#14・・・魔法少女vs傭兵部隊
奴を舐めるな――そんな自身の忠告を無視し、カレルレンが新たに雇った兵士たちが去っていく。
その背中たちを、ケネスは敗残兵の面持ちで見つめた。
彼らの中には憎悪があった。魔法少女に対する。
奴はそこに目をつけて雇ったのだ――だが、自分は。
「俺はもう戦えねぇ、戦えねぇんだ。俺は知ってしまったんだ。魔法少女なんてもんに、俺たちは手を出すべきじゃなかった……」
白痴の女が、彼の頭を撫でる。
彼は、自ら、この狂った物語を降りようとしていた。そして、もはやそれを誰もとがめないことを感じていた。
だが、彼は知らない。
まだもう少し、彼には役割がある。その事実を。
◇
自動ドアが、ひれ伏すように左右に開いた。そして彼女が足を踏み入れる。
はげしい雨音はそこで断ち切られるが、同時に進入してきたのは彼女だけではなく、薄汚い大量のねずみどもだった。
茶褐色の奔流がうごめきながら攪拌され、彼女の両側に分けられて散っていき、豪奢な1Fホールの隅へとふきだまっていった。
無数の影が、正面階段を登った先にある踊り場に広がり、彼女に狙いを付けた。
「……」
雨に濡れた姿の魔法少女――ヴァルプルギスは、自身に向けられる無数の銃口に気づいていた。魔法を出力可能な改造銃器。神聖同盟の連中が使用していた型落ち品ではない。だが、まるで臆する様子はない。構図そのものは彼女が圧倒的不利でありながら、実際に滲んでいる構図は、群生する草食動物と、一頭の肉食獣のそれだった。
ファフニール・コーポレーション社屋ビル1F。防衛というよりは『歓待』。この先に、あの男が、カレルレンが待っている。おそらくは、アンチ=バベルの準備を行いながら。
皮膚の粟立ち。
「そうか、お前たちか」
男たちを一瞥し、ひと目で分かった。奴が歓待のため、ここに雇ったのは――。
「私はお前たちを知っている。お前たちはかつて――魔法少女狩りを名目にして、多くの人間たちを巻き添えで犠牲にしてきた」
彼女は覚えている。
人間と魔法少女。異なる存在である限り存在しうる歪み。それが生み出したもの。
「私は覚えている。お前たちを一人ひとり、覚えている」
彼らは、彼女を見ていた。
そして、そのうちの一人が、小さく言った――「それはこっちもだ」と。
「なんて、よくできた話……」
彼女は一度目を瞑り、頭を垂れた。
その間彼女の中に渦巻いていたのは、果たして怒りか、それとも贖罪か。運命という皮肉に対する憎しみか。
彼女は目を開ける。
それらを吐き出すかわりに彼女が行ったのは、自身の眼前に魔法を展開することだった。
ヴァルプルギスの数メートル先に、魔法陣のライン。その上に、ツタ状の植物が絡まり合いながら生成され、深緑色の壁が生み出される。
男たちは、それを見ても動じなかった。それどころか、笑みさえ浮かべているではないか。狂気――それだけで、彼らがどのような思いで自分と相対しているのかが分かる。
彼女は息を吸い込んで、彼等に言った。
「私は魔法少女の全てをおわらせに来た」
宣誓。
「そして、関わりを持ってしまった者たちが、二度とその四文字に触れずに済む世界を作る。私はそのために、アンチ=バベルを破壊する。あなた達と戦うのは、目的じゃない。でも、もしあなた達が邪魔することになれば容赦はしない。あなた達を殺すことになる。あなた達はいずれ、私の守りたい全てを殺しにいくだろうから。もしそれを拒むなら、私がこの線を超える前に銃をおろして両手を上げて。もしそれをしないなら、容赦は――」
言い終わる前に、彼女の目の前に火球が閃いた。
