暗夜異聞 魅せられし者……

ピート

 

 緋い夢……いや緋い悪夢といった方がいいかもしれない。

 一人の少女が血にまみれ、今にも倒れそうな姿で佇んでいる。闇の中で少女は何者かと戦い、切り裂かれ倒れんばかりだ。

 そんなシーンでいつも目が覚める。そして、これは、あの日に見た映像なのだという事に気付く。

 ルルド……お前は無事でいるのか?

 彼は小さく呟くと、灰色に曇った空を見上げた。



 路地から出てきた少女の姿が、俺の目にとまった。何年も探してきた女だ、見間違いようがない。……俺から瞳を奪った女だ。

 濃いサングラスの下の瞳に、怒りとも喜びとも取れる光が宿った。

 俺は急いで少女の後を追いかけた。見失うわけにはいかないからだ。

 角を曲がると、小さな店に入る姿が確認できた。

「気配は消してるようだけど、慣れない物は持ち歩かない方がいいねぇ」小さな店に入ったハズの少女は、気配を感じさせる事もなく、俺の背後に立っていた。

「気付いてたのか……確かに持ち慣れない物かもしれないな。久しぶりの再会だ、ロゼリア、お茶でもどうだい?」コートの下にコイツを持つようになったのも、アンタと再会する為だったんだがな。

「アンタも物好きな男だね。この私を探し……ましてやお茶だなんてねぇ」不適な笑みを浮かべると、案内して頂戴と言わんばかりに俺を見つめる。

「さて、ロゼリアの口に合う店があるといいんだがな」軽口を叩くと、ロゼリアを誘うように俺は歩きだした。



 無言のまま、俺達は街外れへと向かった。

 背後を追ってくる者がいるのに気付いたからだ。

「ロゼリア、どうするつもりだ?」背後を気にしながら、俺はロゼリアに尋ねてみた。

「別にどうもしやしないさ。邪魔をするなら消すだけじゃないか」事もなげにロゼリアは言い放つ。

「今のアンタにできるのか?」

「何の事だい?」

「惚けたって無駄だよ。今のアンタにゃ、何の力もない。外見通りの能力しか使えない。ナイフや銃でも今なら殺れる……違うか?」

「フン、よく動く口だねぇ。今すぐ動かなくしてやろうかい?」

「今日を乗り切る事が出来たとしても、ご免だね。俺から奪うのは、瞳だけで十分だったハズだけどな」

「それだけで済んでる事に感謝するんだね」

「この先に墓地がある。そこでケリをつけるとするか?」

「ケリをつけるのはアンタの仕事だよ。追われてるのはアンタなんだからね」ロゼリアが、そう言い捨てた刹那、銃弾が俺の右肩をかすめていった。

 肉の焼ける不快な臭いと、焼けるような痛みが走る。

「巻き添えを食うのは御免だよ」そう言いながらロゼリアはこの状況を楽しんでいるようだ。

「そんな顔してよく言うよ。せっかくだ、俺が手に入れた『力』を見せてやるよ」墓地に辿りついた俺はコートの下から古ぼけた拳銃を取り出した。

「そいつは……」ロゼリアはこの銃の『力』を知っているようだ。歓喜の色が瞳に宿る。

「ま、その辺で休んでるんだな」俺はロゼリアに隠れているよう促がすと、拳銃を撃ち放った。

 妖銃とも云われる『魔銃・ウィンザルフ』を……。

 トリガーを引くと同時に凄まじい痛みが全身に走る。弾丸の代わりに銃に宿りし、魔獣が解き放たれた。

 この銃に弾丸は必要ない。使用者の魂を喰らい、魔獣が放たれるのだ。

 拳銃本来の軌道など無視し、魔獣は追手を喰らい尽くしていく。

 瞬く間に周囲は鮮血に染まっていく……追手の姿が無くなった時、墓地には血の海が広がっていた。

「ロゼリア、このままティータイムと行きたいところだが、その目を見るとそうはいかないみたいだな?」戦いを楽しむ者の目だ。より強い者に出会えた時の歓喜の表情だ。

 少女の顔から愛くるしさは消え、戦場で獲物を狙うハンターの顔になっていた。

「ロゼリア……」

「やはり、仲良くとはいかないようだねぇ」

「戦う運命という事か?」

「少なくとも、魔獣と私はそう思ってるようだがね」追手を喰らい尽くした魔獣は拳銃に戻る事なく、ロゼリアと対峙していた。

「俺はアンタのパートナーになりたいんだぜ?」

「だが、魔獣はそれを望んじゃいないようだねぇ。そして私も自分より先に死ぬような相棒はいらないよ」

「魔力の使えないアンタに、その魔獣は殺せない『ウィンザルフ』の力などなくても、今のアンタを殺すのは容易い事なんだぜ?」ロゼリアの衣服をかすめる様にナイフを投げる。

