第10話 ピコハン

 悲劇は起きてしまった。


 原因は明確。

 俺がブライアンの行動を制限した結果だ。


 この世界は弱肉強食。

 それを理解しているブライアンと理解できない俺ではそもそもの思考回路から違う。


 無能な者ほど、有能な者の行動を理解できない。

 そして、認めることもできない。

 この世界で生きるには、俺はあまりに無能過ぎた。


 許せねぇ……。

 何が許せないって自分がだ!

 俺はバカか! いや大バカだ。


 なんでブライアンの好きにさせなかったんだ!

 うまくいってたじゃないか!

 何度も……何度も命を助けてもらっておいて……

 守られるのが当たり前に思っていて……。

 俺はなんて無能なんだ!

 なんで俺はこんなに弱いんだよ!!


「ブライアン……お前だけは何とか助けて見せる! 俺に何ができるかはわからないが、俺の命を全てベットしてでも助けてやる!」


 俺は力強くそう叫ぶと、草の茂みに向かって走り出した。


「逃げても無駄だ、この森から出ることは叶わぬ!!」


 シロクマはそういうと、数歩で追いつき、俺が逃げた場所を草ごと踏みつぶした。

 しかし、俺は持ち前の動体視力で、シロクマの動きを観察し、その踏みつぶしの範囲から避ける。


 結果、シロクマの視界からは俺の姿は見えない。

 俺は時間を稼ぎつつ、見つからないようにブライアンが吹き飛んだ方に向かおうと考えていた。


「ふん、潰した感触がないな、どこにいる? 出てこい!」


 シロクマは怒声をあげながら血眼になって探すが、俺はその足の直ぐ横の茂みにいるため、死角となっていて見つからない。


 よしバレていないぞ、ここからが正念場だな。

 ブライアン……頼むから生きててくれ。


 俺は恐怖から来る激しい心拍を押さえつけ、呼吸を乱さないように息を潜める。

 しかしシロクマはその場から一向に動く気配がない   

 その場でじーっと耳を澄ませ、聴覚と嗅覚で俺を探していた。


「臭うな、人臭いぞ。まだ近くにいるのだろう、出てこい。」


 くそ、こいつが動かなければ俺も動けない。

 何か手はないのか?

 早くしないとブライアンが……。


 その時突然、シロクマの後ろから…


「臭うってのは俺っちの事か? さっきニンニクニンジン食ったからなバーロー。」


 「ブライアン!!」


 俺は思わずビックリして、草むらから顔を出してしまった。

 あれだけ激しく吹き飛ばされていたにも関わらず、ブライアンは無傷である。

 そしてその手には、巨大な武器を持っていた。


 避けることができなかったブライアンは、シロクマの手が当たる瞬間、無意識に土の精霊の力を発動していた。

 そして自分の質量を最低限に下げると、衝撃を飛ばされた方向に流したのだった。

 そのおかげでほとんどダメージはない。


 いうならば、人間が落ちていく紙を殴り飛ばすようなものである。

 やはり、ブライアンは戦闘の天才だった。


 シロクマはすぐさまブライアンの方を振り向く。


「お前、なぜ生きている? ん? そんなおもちゃで我と戦おうとするのか。いいだろう、ゴルちゃんの恨みを晴らすには不完全燃焼だったからな。なぶり殺してやるぞ!!」


 シロクマはブライアンの武器を見て、舐められていると思った。

 何故ならば、ブライアンが持っていたのは巨大な……


 ピコピコハンマー


だったからだ。


舐められていると思い眉間にシワが寄る。


「おうおう、このハンマーは俺っちが全力で戦う時にしか使わねぇエモノよ! 死んでもしらねぇぜバーロー」


 土の精霊の力は、物質を創成することができる。

 しかしブライアンの頭は悪いため、あくまで簡単な構造のものだけである。


 だがしかし、ブライアンの持つピコハンは、見た目とは裏腹にその攻撃力は凄まじい。


 まず重力を操る事で、武器に桁違いの質量を持たせることができる。

 そして「ピコ」っと叩いた時の超振動が、中で空気を圧縮すると、増幅された質量と合わさって爆発的な威力を発揮するのだ。


 その威力は地面を軽く叩くだけで、どでかいクレーターができる程であり、ブライアン最強の武器である。


「ブライアン、生きてたのか! もういいから逃げてくれ、こいつは俺が引き付ける! 俺のミスは自分で取り返す!」


「相棒。ミスってのはよ、そいつだけが取り返すもんじゃなくて、仲間もカバーするもんだぜバーロー! 相棒のミスは俺のミス、俺っちのミスは俺っちのミスってやつだぜバーロー!」


 ブライアンとは思えない程の理知的なセリフに聞こえるが、最後がおかしい。


「相棒は、俺の雄姿でも見てて、あとでマドンナちゃんに伝えてくれ!!」


 ブライアンはそう言うと、腰を下げて足に力を籠め、踏ん張り……


  ボヒュ


 という音の放屁を放つと同時に、勢いよく上空にジャンプした。


  臭!!


