第11話 試練の間
ブライアンと別れた俺達は、二人で大樹の穴の中に入ると、その瞬間、辺り一面が白い光に包まれた。
光がおさまり目を開けた俺は、目の前に映る場所を見て不思議に思う。
あれ? ここって木の中だよな。
そこは白い壁が広がる通路となっていた。
その材質は俺がいた時代の建物と同じようで、天井には等間隔で蛍光灯までついている。
目の前に現れた光景は、小説にあるような岩の洞窟でもなければ、木の道でもない。
普通の通路
だった。
「アズ、ここってさっきの木の中だよな?」
「そうニャ、さっき言ったニャ。大樹の中は亜空間ニャ、さっきいた場所とは別世界ニャ。」
「別世界っつうか、元の世界に戻れたとかじゃないよね?」
俺にとっては、今までいた世界こそが別世界であり、現在歩いている通路こそ、慣れ親しんできた自分の知る世界であった。
「女々しいニャ、シンがいた世界はとっくの大昔に滅んでいるニャ。ここは入った者の心理や記憶を反映させる場所ニャ。シンにはこの道がそう見えるだけニャ。」
「そか……。今までのが全部夢で、いきなり目が覚めたなんて都合が良いことあるわけないよな……。」
俺はこの世界にきて、常に死と隣合わせだった。
この短期間だけでも、死を感じるどころか、生きていることが奇跡である。
今まで生きてきた常識はこの世界では通用しない。
今のままでは、いつ死んでもおかしくない。
仲間一人守るどころか、自分すら守れない自分。
それが情けなくて、何よりも悔しかった。
だからこそ、ここで何か自分が変われるなら……強くなれるなら、俺はなんだってやってやろうと思う。
「ところでアズ、今更だけど、ここに何があるんだ?」
「言って無かったかニャ? 記憶のカケラがあるニャ。この世界に七つに散らばったカケラの内、一つが此処ニャ。」
「そういえば、それを集めると無敵になるとか言ってたな。んで、それってなんなの?」
「記憶のカケラはキセキだニャ。間も無くわかるから、自分の目で確かめるニャ!」
アズは説明が面倒いのか、それから俺が色々質問しても答えずに、どんどん先を進んでいく。
キセキが何なのかわからないが、今の自分から変われるなら、何としても、それを手に入れたい。
俺も自然と足早に歩き始めていた。
しばらく俺達は無言で歩き続けるが、一向に目の前に映る状況に変化がない。
「アズ、これいつまで続くの? あんまり時間かかると、ブライアンが心配するかもしれない。」
黙り続けるアズにダメ元で聞いてみた。
しかし、今回はアッサリと答える。
「心配ないニャ。ここは外の世界と隔離された世界ニャ。ここで経過した時間は、外の世界の時間には干渉しないニャ。ここを出た瞬間に、この中に入った直後に戻るだけニャ。それに、この通路も間もなく終わるニャ。」
すると、遂に通路の先が見えてくる。
そこには、両開きの扉があった。
「言ってるそばから扉が見えてきたニャ。キセキはあの先にあるニャ。感じるニャ」
なんかまんま体育館の扉みたいだな。
俺は扉の前に行くと、扉の取手を両手で掴み、一気に押し開ける。
開いた扉の先は、小さな体育館の中だった。
半分は床、半分はバスケットボールのハーフコートになっており、そこには当然、バスケットゴールが設置されてる。
「母校の中学校の体育館に似てるな。違うのはハーフコートしかない事くらいか……壇上もあるな、あそこでよく校長のつまらない長話を……んん? なんだありゃ。」
俺は、壇上の奥にある大きな電光掲示板とある物に気づく。
なんと掲示板の下には、RPGで登場するような宝箱が置かれていたのだ。
「アズ、なんかTHE宝箱ってのがあるけど…気のせいか?」
「大丈夫ニャ、にゃあにも見えるニャ。間違いなくあの宝箱の中にキセキが入ってるニャ。」
「なんか色々とツッコミたいことはあるけど、とりあえず先に宝箱を取りにいくか。」
早速俺は、バスケットコートを通って壇上をあがり、宝箱の前に来た。
「特に鍵穴とかはないな。普通に開ければいいのか?
