますので、お母様と一緒にぜひ出席を――――ってなんじゃ! こりゃ!」


 送られてきた手紙を破り捨てた。


 それでも収まらないのか、ゲシゲシと踏みつける。

   

「ご主人さま、どうされました」と老いた従者が慌てて、止めに入った。


「止めてくれるな! セバスチャン! もう娘は私の中で死んだのだ! 死ん――――うおぉぉぉぉぉ!?」


「落ち着いてください! このハンカチで涙と鼻水を拭いてください」


「おぉぉぉぉう、すまないセバスチャン。私は冷静さを欠かしていたようだ」


「大丈夫ですか? 客人がお待ちですが、もう少し待たせて――――」


「いや、構わんさ。 あの聖・ヨハネ2世の紹介だろ? すぐに会うさ」


 応接室に向かうブレイク男爵。 そこに待っていた男は――――


「お久ぶりです。男爵」


 そう言われて、眉を顰めるブレイク男爵。


「どこかで会った事あるかね?」


「はい、貴方が管理する牢獄で働いていた者です」


 その男は看守だった。 トールの後を追い、正体を掴んだ男。


 しかし、なぜ、彼が生きているのだろうか?


 ハイド神父に心臓を貫かれ川に落とされて死んだはずの男だった。

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