五十七フィート四インチの金閣寺
べてぃ
第1話 金閣炎上
昭和二十五年七月二日。
「何ということだ。何という愚かしいことを……」
今しがた手に入れたばかりの号外を見ながら、復興しつつある都のカフェーで、粍野は言った。
「待たせたな」
十分ほど経った頃、粍野の前に男が現れた。友人の
「用事は何だ?」
席につくなり、尺田は本題を尋ねた。机を中心に、背格好のよく似た男が二人向き合っている光景は、さながら鏡を置いているかのようである。羊羹の如く分厚い眼鏡をかけているという点も共通している。
「ああ、いや……今日はいい。それよりこれについて話さないか」
粍野は本題を脇へやると、号外を尺田へ見せた。
「俺も見たぜ、それ。市電の前で配ってた」
「えらいことになったな」
「ああ、えらいことになった。あの美しい金閣は、もはやなくなってしまったんだ」
「そうだ。まあ。美しかったのは昔の話で、近頃はすっかり剥げてしまっていたがね」
「剥げていても美しかったさ。表面の金箔だけが金閣じゃないからな」
とその時、隣のテーブルにも客が入った。大ニュウスなだけあり、こちらも金閣焼失の話を始めたようである。
「いやあ、困ったものですな」
「と仰ると?」
「金閣ですよ、金閣。あれが炎上したのですよ」
「それは大変なことですな」
「まだ詳しいことは分かりませんが、大変なことです」
「そりゃあ困った、困った」
「本当に、困ったことです」
その後すぐ、彼らの話題は余所へ移ってしまった。
「さっきの会話聞いていたかい」
囁くような声で粍野は言った。
「聞いた。あまり関心がないんだな。どこか海の向こうのことを話しているような心持ちなんだろう。嘆かわしいことだ。美の象徴にして京の象徴でもある金閣が、永久に失われてしまったというのに。国を滅ぼした戦を生き抜いた、鳳凰の如き寺だというのに」
「全く以てそうだ。しかし、見方を変えればこれは好機かもしれんぞ。実は、僕はそう考えているんだ」
「好機だって」
「ああ、黄金の寺を取り戻す好機だ。さっき君が言ったように、美しかったとはいえ、かつてに比べれば近頃はその美は衰えていた。そして今しがた、金閣は消えた。しかしまた復活するだろう。その時こそ、往年の輝きを取り戻すことができるのだよ。また、建つぜ。きっと建つ。いつまでも、鳳凰の如くあの地に留まり続けるのだ」
「何だって……しかし、それはそうだ。君の言う通りだ。だとすると、俺は自分の認識のレンズの度を、直さなくちゃならんぞ」
そう言って、尺田は眼鏡の中央を押し上げた。
金閣は焼けた。だがその再生が直ぐに訪れるという確信を、粍野は持っていた。圧倒的国力の差を見せつけられ敗れた日本にあって、なお輝き続けた、光の
それは粍野の空虚な妄想とも言えるが、事実としては、彼の描いた通りの道筋に物事が進んでいった。金閣再建を考える会が発足し、今後取るべき方針、費用、人員その他が着々と話し合われていった。敗戦国と言えども金はある所にはあったと見えて、どこから湧いてきたのかと思うような額がぽんと寄せられた。その他にも、金閣を遺す何やらの会だの、歴史的遺産の保護を求める市民による何とかだの、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます