第47話 聖人と罪人の戦い 

 それは人と人の闘争とは思えない音を奏でていた。


 誘われるように天幕の外を見た人間は衝撃を受ける。


 世界が滅んでいた。 ――――少なくとも、そうとしか思えない光景が広がっていた。


 地は裂け、そこから火炎が漏れている。 空間には謎の亀裂がクッキリと見え、空は昼と夜が同時に存在しているようにマダラな光が降り注がれている。


 しかも、それは2人の人間。 戦っている聖者と罪人。


 その周辺の僅かな空間でしか起きていない。


「俺たちが近づけない……どんな水準の戦いだ」


 そう呟いたのはガハナだった。


 戦闘系冒険者集団のトップ……つまり、この国の冒険者で最強の男だ。


 それを「……」と無言で肯定する男はトウゴウ。


 武道武術を極めたと言われる男も近づけなかった。


 しかし、2人が近づけずにいる最中でありながら、少女が飛び込もうとする。


 その少女はレナだった。


「トールさま……今、お助けします。 聖なる領……」


「それは止めておいた方がいいでしょ」と肩を叩かれた。


「誰ですか! ……聖・オークさん?」


「貴方の結界魔法の効果……聖・ヨハネ2世様には効果は薄いでしょう」


「――――くっ! それでも!」と歪める。 言われた通り、聖者へ聖属性の攻撃は効果が薄い……と言うよりも無意味ですらある。


「それでも、私は――――だったら、直接!」


「止めなさい」


「でも!」


「代わりに私が行きますよ」と聖・オークはレナを止め、自身は戦場に向かって歩いて行く。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 「このっ!」とトールは剣を振る。


 『ソリット流剣術 獄炎龍の舞い』


 大振りな剣撃。 


 打ち下ろし、振り下ろし。それら、攻撃の終わり。


 その状態…… 攻撃の終わりが次の攻撃へ繋ぐ構えとなる。


 そのため、大振りの隙だらけの剣でありながらも、攻撃が止まらない。


 しかし――――


「ふふ……まるで悪鬼の攻撃ですね」


 聖・ヨハネ2世には通じない。 その目前に不可視の壁が生まれ、トールの剣を弾く。


「それでは、こちらからの攻撃を受けてみてください」


 ヨハネは腕を振るった。 


(――――何かが接近する感覚。 攻撃? ――――なるほど)


 トールは横に大きく飛んだ。


「へぇ……見えないはずですが?」


「防御壁。それを飛ばしてきただろ? 攻撃が見えなくても、攻撃の気配というものはある」


「なるほど、戦闘のカンですね。私にはないものです。だったら――――」 

 

 ヨハネが繰り出す魔法。 それはトールにとって見慣れたものだった。


 『聖なる光ホーリーライト


 レナが多用する攻撃魔法。 しかし、その威力は規格外だった。


 閃光――――周辺から音という音は消え去り、光が世界を切り裂いた。


 地面には十字の穴が開く。 そして、その場からトールの姿は消えていた。


「空中浮遊? いえ、宙に足場を作る魔法で上に逃れましたか」 


 何かが落下してくる。 それに反応して、上へ防御壁を張るヨハネ。


 『火矢ファイアアロー


 ヨハネの魔法に負けていない超火力。 トールの得意魔法が降り注ぐ。


「うんうん、剣だけではなく魔法も素晴らしい。面白いですね――――上から高火力の魔法をフェイントにして下からの斬撃ですか」


「――――!?」と既にヨハネの真下に移動して、剣を振るおうとしたトール。


 それが見抜かれ、驚きの表情が――――


「ぐあっああああああああああああああああ?!!?」


 ――――トールは衝撃を受け、地面に叩きつけられた。


「まだ、立ちますか。 耐久力も人間離れしていますね。しかし、私は因果律を操る力があります。――――ゆえに罪人である貴方では、聖人である私には……」


 それ以上の言葉をヨハネは止めた。


 目前の男、トール・ソリットが変化している。 


「その存在が罪人から、別の存在へ変化? 初めて見る現象です。これは愉快」


「――――黙れよ。聖者」とトールの口から、地獄のように低音の声。


 明らかに今までの彼とは違う口調と表情。


「ほう……これは面白い。 本物の鬼が現世に出現しましたか」


 聖者が言う通り、トールの内側から鬼が現れていた。


 内部に封印されていたトールの鬼。 つまり――――復讐鬼。


 それが、ついに外部へ顕現してみせたのだ。


「くだらねぇ。 初めて外に出たら、てめぇが相手だ? おいおいおい……せめて相手は復讐相手にしてほしいもんだぜ」


「これは危険。今のうちに調伏しておきましょうね」


「ゲラゲラゲラ……面白れぇ冗談だ。 俺様を? お前が? 逆が面白れぇじゃねぇの? 鬼が聖者を調伏して手下にするのがよ!」


 復讐鬼トールが飛ぶ。 一気に接近すると――――


『我流 殺竜の舞い』


 それまでのトールの剣技とは、明らかに違う。


 殺意。 それは質量を有すほどの高濃度。


 トールが剣を抜くよりも速く、殺意がヨハネの肌を幾つかの切り傷を付けた。


「これは――――本当に危険な。十分に私に届きうる邪悪さ」


「届きうるじゃねぇぞ! てめぇを殺す魔技だぜ!」


 抜刀。鞘から剣を抜――――


「それ以上はいけません。文字通り、剣を収めてください」


 その声は、ヨハネではない。 トールではない。


 その声の主は聖・オーク。


 いつの間にか、トールの背後に立ち、その肩を掴んで動きを制止させたのだ。


      

 

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