 遠くまで臭う悪臭に、俺は鼻を摘む。


「そんな動きで我に攻撃するとは……なめられたものだ!」


 嗅覚の鋭いシロクマは顔を歪めながら叫ぶ。

 明らかに効いている……。

 悪臭が。

 しかしシロクマは、ジャンプした事で体の軌道を変えられないブライアンを見て含み笑いをした。

 

 正に格好の餌食である。


 シロクマは羽虫を落とすが如く、巨大な右手でブライアンを薙ぎ払った。


 ーーが、その攻撃は当たらない。


 なぜならば、ブライアンは持っていたピコハンを下から上に振り上げて、それを軽く払いのけたからだ。


    ピコッ……


    ボボボーーン


 シロクマの巨大な右手は、下から振り上げられたピコハンによって肩の後ろまで吹き飛ばされる。 

 そしてシロクマは、後方によろめいた。


 その刹那、ブライアンのジャンプは丁度シロクマの頭付近まで到着しており、今度は、シロクマの頭部目掛けてピコハンを上から下へ振り落とす!


「俺っちの奥義メガトンハンマーだぜバーロー!」


   ピッ……コ!!


   ドンゴロゴロ……ブォォ!


 ピコっという可愛い音がした直後、シロクマが地上に降り立った時のような爆音が鳴り響くと、空気が大爆発を起こし、辺りは暴風に見舞われる。


 俺は木々を掴むものの、その風力にあらがえずに吹き飛ぶと、大樹にぶつかって気絶した。


 一方、頭部が陥没したシロクマは、M〇〇星からやってきた光の巨人に倒された怪獣のごとく、付近の木々を粉砕し、勢いよく後方に倒れる。


 地面に着地したブライアンは持っていたピコハンを地面に置き、何故かタケノコニョッキニョキのような決めポーズをしていた。


 それはブライアンなりの最高の決めポーズ。


 悲しい事に俺は既に気絶したため、その雄姿? を見る事はなかった。

 もし見ても、格好いいとはお世辞にも思えないだろうが……。


「相棒! 見ててくれたか! マドンナちゃんにしっかり伝えろよバーロー!!」


 しかし、返事は来ない。

 不思議に思い、辺りを見渡すブライアン。


「お? 相棒? どこだ? お! 相棒起きろ! 寝るには早いぜバーロー!」


 大樹の近くに倒れていた俺を見つけたブライアンは、俺の肩を掴んで必死に揺り起こす。」


「あ……ブライアン。そうか、やっつけたのか。お前は本当にすげぇよ、心から尊敬する。お前が生きててよかった……うぅ……うう。」


 自分のせいで一時は死んでしまったかと思っていた俺は涙が止まらない。

 巨大怪獣シロクマを倒したことよりも、ブライアンが生きていた事に喜んだ。

 それと同時に、不甲斐ない自分が悔しくて、悔しくて……その瞳から涙が溢れる。


「ブライアン……ごめんな。」


「相棒……マドンナちゃんを俺っちに取られるのがそんなに悔しいのか……。でもいくら相棒でもこれだけは譲れねぇぜバーロ…」


 ブライアンは俺の涙の訳を盛大に勘違いしている。


「ちげぇよばか、マドンナちゃんって誰だよ。馬面なら興味ねぇよ……。もういいよ馬鹿、ありがとう。」


 そんな二人の感動のシーンに、また声が聞こえる。

 だが、今度は聞き覚えのある声だった。


「やっときたニャ……。待っていたニャ。」


 その声の主は、ずっと探していたアズだった。


「アズ! どこ行ってたんだよ! 本当に心配したんだからな。」


「お? チビ助みっけ! これで全員見つけたから、今度は俺っちが隠れる番だな!」


 ブライアンはまだかくれんぼだと思っている。


「馬鹿はほっといてさっさと行くニャ! ここからはシンとにゃあしか入れないニャ。この木の穴が目的の洞窟ニャ!」


 アズの後ろには、人が一人は入れるくらいの穴が大樹に開いている。


「え? ブライアンは入れないの?」


 俺はブライアンが入れないことで不安になる。

 ここまでずっとブライアンに守られてきた、だからこそブライアンがいない事は恐怖でしかない。


「そこの馬は待ってるニャ。ここは亜空間になっていて、シンとにゃあしか入れないのニャ、そこの馬は入っても進めないニャ。」


「お? また俺っちが鬼か? いいぜ、今度はもっと早く見つけてやんよ!」


 ブライアンの勘違いは続いている。


「わかった、じゃあブライアン。俺とアズはちょっと隠れるから10秒数えるまで目を開けるなよ。」


 本当はブライアンに来てほしいが、いつまでも甘えるわけにはいかない。

 ブライアンがかくれんぼだと思うならばそれに乗っかろうと思った。


 このままじゃだめだ!

 今の弱いままでは誰も助けられない。

 自分一人すら……。


 俺は今回の事で、この世界において自分が如何に無力であるかを実感した。

 故にどうしても強くなりたかった。


「よし、行くか! ブライアン、またな!」


 こうしてシンとアズは、ブライアンと一時的に別れ、大樹の洞窟に入っていくのだった。


 

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