「なら何故、今のナイフで殺らないんだい?」表情を変えることなく、ロゼリアはつぶやいた。

「俺は相棒を殺す事は出来ない、それだけさ」

「ふん。私より弱い相棒は尚更いらないね」

「勝てという事か、ロゼリア?」

「そうだよ、その顔だよ。ハンターの瞳を忘れちゃいけないよ。アンタは生粋のハンターなんだからね」大地が盛り上がり、死者が甦る。

 ロゼリアの命令で動く死者というワケか。

「操鬼術か?」

「アンタの国じゃそういうのかい?」

「得意のワームホールはどうしたんだ?いつまで使えるというんだ?その力は?」死者の動きに反応し、ウィンザルフの魔獣が死者を喰らい尽くしていく。

 二度と目覚めることのないよう、魂そのものを喰らっていく。

「惚れ惚れするじゃないか」魔獣の動きに感動しているようだ。

 喜びに溢れた瞳は潤んでいるようにも見える。

「なら、コイツはどうだい?」土で出来た龍が魔獣に襲い掛かる。

「召喚するなら、もっとマシな奴を呼ぶんだな!」俺はもう一度トリガーを弾いた。

 激しい痛みとともに、もう一匹の魔獣が現れる。

 大地を劈くような咆哮を上げ、二匹の魔獣がロゼリアと地龍に襲い掛かる。

「二匹目の魔獣か……アンタの限界の方が早そうだねぇ」いつのまにか、ロゼリアの右手には虹色に輝くナイフが握られていた。

「‼オリハルコンナイフ!?」

「『力』を手に入れてるのはアンタだけじゃないさ」ナイフが一閃すると、空間と共に魔獣の体が切り裂かれた。

「!?次元刀か?」

「そんな大層な代物じゃないさ」そう言うと、ロゼリアはナイフを俺に投げ渡した。

「こいつはどういうつもりだ?」

「なぁに、ハンデさ」馬鹿にするようにロゼリアはニッコリと微笑んで見せる。

「俺は、アンタを殺したくないんだ」

「勘違いしちゃいけない。坊やには殺せない……本気で殺したくてもね」

「もう撃てないとでも思っているのか?」

「撃つ気かい?」

「当たり前だ!」俺は三度目のトリガーを弾いた。

 銃身が重い……痛みで身体を思うように動かせない。

「そのナイフを使えば、勝機はあったのにねぇ」悲しそうにロゼリアは呟くと、一枚のカードを投げつけた。

「!?呪符か?」

「慣れない事はするもんじゃないんだ。アンタの魔導に関する知識なんて、私の足元にも及ばない。付け焼刃の『力』が通用するワケがないじゃないか……」

「格闘戦に持ち込むべきだったとでも言うつもりか?」ロゼリアの周囲は三匹の魔獣が取り囲んでいる。

「あとは、俺がそいつらを解き放つだけだぜ?これでも、相棒にはなれないのか?」

「アンタは私には勝てない」そう小さく呟くと、ロゼリアは瞳を閉じた。

「手に入らないのなら……消すだけだ!!」俺は三匹の魔獣を解き放った。

 魔獣が一斉に襲い掛かる。微動だにしないロゼリアを弄ぶように、その肌を切り裂いていく。

 衣服は切り裂かれ、激しい出血と共に辺りを新たな鮮血が染めていく。

「やっぱり、アンタには私は殺れないようだね?」出血の激しさを物語るようにロゼリアの呼吸は乱れている。

「黙れ‼」

「何故、殺れる時に殺らないんだい?アンタの相手はこの『ロゼリア』なんだよ?『鮮血の魔女』の異名は知らないのかい?」

「そんな状況で軽口が叩けるとはな、減らず口はそこまでだ!」

「坊や、アンタの願いを少しだけ叶えてやるよ」血煙が周囲を覆い隠す。視界が鮮血で緋く染まる。

「視界を奪ったつもりか?我、解き放つ最後の魔獣を‼」同時に召喚できる最後の魔獣を召喚した。

 激しい痛みと共に、感覚がなくなっていく……四匹の魔獣、これでお終いだ。

 限界を超えたのか、俺の手から『魔銃・ウィンザルフ』がこぼれ落ちた。

「依代を手放すとはね……甘い、甘すぎるよ、坊や!!」そう言い放つとロゼリアは最上の笑みで俺に銃口を向けた。

 それが、俺が見たロゼリアの最後の姿だった。

 トリガーの弾かれる音が何度も響いた。

 凄まじい咆哮と共に魔獣が姿を現す。

 使用者の魔力に比例する強大な『力』を持った魔獣が……。

 ロゼリアの魔力を現すように何匹もの魔獣が生み落とされる。力の差を見せつけるように。

 俺が生み出した魔獣など、赤児のようなものだ……瞬く間に『ウィンザルフの魔獣』を食らい尽くす……そして、この俺も…………。





 「アンタの望みどおり、私が死ぬまで旅をしようじゃないか『魔銃の精霊』としてね。魔導をもう少し理解していれば……結末は変わったかもしれないねぇ」血にまみれ、鮮血に染まった墓地で少女は小さく呟く。

「魔女に魅せられた時点で結末は決まっていたのかもねぇ。出会わなければ良かったのに……そう思わないかい?……」拳銃を見つめ、寂しそうに呟くと、少女は血煙と共に姿を消した。



 Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暗夜異聞 魅せられし者…… ピート @peat_wizard

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説