第13話 歓喜の時

 遡ること10日前。


 俺達がいる小さな体育館には、不自然な宝箱と電光掲示板、そしてバスケットゴールしかなかった。


 しかし、現在は随分変わっている。


 体育館の隅には、バスケットコートには不似合いな居住空間が広がっていた。


 岩でできた露天風呂、ハンモック、ウォーターベッド、冷蔵庫、テレビ、漫画、CDコンポ、ソファー、マッサージチェア等……。


 全部、俺が創造で作り出したものであった。


 欲するものを強く具体的にイメージする。

 ここでは、それだけで何でも創造することができた。

 そして、当然フリースローの試練は継続中である。


 【4869】


 10日間の間に失敗した回数は既に5000回を超えていた。

 当初は、疲れきるまでひたすら打ち続けていた。  

 疲れたら休憩、回復したら、フリースロー。


 しかし途中でそれが間違っていることに気付く。

 不規則な休憩は、逆に精神的に追い詰められた。

 

 そこで、俺はルールを決める。

 

 1時間打ち続けたら30分休憩

 4時間やったら、2時間休憩。


 時間にするとこれで、7時間半。

 これを2回、つまり15時間経過したら睡眠というスタンスに変えたのだった。


 俺は創造でタイマーを作ると、その時間を設定し、生活のリズムを作りはじめる。

 すると精神的な負担がかなり減り、連続70本を超える結果が格段と増えた。


 最高記録は98回


 つまり後少しでクリアというところまで来ていた。

 

 休憩中は如何にリラックスするかを考えた。

 ロング休憩中は映画を見たり、ハンモックの上で漫画を読んだり、心身ともに万全な状態で試練に挑戦する。


 休憩の時間を決めているのは、時間を決めないと、この快適空間の誘惑に負けそうになるからだ。

 過度にリラックスしすぎると逆に集中力が落ちるため、細かくショートレストを入れる方法をとる。


 その結果、失敗回数も減り、確実に100本に近づいていった。


 失敗回数は残り約半分、毎日フリースローのみを打ち続けているためか、シュート精度も上がっている。

 ここまでくればクリアは目の前であった。


「よし!今日こそ、クリアしてやるぜ!!」


「大分上手くなったニャ! フリースローだけなら、プロでもやっていけるかもニャ」


「そんな褒めんなよ、俺はすぐ調子に乗るからさ。でもなんか今日はいける気がするぜ。」


「にゃあは、褒めて伸ばすタイプの指導員ニャ」


「誰が指導員だよ。一回もアドバイスなんかなかったじゃねぇか。」


「黙って見守ることも指導の一環ニャ。間違っているときに背中を押すだけでいいニャ。だから間違えなければ何も言わないのニャ。」


「なんかそういわれるとそれっぽく聞こえるのが不思議だな。ほんと、アズってなんなの? 妙に人間くさい事言うし……前世は人間だったのか?」


「それは秘密ニャ。今は試練に集中ニャ!!」


「あいよ! コーチ! んじゃ、やりますかな。」


 そして遂に努力が実る瞬間が訪れた。


 【4777】


 96……97……98……99……


 スパっ!


「100! 遂にやったぜ! いやっほーー!」


「おめでとうニャ」


 パチパチパチパチ


 アズは猫であるにも関わらず、スタンディングオベーションで拍手をしている。


 ブブー!!


 突然、ブザー音が鳴り響いた。

 するとまた電光掲示板が輝き、文字が現れた。


【congratulation! 宝箱の鍵は開かれました。中はご自由にお取りください。】


 俺は電光掲示板に映し出された文字を見る。


「やっとか……宝箱に何が入ってるやら。うし! キセキとやらを拝まさせてもらいますかな。」


 俺は宝箱に近づき、両手で宝箱の蓋を開けると、簡単に箱が開いた。


 パカ!


 そして中から光が溢れ出す。


「うぉ! 眩しい!」


 光が収まると、俺はゆっくりと宝箱の中を覗いた。


 ……。


「え? 首輪??」


 宝箱に入っていたのは、ペットの猫が装着するような首輪だった。

 凄く期待していた分、ガッカリ感が半端ない。


「シン、その【始まりの首輪】を、にゃあの首ににつけるニャ。」


「え? これアズの装備なの?普通さ、宝箱の中身って言ったら伝説の剣だとか、俺が覚醒するようなオーブとかじゃないのか?」


 宝箱の中身は俺の想像とは違うものの、言われた通りアズの首にその首輪をつけた。

 アズの首に首輪をつけると、アズの体から不思議なオーラが溢れ出す。


「うお! なんかオーラ出てるぞ!」


 アズは目を瞑りながら、更に俺に言った。


「次にキセキを首輪の穴にはめるニャ。」


 その首輪には7つの丸い穴が開いている。

 しかし、キセキと言われてもそんなものは持っていない。


「キセキ? 宝箱にはもう何も無いぞ?」


「このバスケットボールがキセキニャ」


 アズは転がっているバスケットボールを前足で叩いた。


「マジかよ、これがキセキ? つか、サイズ的に無理があんだろ…」


 俺は頭にハテナマークを浮かべながら、バスケットボールを手に取る。

 すると、バスケットボールがみるみる小さくなっていき、茶色いビー玉みたいになった。


「なんじゃこりゃ! ビー玉になっちまった!」


「いいから黙ってつけるニャ、それが輝石ニャ。早くはめるニャ!」


 アズはまるでササミを見つけた猫のように、ニャアニャア叫んで、シンを急かす。


「わかった、わかった。落ち着きなさいな猫ちゃん。つうかキセキ取りにいくって言ってたけど、これ最初から持ってたじゃん……。」


 俺は指で挟んだ輝石をアズの首輪にはめる。


 すると、アズから湧き上がっていたオーラが収まっていった。


 アズは目を瞑って黙り込むと、しばらくしてから話し始める。


「なるほど、分かったニャ。」


「ん? わかったって何が??」


「この輝石は、にゃあの生きた軌跡でもあるニャ。つまり、この輝石を首輪にはめることでにゃあの記憶の一部が戻ってくるニャ。」


「え? 記憶なかったの? その割には色々知ってるようだけど? それにそのボールは最初から持ってたよね?」


「違うニャ。これは、シンが挑戦することで輝石になったんだニャ。だからあのままじゃ意味ないニャ。それと戻る記憶はにゃあの前世の記憶ニャ。」


「前世ねぇ……ってか、それが一体何の意味があるの? 俺関係なくない?」


「関係ありありニャ! にゃぁの記憶が戻ると、シンは強化されていくニャ。にゃあとシンは精神的に繋がっているニャ。」


「俺はアズと精神的に繋がってる? いや、それよりも俺が強化されるって事の方が気になるな。」


「この場所だと分かりにくいけど、シンの身体能力は今までの3倍位になってるニャ、それと土の精霊の力が解放されたニャ。ブライアンと同じ力だニャ。」


「まじ? 凄いな! というかブライアン土の精霊の力使えるのかよ……。どうりで規格外だと思ったわ。んで具体的に土の精霊ってどんな能力?」


「重力の操作やここでやっていた創造の能力ニャ、後は地面の操作ニャ」


「へぇ〜、ブライアンはそんな事できたのか。それで謎にピコハンとか出せたわけだな。」


「そういうことニャ。ただ、それを使うには精神力をかなり使うニャ。乱発は無理ニャ。あとブライアンはバカにゃから自分の能力をわかってないニャ。」


「なるほどねぇ。もしかしたらこの試練は、俺の精神力を鍛えるのと、創造の力を訓練する意味があったのかねぇ。」


「正解ニャ! ただ創造はここみたいに全て出るわけじゃないニャ。ある程度素材がないと無理だったり、相性が大きく関係してくるニャ。相性がいいと素材なしで出せるニャ。」


 んー、よくわからんが凄いな。


「まぁ十分だ! 今まで食われるだけの存在だったけど、やっと対抗できる手段が手に入ったんだ。しかも、後6回も強くなれるっつうなら最強も夢じゃないな!」


「そうニャ、だから言ったニャ。輝石を全て集めれば無敵ニャ。それと1個目の記憶でこれからやるべき事を思い出したニャ。」


「おお! 教えてくれ!」


「シンの嫁を探すニャ!!」


 ……。


「嫁? 俺は結婚してないけど……。」


「違うニャ。簡単に言うと運命の人ニャ。この世界に転生している運命の人を探すのと、その人と幸せな世界で生きるのが目的ニャ。」


 !?


「なんつうロマンチックな目的だよ! 最高じゃねぇか。でもこういう異世界系ってさ、やっぱ色んな種族の美女とハーレムするのが醍醐味じゃね? 一人だけなの? その嫁ってのは。」


「当たり前ニャ、一人だけニャ。どうしても増やしたいなら馬面の女で我慢するニャ。」


「いやいやいや……。それはないっていうかそれならアリなのか? いやナシだけど」


「冗談ニャ、それじゃあ準備するニャ。」


「え? 切替早! 準備って?」


  ブーーー


 再度ブザー音が鳴り響ぬと、今度は、体育館だった場所が草原に変わっていくのだった。

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