……ツタの壁の一部が、燃え落ちた。
ヴァルプルギスの足元に、炎がくすぶっている。
見上げると、男のうち一人が銃を構えていた。銃口から煙。そして、亀裂の如き笑み。皆同じだ。殺意と憎しみが狂気の檻で熟成され、やがて……そうなった。対話は無用、容赦しないならなんだ? おなじだ、皆同じだ。黒い兄弟。これより起こるのは、血で彩られたグランギニョル……。
彼女は何かを言い掛けた、その前に。
一斉に、疑似魔法銃が構えられ、一斉射――。
「さて」
カレルレンが、グランドピアノの前に座り、鍵盤に指を添える。
炎の弾丸が、圧倒的暴力となってツタの壁に殺到する。そのまま、あるプルギスを黒煙の中に飲み込んでいく。悲鳴のような轟音。白磁に彩られたエントランスが硝煙の中へ。
数刻後、彼等は射撃をやめた。
コアトリクエの疑似魔法は、いともたやすく、ヴァルプルギスの譲歩を打ち砕いた。沈黙。見下ろす無数の視線。その先で、煙が晴れていく。
緑色の、グリッド線が見えた。
徐々に露わになったそれは、天蓋のように煙をはねのけていた。そしてその中に――かくまっていた。
無傷の、ヴァルプルギスを。
わずかなグリッド線の『ひりつき』とともに、防御魔法と煙が散り、彼女の姿が鮮明に。かがんでいた姿勢から、ゆっくりと上体を起こす。
そして、彼等に――殺意の集団に、視線を向ける。
宿るのは激情。刃のごとく研ぎ澄まされた、狂暴な半月状の双眸。
彼女は血のように赤く鮮明な唇を開き、呟く。
「――後悔するなよ」
男達が、背中に電撃のような高ぶりを感じて一斉に銃を構える。
ヴァルプルギスは、喪服のごとき魔法衣の腰部ホルスターに据えられていたライフルを腰溜めに構える。
――両者が攻撃を開始したのは、ほぼ同時のことであった。
そしてカレルレンは、奏で始める。
ナンバーは、マクダウェルの『魔女の踊り』。
「始まるぞ。ヴァルプルギスの夜が」
◇
叩きつけるように街を襲った豪雨と強風に、警察署は必死に耐えていた。しかしその内部は、それらに襲われたかのような混沌のさなかにあった。
いたる所で電話が鳴り響き、警官たちが怒号している。気の滅入る外の暗さと、人工的な蛍光灯の光のコントラスト。誰もが皆、この夜に起きた出来事の対応に追われていた。
「何も起きていないと伝えろ。それから、安眠を祈る一言を付け加えてやれ、いいな!」
ファフニール・コーポレーションのビルに、魔法少女が向かうのを見た。
その知らせが何通も署に殺到していたのだ。しかし、だからといって警察には何も出来ない。何故なら、そのファフニールからなんの知らせもないのだ。ということは、何も起きていないに等しい。しかし……。
「これは、正気なのか。ルシィ」
乱雑に書類の積まれたデスクに座り込んだまま、刑事は蒼い顔をしていた。ノートパソコンの中の音声データと……目の前にいるずぶ濡れの部下を、交互に見ている。
「事実です。全てが」
ルシィは、状況にそぐわぬ、ひどく冷静な調子で言った。彼はそこに薄ら寒さを感じる。何かがあった、この部下に、何かが確実に――。
「しかし、こいつは。こんなものは。セントラルをまとめてひっくり返しかねないぞ」
「そうです。だから、私は……」
デスク、ノートパソコンの隣。辞表があった。彼女はそれを、音声データと共に上司に渡したのだった。ハイドとのやり取り、ファフニールでの顛末、全てが詰まった音声。
「お前、一体何を見てきたんだ。この街のどこで、何をしてきたんだ」
「これ以上は、語ることはありません。私には、行くところがあります」
濡れ鼠のまま、背を向ける。周囲の者たちは彼女に気付いていない。
