五十七フィート四インチの金閣寺

べてぃ

第1話 金閣炎上

 昭和二十五年七月二日。粍野屯一みりのとんいちの目に、京の都を揺るがす大ニュウスが飛び込んできた。かの鹿苑寺金閣が全焼したというのである。朝からしとしとと雨の降る、夏の日のことであった。

「何ということだ。何という愚かしいことを……」

 今しがた手に入れたばかりの号外を見ながら、復興しつつある都のカフェーで、粍野は言った。


「待たせたな」

 十分ほど経った頃、粍野の前に男が現れた。友人の尺田しゃくたである。同じ建築科ではあるが、向上心溢れる尺田は必修科目以外も履修している。そのため曜日によっては彼の方が帰りが遅くなる。

「用事は何だ?」

 席につくなり、尺田は本題を尋ねた。机を中心に、背格好のよく似た男が二人向き合っている光景は、さながら鏡を置いているかのようである。羊羹の如く分厚い眼鏡をかけているという点も共通している。

「ああ、いや……今日はいい。それよりこれについて話さないか」

 粍野は本題を脇へやると、号外を尺田へ見せた。

「俺も見たぜ、それ。市電の前で配ってた」

「えらいことになったな」

「ああ、えらいことになった。あの美しい金閣は、もはやなくなってしまったんだ」

「そうだ。まあ。美しかったのは昔の話で、近頃はすっかり剥げてしまっていたがね」

「剥げていても美しかったさ。表面の金箔だけが金閣じゃないからな」

 

 とその時、隣のテーブルにも客が入った。大ニュウスなだけあり、こちらも金閣焼失の話を始めたようである。

「いやあ、困ったものですな」

「と仰ると?」

「金閣ですよ、金閣。あれが炎上したのですよ」

「それは大変なことですな」

「まだ詳しいことは分かりませんが、大変なことです」

「そりゃあ困った、困った」

「本当に、困ったことです」

 その後すぐ、彼らの話題は余所へ移ってしまった。


「さっきの会話聞いていたかい」

 囁くような声で粍野は言った。

「聞いた。あまり関心がないんだな。どこか海の向こうのことを話しているような心持ちなんだろう。嘆かわしいことだ。美の象徴にして京の象徴でもある金閣が、永久に失われてしまったというのに。国を滅ぼした戦を生き抜いた、鳳凰の如き寺だというのに」

「全く以てそうだ。しかし、見方を変えればこれは好機かもしれんぞ。実は、僕はそう考えているんだ」

「好機だって」

「ああ、黄金の寺を取り戻す好機だ。さっき君が言ったように、美しかったとはいえ、かつてに比べれば近頃はその美は衰えていた。そして今しがた、金閣は消えた。しかしまた復活するだろう。その時こそ、往年の輝きを取り戻すことができるのだよ。また、建つぜ。きっと建つ。いつまでも、鳳凰の如くあの地に留まり続けるのだ」

「何だって……しかし、それはそうだ。君の言う通りだ。だとすると、俺は自分の認識のレンズの度を、直さなくちゃならんぞ」

 そう言って、尺田は眼鏡の中央を押し上げた。

 金閣は焼けた。だがその再生が直ぐに訪れるという確信を、粍野は持っていた。圧倒的国力の差を見せつけられ敗れた日本にあって、なお輝き続けた、光のはこ。それが永久に失われるはずなどない。一時的に姿を消しただけのことである。

 それは粍野の空虚な妄想とも言えるが、事実としては、彼の描いた通りの道筋に物事が進んでいった。金閣再建を考える会が発足し、今後取るべき方針、費用、人員その他が着々と話し合われていった。敗戦国と言えども金はある所にはあったと見えて、どこから湧いてきたのかと思うような額がぽんと寄せられた。その他にも、金閣を遺す何やらの会だの、歴史的遺産の保護を求める市民による何とかだの、数多あまたの団体がどこからともなく発生した。

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