テンプレだと、この宝箱がミミックだったり、開けた瞬間に罠が発動したりするんだよなぁ……。」
あまりにも簡単に宝箱の前までこれた事が、逆に不自然に感じる。
俺は、宝箱を開けることをためらう。
「相変わらず、チキンボーイニャ。さっさと開けるニャ。」
「誰がチキンボーイだよ! OK、どの道開けるしかないんだ、開けてやるよ!」
そういうと、俺は力いっぱい宝箱を開けようとするが、全く開く気配がない。
「ん! うおぉぉ!! はぁはぁ……無理。」
ブーー
突然、バスケの試合でよく聞くブザー音が鳴り響く。
「なんだなんだ!? 何が起こってるんだ!」
俺は警戒して、周囲を見渡した。
すると、さっきまで何も表示されていなかった電光掲示板に、文字が浮かび始める。
【フリースローを100本連続で決めるべし。さすれば未来は開かれるであろう】
は?
俺が突然の意味不明なミッションに戸惑っていると、アズはやらせる気満々であった。
「シン頑張るニャ! 100本決めるニャ!」
「いやいや、連続100本って地味にかなり厳しいぞ? 制限時間とか何回までチャレンジできるとかもわからねぇし。」
すると電光掲示板は俺の質問に答えるように、新たに文字を浮かばせる。
【制限時間無限、チャレンジ回数は1万回】
「ぶっ! なんじゃそりゃ……。チャレンジ1万回か……随分と甘いねぇ、俺のことなめてやがるな。」
破格のチャレンジ回数に俺は余裕を隠せない。
「俺はフリースロー得意な方よ? そんないらねぇし。ん? でもその前に空腹で死ぬんじゃね?」
「この空間は時が止まってるニャから心配ないニャ。空腹には絶対ならないニャ。ニャけど魂は疲労するから、精神的な疲れが肉体に影響して、疲れは感じるニャ。時間は無限だから疲れたらゆっくり寝て休むニャ!」
「随分お優しいこって。心配いらねぇよ、こんなもん、サクっと片付けてやらぁ!」
俺は自信満々で、バックパックからバスケットボールを取り出すと、フリースローラインに立った。
俺の青春時代はバスケと共にあったといっても過言ではない。
当然フリースローは今まで何十万本も打ってきたし、100本連続と言われてもそこまで不可能とは思えなかった。
だが実際、プロの選手であっても、100本連続で決めるというのは極めて難しい事である。
1本でも外せばまた0に戻るというのがどういう事なのか、それを俺が知るのは、まだ先の事であった。
「おし! んじゃ、チャチャっと終わらせますかねぇ。目標は100回以内だな。」
「ニャアはここで寝てるから終わったら起こすニャ。」
「おいおい、俺の勇姿を見ないのかい? まぁアズにウロチョロされて集中が乱れてもあれか。ゆっくり寝ててくれ。」
俺は軽く屈伸等の準備運動を終えると、今度はボールを床にダムダムついて、ボールハンドリングの感触を確かめていた。
「いいぞ、なかなかいい吸いつきだ。まだなまっていないな。」
俺がはボールを床につくと、まるで水ヨーヨーの如く手に吸い込まれていく。
そしてフリースローラインの前まで行き、いつものルーティーンを行った。
両手で掴んだボールを、目の前の床にバックスピンをかけて落とし、自分の方に跳ね上がってきたボールを掴む。
これが、フリースロー前のルーティンだ。
そして掴んだボールの縫い目に指先をフィットさせると、シュートモーションに入る。
体の全身は一つのバネになるように、膝を曲げて腰を落とす。
胸の前に構えたボールはカタパルトの様に放物線を描いて頭上に移動すると、そのてから放たれた。
ボールは綺麗なアーチを描いて、リングに吸い込まれていく。
スパ!!
ボールは、リングに触れることなくネットを通過し落下した。
通称スパシュー
もっとも綺麗なゴールである。
「この音が俺を蘇らせる……何度でもよ。」
シュートを決めた後、だれも聞いていないコート上で有名な決めセリフを吐いた。
そもそも、まだ1本目である。
「なんつってな! いやぁ~やっぱいいね、この感触! この音! 快感だぜ!」
そして、ふと電光掲示板を見ると、
【1】
と数字が表示されているのに気付いた。
「おお、シュートが入るとカウントされるのね。無駄にリアルだな。まぁバンバン数字増やしてやんよ!」
テンションの上がった俺は、そのままの勢いで、ルーティーンを繰り返しながらもシュートを打ち続けるのであった。
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