「それをどうするのかは、お任せします」
「どうするのかって、お前。どこに行くんだ……」
「『真実』があるところですよ。この街が隠し続けていた、真実が」
そう語る彼女の脳裏には既に、予測が浮かんでいる。ビル内部の光景――。
◇
性急なピアノリフが流れていき、戦いが始まる。
それは、魔女の響宴。
「撃てぇーッ!」
怒号、マズルフラッシュ、一斉に。二階エントランスに続く左右の階段。趨勢15名、構えて撃ち込む。魔法少女から吸い上げた力が、銃身のサイド部に備えられた詠唱機構を通して聖詠を施し、内部で擬似魔法陣を展開。弾丸として撃ち出す。それらすべては火炎弾。コアトリクエから手に入れた力。圧縮して、単なる殺意の塊としてまっすぐ飛来する。
ヴァルプルギスにはその動きが見えている。
すぐさま、両腕に抱えたライフルを構えて、彼らに照準を合わせる。全員に合わせる必要はない。そんなことをする必要はない。彼女には未来が見えている。
銃身の内部に巣食った彼女の血の蔦が力を吸い込んで、銃身からその力を炸裂させる。
緩慢になった時間――火炎の単調な塊が飛来してくる。15の箇所から。その数は15? いや、パニックになってフルオートの者も居る。全て見えている。
彼女は足を前後に大きく開く。フリルが翻り、舞う。構えた銃身を覆った蔦が脈打ち、銃口に力を送り込む。そして視線を、殺意を同期させる。同時に、魔法陣――現れる。漆黒のそれが銃口へと。まもなく火炎は彼女に殺到し、炸裂する。だがその前に。
彼女は、トリガーをひいていた。
やったか――一瞬彼らのうち一人がそう思ったのは、向かいの彼女から銃撃音が聞こえてこなかったからだ。しかし、すぐ間違いに気づく。
悲鳴がそこかしこで上がり、ばたり、ばたりと倒れていく。
何が起こったのかを確かめる前に、視界の端に黒いものを見た。
――火炎弾のいくつかが後部のエントランスドアに、窓にぶち当たる。大量のガラスの破片をキラキラと輝かせながら吐き出す。雨と風が怒涛のごとく流れ込んでくる。同時に彼女は、自分に向かった攻撃に対する迎撃を行っていた。
――カラスだ。
彼女が銃口から展開していた魔法陣から生み出していたのはカラスの群体だった。それは陣の中から粘液を伴ってあらわれ、火炎弾にまっしぐらに向かい、その口を開けて炸裂を食む。焼け焦げた個体を空中で乗り越えながら、彼らの多くは弾丸の如くに、すぐさま兵士たちへと殺到していく。
……カラスはヴァルプルギスの意思に操られ、スキを作り出してしまった兵士たちの頭部へと突貫、そのまま悲鳴とともに彼らを食い荒らしていく。
そこかしこで悶え苦しむ声。彼らが倒れていく。その時点で統率は失われている。しまった、撹乱が狙いだ、既に第一射の効果などないに等しい。一人がそう思った。死んでいく。兵士たちは、カラスに食われて死んでいく。火炎弾は確かに彼女に向かった。だがその大半が空中で消え失せた。なんてタイミングだ、このままでは――風と雨。
轟音。吹き荒れる。調和が乱れる。彼らは彼女を見た。
それでもいくつかは彼女に向かっていたはずだ、全てが無効になっていたわけではあるまい。一瞬の出来事――兵士達はカラスに襲われ、ヴァルプルギスは火炎に塗れる。
流れ弾がガラスを、エントランスホールの白壁を砕き、破片を空中に撒き散らす。時間にして、ほぼ同時の出来事。残った火炎はそれでも彼女に向かったはずだった。
しかし、その時点でヴァルプルギスは第二の魔法を発動させていた。
彼女はカラスの黒い奔流をカモフラージュとして、足元の床を撃ち貫いていた。亀裂に魔法陣――光が漏れる。現象が起きる。ピアノのトリルが舞踊のごとく刻まれていく。
床のタイルが悲鳴をあげるようにひび割れて隆起し、その狭間から巨大な質量の土壁がせり出して顕現する。周囲にタイルの欠片が舞い、そこに残った火炎弾が殺到――ぶつかる。
土の中に炎が埋もれるくぐもった音。茶褐色の煙がホコリとともに周囲に拡散する。効いていない――彼らはそう思った。次の瞬間。
新たな魔法陣。煙の向こう側。砕け散る。そして、土壁が破壊されて、その礫が小さな槍のようになってこちらに向かってくるのが見えた。フルゴラに対して行使された技だったが、彼らには知る由もない。
対応の遅れた者たちが土の槍に貫かれ、血しぶきを飛び散らせるが、それでも彼らの大半は撃ち落とすことに成功していた。流れ弾がエントランス正面の受付を粉々に打ち砕き、据え付けられた観葉植物や彫像までも破壊していく。壁には蜘蛛が牙を立てたかのような弾痕が果てしなく刻まれていき、内部には嵐がどこまでも入り込んでいく。叩きつける雨と風――そのさなかに、彼女は。消えた。
……そんな馬鹿な。あの土壁のところに居たのではなかったのか。
彼らは視界を巡らせる。どこに消えた、やつはどこへ……。
頬に冷たいものが当たる。触れると……溶けた。氷だ。氷の破片。
顔を上げる。
彼女はそこにいた。空中。舞い踊るように、そこにいた。土壁の爆発を背後に。
その足元に閃くもの。氷……足場。そうか、と一人が気付く。流れ込んできた雨を凍結させたのだ……だが、それに気付いたところでどうにもならない。
今奴は、空中に、目の前に居る。二階入り口の正面、倒れ込んでいった者たちとその血糊を背景に十数人。一斉に銃口を構える。がら空きだ。一瞬、再び時間が緩慢になる。目の前に居る……魔法少女が、目の前に居る。目の前で、身を躍らせている!
「――奴はそこだ、殺せぇーーッ!」
彼らは逸っていた。故に、自らの有利には気付けても、その逆には気付いていない。
火炎弾のカートリッジは、切れていた。故に、他の弾丸に切り替えていた。
彼女は――空中で、彼らに銃口を向けた。再び銃口に魔法陣が展開した。
トリガーが、引かれた。
急くような勢いでこちらに向かってくるいくつもの光。弾丸。電撃や氷。様々な光が、滞空するヴァルプルギスに放たれる。数秒後には着弾し、大きなダメージを受けることだろう。しかし、それを目の前にして、彼女は冷静だった――思考。『炎がないのなら、それが使える』。
彼女は撃っていた。碧色の弾丸。空中にとどまった。
――次の瞬間、同色の爆発が広がった。
それは蔦だった。棘のあるもの、複雑に絡まりあったもの。狂乱した蛇のごとく弾丸の中心からはぜて、周囲に一瞬に広がった。超新星爆発の如く。皆が捉えたのは同時だった。彼らが撃ったときには既に、彼らの目の前に――新緑のモザイク模様が広がっていた。
蔦はそのままのたうち回りながら明確に目標を探し当て、それぞれに殺到した。
銃を撃ったことで体勢が固定された、呆けたようにこちらを向く兵士たちに蔦が絡まっていく。足首を、胴を、容赦なく縛り上げて、その場に釘付けにしていく。途中で投げ出された銃撃の軌道が何人かの味方を巻き添えにして、再び血が撒き散らされる。
ヴァルプルギスの眼前に居た者たちは次々と蔦の餌食に――悲鳴。混乱の様々な音色。
彼女は、一階に降り立つ。衝撃で床にヒビが入った。顔を上げる。
対象を見失った弾丸は彼女の後方に着弾。虚しく床を、壁を穿って穴を開けていくだけ。
しゃがんだ状態で……周囲を精査する。
少なくとも階段から二階前にかけての連中はもう動けない。だが……。
空気でぼやけた視界がクリアになり、奴らをとらえる。
間髪入れずに、一階の兵士たちが自分に向けて駆け、その銃を向けてくる。取り囲まれていく。着地がスキと判断したのだろうか。ならば間違いではないだろう。銃口のいくつかはライフルにランチャー。近距離のスキを狙って確実に仕留めるつもりだろう。あいにく防御魔法は単体でしか使えないことは、既に知れ渡っているらしい。
だが。問題ない。何も、問題はないではないか。
ヴァルプルギスは――嗤った。獣のごとく。
真紅の蛭の如き唇が裂けて釣り上がり、新たな行動へと進ませた。
背中に背負われたロケット砲を構え、砲口を地面に向ける。真紅の蔦が狂女の咆哮のような音を立てながら身悶えして、その鉄塊を震わせると同時に――放たれた。
轟音。煙と衝撃が周囲に広がった。
それで、近接武器を手にヴァルプルギスに向かっていた者たちは一瞬足を止めた。
だが。彼らはその直後に、停止を後悔した。
爆発の中から、赤い光。目撃した一人が、首筋を抑えながら悲鳴を上げた。倒れる。一人、また一人。薄暗いもやの中から何かが飛び出して、次々と兵士たちに襲いかかっていき、その喉元を食い破っていく。彼らの一人が気付く。
咆哮。地面をジグザグに駆け巡り、対象を見つけると獰猛に食いかかる。
狼だ。煙の中から現れたのは――狼だ!
黒い体毛、赤く光る目――煙、いや、その奥に居る魔法少女によって生み出されたそいつらが一斉に散開して、阿鼻叫喚を地上に撒き散らし始めたのだ。
それだけではない。あっという間だった。奴らはボロボロになった階段を駆け抜けていき、蔦によって動けなくなっている兵士たちに向かっていった。彼らは悲鳴を上げながら必死に抵抗した。空いている片腕で抵抗した者も居た。それで何匹かは倒れ込んだが、無駄だった。狼は際限なくそこからあらわれ、増殖していく――あの鼠共のように。
地獄――動けない兵士たちが、次々と狼に食い荒らされ、死に絶えていく。喉をちぎられて声帯を無理やり引き伸ばされた男が、女のような悲鳴をあげる。そんな声が、フロア中に広がっていく。そのはざまを、狂った疑似魔法が踊り、花火のように弾けて周囲を更に破砕していく。かつて人々を出迎えていたはずのその場所は、血にまみれたキリングフロアへと変貌している。
……煙の中から、ヴァルプルギスがうっそりと顔を出す。薔薇の花びらのように、血の破片が舞っていた――その中に現れた黒衣の彼女は、ぞっとするような美しさがあった。
惨劇の只中に居るのに、それを生み出している張本人であるのに、彼女はまるで超然としていた――ただただ、研ぎ澄まされた殺意を、周囲に放射しているだけだった。しかし、それはまさに裁きの斧を無造作に振り下ろす神の所業なのだった。彼女は悲鳴と銃声のカクテルの中、周囲を見る。
何もかもをかなぐり捨てて、自分に向かってくる者たちが居た。数にして十人にもならないだろう。
「死ね、魔法少女……侵略者め、死ねッ!」
その声をどこか遠くに聞きながら、彼女は片方のライフルを破棄。銃身が焼き付いていた。自由になった片腕で、地面に魔法陣を描いた。そこに、瓦礫が集積していく。ガラスの破片、血の塊、床のタイル、その他諸々。集まって撚り合わされていき、彼女の手元に収まる――形成されたそれは、歪な形状の剣だった。殺意だけを研ぎ澄ませたかのような形状。それを持って彼らを一瞥した。そのうちの一つが……襲いかかった。
片腕のライフルを地面につけて、起点として回転。その動きの勢いのまま、まず振り上げられた視界に入った2つの腕を切断。そのままたたらを踏む男の胴を蹴りつけて後方に。その後ろから彼を押しのけて現れたもうひとりの攻撃。しゃがむ。ナイフの斬撃は空を切る――懐が空いた。真正面から剣を振り下ろす。男は虚ろな瞳になって倒れる。死んだ。背後に気配。数人。
すぐさま、銃身を軸に飛び上がる。後ろからナイフを突きつけようとしていた不届きな男の顔を足で挟み込んだまま回転。男の首がネジ切れる。その勢いで、彼女の身体は鞭となって残り数人を打ち据える。同じくたたらを踏む。ナイフを取り落とし、苦痛に顔を歪める。着地。早かったのは彼女のほうだった。その刃が、閃く――。
「やめてくれッ、もうしない、駄目だ、やめてくれ、やめ――」
男たちの悲鳴は懇願に変わるが、すぐに断ち切られる。狼は彼らを貪り続ける。銃撃を食らっても止まることはなかった。獣共の夜だった。
その場に溢れ、動けない者たちを殺戮していく――魔法少女の意思に操られながら。階段の下では、近づいた兵士たちが次々とヴァルプルギス手ずから切り裂かれ絶命していく。死だ。死がその場で起きている。
流れ弾が、シャンデリアに当たった。照明が消えて、光と影の明滅が場を支配する。それでもヴァルプルギスは動じない。冷厳な殺意と共に、兵士たちを惨殺していく。
明滅の中で、黒いフリルが鮮血に染まっていく――。
アンチ=バベルは歓喜に震えているようだった。メーターの数値が上昇を続けている。
だが、まだだ。まだ、足りない。
「さぁ、ここからだ。君は果たして、その怒りを保てるかな?」
三分二十秒。旋律は、一度やんだ。しかし、まだ曲は終わっていなかった。
周囲からうめき声、血の匂い。そこで二階を見上げる。
彼らはそこに集結していた。死んだ仲間から銃器を取り上げて自らに装備し――こちらを向いている。憎悪に煮えたぎった目。彼らはなんのために、自分に向かってくるのか。その目が、何よりも雄弁に語っていた。怯えはない。ならば、まだ戦いは続くのだ。
対峙――息を吸い込む。
肩から振り下ろしたランチャーを彼らに向ける。
砲口が真紅の魔法陣を描き出し、そこから巨大な爆裂火球が生み出される。極小サイズの太陽のように。
彼女は彼らを見た――火球の陽炎越しに。
そして息を吐いた。
……発射。
爆発の欠片が彼らに向かった。
そのまま命中し、彼らは消し炭になる。ヴァルプルギスは虚しさに身を浸す。
――筈だった。
彼らの眼前で、火球は停止する。目を疑った。その次に。
湾曲し、『ねじ切れ』た。磁石の反発のごとく。
それは反転し吹き飛び、風切り音と共に、ヴァルプルギスの背後へと着弾。
彼女の後方の左右に紅蓮の波。轟音と共に火柱が上がる。
失われたシャンデリアの代わりに、その場が明るく満たされる――橙の光。
小さな煤と炎の欠片を背中から浴びながら、ヴァルプルギスは腕で顔を覆い、吹きすさぶ風に耐えた。数秒後、顔を上げる。
彼らは戸惑いを秘めた表情のまま背後を振り返り、道を開ける。
二階入り口に広がる煙が晴れて、人影。
「……ッ!」
超然とした表情のままだったヴァルプルギスに変化が起きた。
その、現れた者に対して、動揺したのだ。
一歩、二歩、前へ。ゆっくりと――だが確実に、その正体が明らかになった。信じたくなかった。噂には聞いていたが、どこかで嘘であってほしいと願っていた。
だが、目の前の『真実』は――!
ヴァルプルギスは、自分を見下ろすその女の名前を呼んだ。
「コアトリクエ……!」
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